不思議の国のミシェル




あたしは、物心ついたころから、不思議な夢を見ていた。

 

きっかけは、ちいさなころ、アニメかなんかで「不思議の国のアリス」を見てからだったと思う。

あたしは夢のなかではアリスで、薄暗い森の中で迷ってる。道がいくつもあったり、あるいはないときもあったり。迷ってうろうろしていると、決まって意地悪なチェシャ猫が顔を出すのだ。

チェシャ猫は、いつも変な質問を投げかけてきた。意味のわからない、理不尽な質問を。あたしは、そのチェシャ猫が大嫌いだった。この夢は、学校で嫌なことがあったときとか、家族とけんかした時とかよく見た。進路に迷った時も、連日チェシャ猫は夢に出てきた。

一体何の夢かなんて。

体調の悪い時にも見たから、たぶん、最初はそんなに意識してなかったと思う。意地悪なチェシャ猫が出てくる、ただの嫌な夢。

チェシャ猫は、あたしが小さい頃大嫌いだったブロッコリーを残して、鮭のムニエルだけ食べて母さんに怒られた日も、夢に出てきて言った。

 

「鮭のムニエルと鮭のクリームシチューは、どっちが好きかニャ?」

 

……夢なんて、わけわかんないものだ。

 

あたしがクリームシチュー、と答えると、とたんに大量のでっかい鮭が空から降ってきて、押しつぶされそうになって眼が覚めた。起きたら、何のことはない、飼ってた犬のアルフレッドが、お腹の上に乗っていただけだったんだけど。

 

とにかく、チェシャ猫の夢って、ろくな夢じゃないんだ。

バカな質問してきて、それが気に食わないととんでもない目に遭う。

 

それが、運命の相手の夢だって、気付いたのは。

不思議なことだけど、地球行きの宇宙船に乗って、クラウドに出会ってからなんだ。

 

宇宙船に乗る半年前から、頻繁にその夢を見るようになって――。

ルナからあの電話が来て、一ヵ月後に宇宙船に乗るまでは連日のように夢を見た。だんだん「進化」していく、チェシャネコの夢を。

 

小さなころからの変な問答タイプの夢が、半年前急に変化した。

その夢はよく覚えてる。

チェシャ猫は、唐突に変な質問をしてきた。

 

「おまえはロビンが好きかニャ?」

 

ロビンって、あたしのガラス工芸の師匠だ。

眼鏡かけた三十二歳のモテ男。性格も温和で身長も高くて顔立ちがきりっとしてたから、女の子は惹かれるんだと思う。でもあたしは、その師匠のガラスに対するこだわりとか、芸術性とか。そういうのに真剣に惹かれてた。男女のスキとかは別にして。

あたしはちいさいころからビーズとか、ビー玉とか、宝石とか、キラキラしたものが大好きで、将来は宝石を加工する職人になろうかな、と思っていた。高校卒業間近に、通っていたガラス工芸の教室の先生に、「学校卒業したら本格的にやってみない?」と言われて、今のこの、ロビンっていう先生を紹介されたのだ。

 

あたしが、ガラス工芸を続けようと決心したのも、なにかものを作るのが好きだったのもあるけれど、この先生に出会って、新たにガラス工芸の魅力を再確認できたからだと思うんだ。この先生は、あたしがガラス工芸に感じていた漠然とした思いを言葉にしてくれ、言葉になったおかげで、あたしは、自分の漠然としていた世界がひとつの形を持って形成されて、道が敷かれたような、かんじがしたから。

 

尊敬してるかと言われたらイエス。好きか嫌いかで問われたら大好きだった。

 

そんなときだった。この夢を見たのは。

 

「おまえはロビンが好きかニャ?」

 

そう問われて、反射的に「スキ」と答えた。チェシャ猫は、それを聞いた途端に、あのいやーな笑い方をして、かき消えた。

 

気づいたら、あたしは左手の薬指に綺麗なブルーの宝石がついた指輪をはめて、ウェディングドレスを着ていた。森が消え、急に眼の前がひらけてバージンロードになる。となりの白い礼服を着た男性は、ロビン師匠だった。

教会に花が舞って、たくさんのお客さんに祝福されている。

あたしはロビン師匠と結婚するの?

嫌ではないけど、なんだか微妙な心境で、周りを見渡しながら、妙に長い距離のバージンロードを歩いていた。

 

ルナがいる。でも、となりに見たことない変な人がいた。ふたり。

ふたりとも大柄で、なぜか礼服を着て、長ーい銃を持っているのだ。タバコをくわえて。顔はその時、よく見えなかった。片方は、肌の色が褐色で顎鬚があるの。で、片方はキラキラした銀色の髪で、日焼けしてても白人男性だから、色は白い方だったとおもう。

アレは、アズラエルとグレンなんだよね。多分。

この夢は、これから、毎日見るたびにだんだん出てくる人の名前も顔も一致してくるんだけど、キラもいて、赤ちゃんを抱っこしていて、その隣にふんわりとした優しそうな男の人もいた。この人はロイド。

リサと、赤ちゃんを抱いたミシェルも、出てきたことがある。

 

あたしはバージンロードを師匠と一緒に歩き、牧師さんのめのまえまで来たとき。

「ミシェル、捕まえたーニャ」

いやーナ笑い声とともに師匠の顔が別人の顔になって、悲鳴を上げて目が覚める。

 

という、ヤな夢。

 

これを、くりかえしくりかえし、あたしは宇宙船に乗るまで見てたのである。

 

 




background by 戦場に猫さま


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