でもあたしは、なんだか、リサの言い方が気にかかった。

 

――それができないのは、あたしのせいじゃない。あたしが田舎っぽいのも、図々しいのも、気にいらなかったら別れれば? 

 

あの言い方を聞いてると、まるでミシェルが、リサを田舎モノってバカにしてたみたいに聞こえるけど。

 

あたしが顔をしかめていると、キラが、「ちょっと、調子乗りすぎだよリサは!」と最後に付け加え、怒りをとりあえず納めた。

キラは、爆発も早いけど、一瞬で収まる。

「ね、ミシェル」「なに?」

「あのさ、ロイドがお世話になってるおばあちゃんたち。ラムコフ夫妻にあんた紹介したいんだけど、一緒に来ない」

あたしに、断る理由なんて、なかった。

 

あたしの穏やかな時間は、たった三十分だけだった。

キラに連れられて、ロイドがお世話になってるおばあちゃんと、その娘さん夫妻、(すでにこの宇宙船内で小さな結婚式をあげたそうだ。ロイドとキラはそれに参加した)ラムコフ夫妻にあたしは挨拶し――キラとロイドの結婚式に必ず出ると言う約束をして、別れた。ロイドとキラが、もうそんな話になっているのも驚いたけど、そのおばあちゃんたちは、このセレブ集団の仲間にしては、気さくないい人たちだった。

あたしのスーツに対して、何も言わなかったし、ドレスを用意しなかった、クラウドを責めるようなことも言わなかった。

ひとつだけ悲しむべきことは、彼らと二時間いられたらよかったのに、そうはいかなかったことだ。

 

「ごめんね。おばあちゃんに無理はさせられないからさ。もう帰ることになってるんだ」

キラは申し訳なさそうにあたしに謝った。ドレスだけではない。孫同然に、さまざまなことに世話してもらっていながら、あたしに付き合って、自分ひとりだけべつの、帰りの車を用意してもらうというのはできないだろう。

「ミシェルもさ、クラウドと一緒にあたしらのとこに遊びに来てね」

キラは、もうそっちの区画に引っ越したことになるのだろうか。

あたしは、ちょっと寂しさを覚えながら、頷いた。

 

まだ宇宙船に乗って、一カ月足らず。

ルナと、リサと、キラとで、あのアパートで暮らし始めたころが、ものすごく懐かしく感じられた。もう何年も昔に感じられる。

入ったばっかりのころは、なんでも珍しくて、なんでも楽しくて。

親になんか言われることもなくて、お金の心配もしなくてよくて。ただ、楽しかった。

リサは、最初っからあたしたちと行動することは少なかったけど、キラとルナと、あたしはよく三人で遊んだ。リズンを見つけてきたのはキラで、三人ではしゃぎながらケーキ食って。自由を満喫した。ルナがご飯ほとんど作ってたけど、キラのカレーも美味しかったし、あたしもたまーにチャーハンとか作って。みんなで食べた。

四人でK12に行って、一日ショッピングして遊びまくったの、一番楽しかった。

絶対に、四人でリリザ行こうね、彼氏いたら、彼氏もつれて、なんて言ってたのに。

 

こうやって、あっという間に彼氏ができて、みんなバラバラになっちゃうのかな。

あたしは、暗い考えに行きそうになって、首を振る。

そんなこと言ってたら、ルナはどうなる。今ルナはどうしてるんだろう。

あんな猛獣みたいな厳ついオトコに追っかけまわされて、ひとりで絶対、心細いはずだ。

K05に逃げたのだっていっても、――捕まってなきゃいいけど。

 

あたしは、なんとか元気を出して、会場に戻った。

大丈夫。あと一時間ちょっと。

ベランダで、星でも眺めていよう。

 

そう決心して、会場に戻ったあたしの心を一発で砕いた、光景。

 

クラウドが、ララと、キスをしてた。

 

 

――泣いちゃだめだ。

 

ここで泣いたら、今日のあたしは負けだ。冗談じゃない、なんのために、ここまで耐えてきたのかわからない。

 

あたしは、誰もいないベランダの手すりに顔を伏せて、黙って涙をこらえていた。

後ろでケラケラ笑っている女たちが、あたしを笑ってるように聞こえる。

そんなわけはないのに、マイナス思考の時って、どんどん深みにはまる。あたしは、気分を変えたくて、シャンパン配ってる男性から、グラスをいっこ、もらった。それをぐっと飲み干し――それからいいことを思いついた。この際だから、アンジェラの真似をしてやることに決めた。

その男性から、シャンパンのボトルを二本もらい――あたしは、ベランダに陣取った。

ラッパ飲みこそしなかったが、どんどんお酒を空けていく。一本飲みつくしたところで、視界がぐらりと来たので、ちょっと休憩した。

 

――ああ。星が、滲んで見える。

うわ。でっかい惑星。……そうか。そうだよね、ここは宇宙船なんだ。

この星空は、宇宙をそのまま映しているから、スパンコールをちりばめたような星空じゃない。でも急にデカイ星が視界を横切るのは、まだ慣れない。

 

クラウドが戻ってきたら、あたしは彼をひっぱたくだろうか。それとも罵るかな。

ううん。――顔を、見れないような気が、する。

 

ララとキスしていたクラウドは、あたしとセックスしてるときの、甘い、切なげな顔じゃなかった。まるで、キスっていう、そのしぐさを楽しんでいるような、顔。

そこには愛とかなくて、ただ欲望だけが露骨に表れた、――クラウドの顔が綺麗なだけに、ひどくいやらしいような気がした。

クラウドは、あたしに欲情とかしないんだろうか。

そんなはずはない。愛してるって言って、抱くんだもの。でも、あたしは、あんな顔の彼を見たことがなかった。ただ、どろりとした欲望の陰りを帯びた。

あたしを抱くときの彼は、愛情に満ちてはいるけれど、――まるでそれが、あたしを子供扱いしているような、そんな錯覚に襲われて。

 

急にルナが、アズラエルを怖いと言った意味が、分かったような気がした。

 

あたしは、クラウドの雄じみた表情に、たしかに目をそらした。

怖かったのか、そんな彼の顔は見たくなかったのか。

――彼に、そんな顔をさせることのできるララに、嫉妬、したのか。

 

「飲み過ぎだぜ。お嬢ちゃん」

 

庭と星を見ながら、考えにふけっていたあたしは、急に背後からグラスと瓶を取り上げられた。ふらつく腰を、強い足腰に支えられて――。

クラウドの香水の匂いじゃない。

このセレブづくめの、香水の入り混じった世界の中に、ただのオトコの汗の匂い。

別に汗臭かったんじゃないよ? 彼は、タキシードは着ていたけど、香水は付けていなかったんだ。ただ、それだけ。




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