「? アントニオさん、これは――」 「それ、シャインをつかえる、役員用のカード。ルナちゃんとミシェルちゃんがもらったのは、株主優待券だからゴールドなのね。――まえから渡しておこうと思ったんだけど、ついつい忘れてて」 アントニオはあっけらかんと笑った。 「え――あの――俺に?」 セルゲイは戸惑ったが、アントニオは、 「うん。だって便利でしょ?」 と笑うだけだ。 一般船客は、シャインの使用は許可されていない。シャインの存在すら知らされていないのだ。ルナが、ララから貰ったといってカードを見せてくれるまでは、セルゲイも宇宙船内にシャインがあることを知らなかった。セルゲイはL5系の星にいたから、シャインの存在は知っているが、この宇宙船内でそれがなくて不便していたわけではない。 役員しか使えないはずの、シャインのパスカード。 当然、親しくなったからといって、役員が船客に、ほいほい渡していいものではないだろう。 「……」 セルゲイは受け取ったカードをしばらく眺めたのち、理由は聞かずに礼を言って、ポケットにしまった。 必要としていたのもたしかで、なんとなく、渡された意味もわかった。アントニオがこれを自分に渡したのも、おそらく――。 「――ありがたく、つかわせてもらいます」 「まあ、あまり大っぴらに使わなきゃ、普段使うのも目を瞑ってくれるそうだから。ほかの船客の目もあるから、そのあたりは気を付けてください。それさえ守ってもらえば、だいじょうぶ」 ルナとミシェルは、決まり悪げに目配せしあった。いままでシャインの周囲はひと気が少なかったからよかったが、そんなところまで気を配っていなかった。たしかに、シャインのカードを持っているということは特別扱いだ。ほかの船客が気付いて、「なんで私はもらえないの」と役所の方に訴えられたら、ララにも迷惑がかかるかもしれない。 「あの――アントニオさん」 「なんでしょ?」 セルゲイは、ポロシャツのポケットにカードを仕舞い込みながら、アントニオに言った。 「一週間後あたり、お時間取れますか。お話したいことがあって」 ずいぶん深刻なセルゲイの顔だった。アントニオは、寸時真顔に戻って、すぐいつものゆるんだ笑顔で承諾した。 「ええ! いつでも仰ってくれれば空けますよ。コレ、いきますか」と、盃を傾けるようなしぐさをした。 セルゲイの固い表情が安心に、ゆるんだ。 「すみません――日が決まったら、また連絡します」 ルナが部屋に帰ると、ずいぶんといい匂いが玄関先まで漂ってきた。 「ただいまぁ」 ルナとミシェルがぺたぺたとキッチンまで行くと、ノートパソコンをテーブルに乗っけてにらめっこしているクラウドと、キッチンに立つ、紺色のエプロンが似合うアズラエルが迎えてくれた。 「アズ、なにつくってるの」 「バリバリ鳥のシチューだよ。おまえ、血は嫌だとかなんとかいってたじゃねえか」 確かに言った。きのうのカレンの状態を見た後では、もっとつくる気がなくなって、ピエトは楽しみにしているけれど、どうしようかと思っていたところだったのだ。 「え! アズがつくってくれたの?」 「たしかに、アイツが言ってたとおり、肉はクセがある――やっぱ、セロリもいれるか」 アズラエルは、バリバリ鳥を売っていたラグバダ族の商人に、あらかたシチューのつくり方は聞いてきた。だがそのままのレシピでつくると、肉は固いまま、野性味あふれる味で、とてもではないがルナもミシェルも食べられないだろう。アズラエルは肉を一度香草で煮流し、ジャガイモやトマト、タマネギにくわえて、ワインもだぶだぶ入れた。すると、なんだかとても高級そうな味になった。 味見をしつつ、満足げな顔のアズラエルの脇に来てルナは、彼のTシャツの裾をちょいと引っ張った。 「アズ――カレンの話、聞いた?」 「聞いたよ」 アズラエルはそっけなく言ったが、彼なりに動揺し、落ち着かないから、こんなにはやい時間からシチューをつくっているのだろう。なにしろまだ三時だ。夕食には早い。アズラエルは悩みがあると、急に活動し出すので、ルナにはすぐわかる。 「ピエトには内緒だぞ」 「う、うん! もちろんだよ!」 ピエトに、言えるわけがない。 カレンがあと、三年しか生きられないなんて――。 「まったく、バリバリ鳥を買いに行っただけなのに、とんでもねえ土産持って帰ってくるハメになったぜ」 アズラエルはぶつぶつ言った。ルナは床を見つめた。 「ごめんねアズ――」 「あ?」 「あの、あたし、……」 アズラエルはさらりとルナの髪の毛を梳き、上を向かせた。 「あたしのせい、とか一度でも口にしたら、俺はてめえをK08あたりのコテージに掻っ攫って、三ケ月ばかり監禁生活をおくることにする」 「それは、こまるのです……」 「だったら、笑ってろ。ボケウサギ面でな」 アズラエルはルナの唇にキスを落とし、「うらやましいから、そこでイチャつかないで!」と、クラウドからの非難を浴びた。 「すんごいいい匂い〜、ね、アズラエル、味見させて!」 ミシェルが寄ってきて、アズラエルにねだった。小皿にひと匙、シチューをよそってもらう。舐めたミシェルは、「マジやばいコレ! ビーフシチューみたい! ビーフシチューより美味いかも!」と歓声を上げた。 ミシェルも、なんだか無理にはしゃいでいるような気が、ルナにはした。 |