彼は、その気はないようなふりはしていたけど、明らかにあたしを抱きすくめようとしていた。 「そんだけスキだらけだとな。ナンパOKって言ってるようなもんだぜ」 「……だって、言ったら?」 あたしは、飲み過ぎとヤケで、気が大きくなっていた。 「なんてね。誰も、あたしをナンパする奴なんていないわよ。その辺に、綺麗なお嬢さんならいっぱい転がってるじゃない」 「俺に、じゃがいもを口説けって言うのか」 L18では、ブス=じゃがいもなんだろうか。あたしは、クラウドもじゃがいもをたとえに出していたことを思い出した。 L18? この男性が、べつにL18出身だとは……。 あたしは、そこで初めて、あたしに密着しているオトコの顔を見るために振り返った。 そこには。 あたしの理想を体現したようなオトコが、さわやかに(?)笑いながら立っていたんだ。 ちょっと逆立った短い茶色の髪、明るそうな目の色と表情、笑いじわができる目もと、アズラエルくらい大きくて筋肉質な――長身の。 きりっとした眉を、困ったようにへの字にして、彼の両手はあたしに触れないように。でもその頑丈そうな腰はふらつくあたしを支えるように、立っていた。 「はじめまして」彼は言った。おどけて、あたしのグラスを口に運ぶ。 「俺は、ロビン・D・ヴァスカビル。L18の傭兵だ」 「――あた――あたしは、ミシェル……」 「知ってるよ。……クラウドの彼女だって?」 彼は、肩をすくめて言った。 「だけどまア、俺は今日のこの出会いに、感謝するよ。とくにムスタファ親父にさ。親父さんがしつっこく俺に、パーティーに来いって言わなかったら、君との出会いはなかったんだからな。仕事帰りだし面倒だったけど、たまにゃあ仕方ねえかって、来てみたら、珍しく可愛いコがいるじゃねえか。しかも、こんなじゃがいも畑の中に、シンプルで美しい、凛とした一輪の花が」 気障だ。ふざけてなのか、口説いてるつもりなのか、とにかく、面白い人みたい。 「さっそく口説こうとしたら、クラウドの女だって? ムスタファ親父も変なとこで気が利いて、俺に教えてくれるもんだからよ。出鼻をくじかれた――だけど、俺は、ときおり泣きそうな顔をする君を放っとけなかった」 口調はおおげさな抑揚、話しながら、徐々に、彼の両手はそっとあたしの肩を抱く。 「ジャガイモ畑のなかじゃ、本物の花は居心地は悪いだろう――そりゃあ、いくら鈍い俺でもわかる。しかも――クラウドは、ララといる――君を放っといて」 あたしは、急にズキンと胸が痛んだ。 他の人に言われると、こんなに強く胸に響くものだろうか。 「俺なら、君をひとりで放っといたりしない。……わかるだろ? こんなに綺麗な花を放っといたら、いつ誰に摘み取られちまうか、わからない」 L18の男に女を口説かせると、こういうことをえんえんと喋りまくるのか。クラウドと似たような感じなので、あたしは笑いそうになった。酔った頭が、ふわふわする。 「君は――綺麗だ。ほんとうに。……一目で俺の心を奪った」 あたしはたまらずに、ブっと噴き出した。 ロビンは、「笑うなよ」と口をとがらせ――「俺がどんなに君に惚れてるか、君に分かってもらえるまで喋りつづけるぜ、俺は」 両手は、もはや遠慮なくあたしの腰を抱いていた。 「アズラエルのバカ野郎は、あとでぶん殴る。こんな可愛い彼女と知り合いなら、クラウドのやつじゃなく、先輩たる俺にまず紹介すべきだ。そうだろう?」 あたしは、呂律の回らない声で聞いた。 「――クラウ、アズラエルと、知りあいなの……? って、きゃっ!!」 あたしは急に抱きあげられ、思わず悲鳴を。すかさず、ロビンがしーっと指を唇にあてる。 「話は、べつのところでゆっくりしようぜ?」 「でも――あたしは」 「この会場に来た時から、俺は君を見てた」 ロビンは、にやっと笑った。 「不安そうに震えても、毅然と立ってる君は、健気で可愛かったし、カッコいい女だった。この会場の誰よりもな。なにが目的でそんなカッコしてんのかは知らねえが、ひとりで立ってらんねえなら、俺が支えてやる――。……ン?」 そう言って、彼は、初対面にもかかわらずあたしの頬にキスした。 いくらL18の男性の手の速さに、クラウド仕込みで慣れてるからと言って、素面のあたしだったら振り切って逃げていたはずだ。 あたしが拒絶しなかったのは、酔っ払ってるせいもあったけど。 俺が支えてやる――その言葉に、不覚にもクラリときてしまったせいだった。堪えていた涙が、急にじわりと溢れそうになって。そうしたら、彼の優しい唇が、また頬に落とされた。 心細い時に、オトコに口説かれたら、要注意だ。 しかも、口八丁手八丁のL18男性に。 L18男性は、鬼門。 「――ミシェル?」 クラウドは、急に視界から消えたあたしを探した。 あたしはそのころ、ロビンに抱きしめられて、パーティー会場から消えていた。 「ミシェル!」 ララの怒った声も無視して、クラウドは、パーティー会場の中に駆け戻った。 ――頭が、ガンガンする。 あたりまえだ。昨日は、飲み過ぎたのだ。 シャンパンボトル一本プラスα。普段のあたしは、そんなに飲まない。 「おはよう。――ミシェル。気分はどうだ?」 あたしは、その声にがばっと身体を跳ね上げ――それから、目をまん丸くして、あたしのめのまえのオトコを見上げる。 「あ……いったぁ……」頭痛と吐き気に、すぐ俯いたけど。 「飲み過ぎたんだよ。……レモネード飲むか?」 あたしは頷き――それから、自分が裸であることを認識して、あわててシーツで身体をくるんだ。 昨夜のことを、忘れたとは言えない。 二日酔いでも、昨日と違って素面のあたしは、しっかりと思い出して、蒼白になった。 昨夜は、彼――ロビンと――。彼と、……寝て、しまった。 その事実に、くらりとくる。 あのまま抱きかかえられて、パーティー会場を後にし。でも外には出なかった。あたしが今いるここは、ムスタファ氏の私邸で、客用に宛がわれた宿泊部屋なのだ。ホテルのスイートのように、ベッドとソファ、テーブル、バスルームがついている一室。ロビンのための部屋。
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