「――何が起こってるの!?」

 

 ルナは涙目で、その声を聞いた。その姿が救世主に見えるほどだった。

 

 「クラウド!!」

 奥殿の方からかけて来たのはクラウドとミシェルだった。

 「ちょ、え? どうしたのあのふたり!」

 ミシェルも、何が何だか分からない、という顔で階下を見ていた。

今日、ふたりは朝から奥殿の絵とにらみ合っていたのだが、真砂名神社の神官に呼ばれて、ここへ来た。

石像を抱えた者が、階段を上がって来ようとしている。こんな光景は初めてだ、見ておいた方がいい、と。

 ルナは驚いた。気付くと、まわりはやじ馬でいっぱいだった。

 

 「クラウド助けて! 二人が死んじゃうよ!」

 ルナが涙声で縋ったが、クラウドも、状況を把握しきれていなかった。

 「何が起こってるんです?」

 クラウドはもう一度聞いたが、おじいさんは、

 「おまえらには、ふたりのうえにそびえたつ石像が見えんか」

 と問うた。

 ミシェルには見えているようだった。「どうしたのあのふたり!?」という台詞は、なんであのふたりの背中に石像が乗っかっているのか、分からないから言ったようだった。

 クラウドには見えないようだ。

 「なにかが乗ってるの?」

 とルナにも聞いたが、詳しく話を聞いている暇はないようだと確信した。彼も元軍人だ。アズラエルたちのただならぬ様子は、嫌でも分かった。

 「ミシェルとルナちゃんはここにいて。様子を見てくるから!」

 

クラウドはすばやくアズラエルとグレンの傍まで下りて行き、ふたりの首に手を添えて脈を測った。ずいぶん弱々しい。

 さすがのクラウドも、この緊急事態に、脂汗が噴き出した。

 「なにがあったか――聞いてる余裕はなさそうだね」

 アズラエルに肩を貸そうとしたところで、ニックの制止の声が。そこでクラウドはやっと、肩を押さえて座り込んでいるニックと、口の端から血を流しているベッタラの存在に気付いた。

 顔を青くして倒れている、尋常でないアズラエルたちのようすに、周りを見る余裕すらなくしていたのか。

 

 「クラウド君、君じゃ無理だ」

 「でも、君も無理だよね」

 あきらかに、ニックの肩は外からでも分かるくらい変形している。ベッタラも何があったのか、腹を押さえて、立っているのもやっとの状態だ。

 そして、アズラエルの周りに倒れ伏している、屈強な男たちの山積み。

 

 「状況説明を求めるのは、あとだな」

 「ちょ、クラウド君、待っ――」

 クラウドは、アズラエルの腕を持ち上げた瞬間、異変に気付いた。人間の身体が、尋常ではない重さなのだ。まるで強力な接着剤で階段にはりつけたように、アズラエルの身体が動かない。

 

 「ぐっ……っ!」

 それでも持ち上げようとしたところで、ふうっと風圧を感じた。頭上にだ。

 「――!?」

 クラウドも目を疑った。落ちてくれば確実に即死確定の大きな剣の先が、自分めがけて落ちて来るではないか。

 

 「うわあああああ!!!」

 クラウドは絶叫し、アズラエルを庇って頭を抱えた。

 

 ――だが、剣は落ちてこない。

 クラウドは恐る恐る目を開け――剣が、だいぶ上の方で、バチバチと音をさせる稲光に包まれているのを見た。――何度も、目を擦りながら。

 「俺――正気かな」

 

 「――ミシェル」

 

 クラウドも目を擦る、電光を引き起こし、剣を空中で止めているのはミシェルだった。ルナは親友が、剣の方に向かってまっすぐに右腕をのばしているのを見た。ミシェルの目は焦点が合っていない。

 ルナは、ミシェルそっくりの青年がミシェルと重なるようにして現れ、右腕に掴んだ錫杖を剣の方に伸ばしているのを見た。彼はミシェルそっくりの顔で、ルナに向かってウィンクした。

 

 ――手伝ってあげるのは、三段だけ。まだミシェルには、私との同化は、難しいだろう――

 

 ルナははじめて彼をはっきりと見た――百五十六代目サルーディーバ。

 

ルナは、サルーディーバに向かってこくりと頷き、クラウドにむかって叫んだ。

 「クラウド、三段だけ! アズをグレンと同じ位置に運んで!!」

 クラウドにも、ミシェルの様子は見えただろうか――彼は頷くと、アズラエルを抱えて、重そうに、一段ずつ上がった。アズラエルも四十三段目に来たところで、ふっと剣を止めていた電光が消えた。それと同時に、ミシェルも崩れるように倒れた。

 

 「ミシェル!!」

 あわてて駆け寄ったルナだったが、ミシェルが止めていた剣はまた、まっすぐに落下してくる。

 「またか!!」

 クラウドの絶叫が、ルナのところまで聞こえた。だがふたたび、剣は空色の光に包まれて制止し――ガラスが割れるように、破片を散らばせて砕け散った。

 

 「ミヒャエル! やっときおったか!」

 おじいさんが、階段を下りはじめた。

 「ええか、ルナ。おまえさんは最後じゃぞ。出番が来るまで、絶対にここを動いちゃならん」

 

 そういって、階段を慌ただしく下りていく。ルナは、空色のまばゆい光が、石像を浮き上がらせているのを見た。アズラエルとグレンを押し潰している石像が、持ち上がっているのだ。

 「すごい……」

 周りから感嘆の声が洩れ、ルナも思わず、見惚れていた。

 ルナは、階段をゆっくりとあがってくる、L03の衣装を着たうつくしい女性が、だれなのか、最初は分からなかった。だが石像を持ち上げているのは彼女で、ルナが、カザマだとわかったのは、彼女がアズラエルたちの近くまでやってきてからだ。

 

 「わたしがお手伝いできるのは、十段だけです」

 

 グレンを神主おじいさんが、アズラエルをクラウドが背負った。カザマが石像を持ち上げてくれているので、ふたりとも生来の重さに戻っている。それでも重いことに変わりがなかったが、小柄なおじいさんは、ゆっくりとだが、グレンを背負って階段を上がった。

 「よいしょ、……重いのう、」

 「さっきはもっと重かったよ」

 クラウドとおじいさんは、苦笑し合った。

 

 「ミヒャエルさま……! すごいお力……!」

 大きな空色の光に包まれたカザマは、その容姿も相まって、ほんとうに神のようだ。

 野次馬の女官たちが、感動の声を上げるのを聞いて、ルナもミシェルを介抱しながら、自分の担当役員をぼうぜんと眺めていた。

 (ほんとにすごいよ、カザマさん……!)

 なんて力持ちなんだろう、と見当違いの感動を覚えながらルナは、その様子を手に汗握って見守った。

 

 五十三段目で、昼の神の手助けは終わった。

 「うわっ!?」

 「おおう!」

 クラウドとおじいさんは、そのままアズラエルとグレンの下敷きになって、べちゃっと階段に突っ伏す。

 「もうすこし、待たんかい!!」

 せめて二人をおろすまで待たんかとおじいさんは叫んだが、カザマは申し訳なさそうな顔で謝るだけだ。

 「すみません、でも、ほんとうに十段だけの約束でして」

 カザマはそのまま、四人には目もくれずにふわふわと踊るように階段を進む。

 「……っ! なんとかならんか! わしまで潰れるわい!」

 「ちょ、助けて!」

 おじいさんとクラウドの悲鳴に、ベッタラとニックがあわてて駆け寄ったが、けが人ふたりではどうすることもできない。

 

カザマはふわりと舞い上がり、ひといきにルナの前まで来ると、微笑んだ。

「真昼の神様……!」

やじ馬の神官たちがうっとりと眺め、伏し拝むのをルナは見た。

ルナは、カザマのようでいてカザマでない――昼の神をはじめて見た。

 野次馬が畏れるように道を開ける。ルナに微笑んだ昼の神は、そのまま吸い込まれるように、まっすぐ真砂名神社の拝殿内へと姿を消した。

 ルナは思わずそれを目で追い――口をあんぐりと開けたまま、固まった。