隣の取調室では、イマリとブレアが同じことを金切り声で繰り返し、警官の眉をますますしかめさせていた。 「だから! ロビンを呼んでよ!」 「そうよ! これは、ロビンさんが、アズラエルが邪魔だったから、あたしたちをつかって宇宙船からあの人を降ろそうとした作戦で、任務なの! ちゃんとそう言うわ! 聞いてみて!」 「……さっきまで、アズラエルさんが君たちを襲ったって話だったが。君たちの悪意ある嫌がらせだったことは認めるんだね?」 「違うわ! 任務よ!」 「あたしたちがしたのは、れっきとした傭兵の任務なの!!」 ふたりの担当にさせられた警官は、ロビンとライアンが出頭するまでの時間、えんえんと堂々巡りの話につき合わされたわけである。 とりあえず、イマリは間違ったことはしていなかった。ロビンたちの名を出したことについては。 ロビンは、作戦に不備があったり、失敗したらすぐに連絡しろとイマリに言い含めておいたのだ。 だが、イマリたちは、救いの神に、一気に地獄に突き落とされることになるとは思ってもみなかった。 ほどなくして現れたロビンとライアンは、あきらかにイマリたちを見る目が違っていた。あまりに冷ややかな視線に、イマリは「ロビン……!」と縋りそうになった手を、思わず引っ込めた。 ライアンも、まるで初めて見る人間を見るような目でこちらを見ていた。 「やれやれ。ついにやりやがったか」 ロビンの口から出てくる言葉に、イマリとブレアは絶句した。 「こいつらなァ、バーベキューパーティーの復讐するんだって、ずっと鼻息荒くしててさ、俺たちも止めたんだぜ。だが、こいつらは聞かなかった。つうかお巡りさん、なぜ俺たちを呼んだ?」 「彼女たちが、君たちを恋人だって言ってるんだが?」 「別れたよ。とっくにな」 ライアンが吐き捨て、ロビンもつめたく告げた。 「俺もとっくに愛想尽かしてんだが。はっきり言わなきゃ分からなかったのかな? 俺は、もうとうに、おまえへの興味は失せてる」 ブレアがふたたび吠えるように泣き出し、イマリは全身を硬直させてわなわなと震えた。顔色が赤黒く染まり、溶岩のようになった。 「ふ――ふざけないで――あ、あなたが、言ったんじゃない――任務だって!」 ライアンが深く嘆息し、 「俺たちを巻き込むな」 と短く言って突き放した。 「まったく、冗談じゃねえ。やっかいな女に関わっちまったもんだ」 ロビンのためいきが、刃となってイマリに突き刺さる。 イマリはまだ信じられなかった。手のひらを返したようなロビンの態度――彼は、あの手でイマリを抱きしめ、「運命の相手だ」と言ってくれたのに――。 「警部、こちらを」 取調室に、警官がテープレコーダーを持って入ってきた。部下の耳打ちに、警部はうなずき、テープレコーダーの再生ボタンを押した。 イマリとブレアの会話が流れる――ラガーで、アズラエルたちを陥れる作戦を立てたときの会話だ。いつ、とられていたのか――不思議と、ライアンとロビンの声は消されていたが、動揺しきったイマリたちは、その違和に気付くことができなかった。 『消しちゃえばいいじゃん、あんなヤツ』 『あいつらが、あたしたちを襲ったように見せかけるの。服を破いておいたりしてさ、いかにも襲われましたって恰好で、叫ぶだけ。助けてーって』 『いいわそれ! ブレア。それなら、あのブスたちにも痛い目遭わせられる!』 『自分の彼氏が宇宙船を降ろされるってどんな気持ちか、あいつも味わうといいのよ』 『思い知らせてやる』 イマリとブレアの声が、バーの中で響くくぐもった声が、狭い取調室の中に盛大に響き渡った。 ブレアは声を放って泣いた。イマリも、壊れた人形のように、ストン、と椅子に腰を下ろした。 「動かぬ証拠があるからね」 警官は停止ボタンを押し、イマリとブレアに厳しく告げた。 「君たちは一度、降船を取り消してもらっていながら、ふたたび事件を起こした。しかも、手口が卑劣です。自分たちで計画しておきながら、他人のせいにするという行為もね――。一週間以内に、宇宙船を降りていただきます」 ルナが、中央警察署からの電話を受け取ったのは、アズラエルたちが中央署についたころだった。 電話を受けたとき、驚いたルナはウサギらしくぴーん! と飛び上がった。もうすこし勢いよく跳ねたら、天井に激突したかもしれないと思ったくらいだ。それほど驚いて、ウロウロウサギになったあと、一目散にシャイン・カードを手にして、中央区に向おうとしたのである。 そんなルナが玄関ドアを開けたとたんに目の前に立っていたのは、顔がむくむほど泣きはらしたレイチェルと、困った顔をしたシナモンだった。 「どうしたのレイチェル!?」 「よかったあ……今日はいたよ、ルナ」 「ごめんなさい、ルナ――ごめんなさい」 「さっきからずっとこの調子なの。話にならなくて……ちょっと、入れてもらっていい?」 「う、うん! もちろん!」 ルナは一刻も早く中央区に向かいたかったが、レイチェルも放ってはおけない。ふたりを部屋に招き入れた。 ルナはレイチェルのために、はちみつ入りのあたたかいハーブティーを入れ、落ち着くまで「何も話さなくていいから」と背をさすり続けた。 謝り続けるレイチェルは、あたたかい紅茶のにおいをかいでようやく気分が静まってきたのか、ぽつぽつと、さっきリズンで起こったことを話し始めた。 シナモンとルナはようやく事態を把握した。ルナが、いま中央区の警察署から電話が来て、アズラエルとグレンが事情聴取されているとふたりに話すと、レイチェルは再び涙した。 ルナは、イマリたちの行動に呆れ、その執念に怖さも感じたが、イマリに対する怒りより、アズラエルたちやジルベールたちのことが心配だった。 「謝らないで。レイチェルは止めに入らなくてよかったんだよ。逆に危なかった気がするよ。アズたちを、庇おうとしてくれて、ありがとう」 レイチェルは再び泣き、ようやく落ち着いた頃には、一時をとうに回っていた。 三人は、こうしていてもらちが明かないので、警察署に行くことにした。すくなくともルナは身元引受人として出向かねばならないし、おそらくシナモンとレイチェルの部屋にも、同様の留守電が入っていることだろう。 レイチェルたちの手前、シャイン・システムをつかえないので、タクシーで向かった。 中央役所に着き、すぐさま地下二階の警察署に行くと、取調室ではなく待合室にアズラエルたちはいた。 レイチェルはエドワードに飛びついて泣き、シナモンは、ジルベールを一度叩いて「なにすんだよ!」と怒鳴られてから、抱きしめてやった。 「アズラエルとグレンを庇ったんだって? カッコいいじゃん」 ジルベールは少し顔を赤くし、 「違えよ。あのバカ女どもに腹が立ったからだ。俺がカッとしちまっただけで、兄貴のためじゃねえよ」 とカッコつけた。 ルナは、車いすのアズラエルとグレンのそばに、心配そうに駆け寄った。レイチェルがあまりに悲壮感あふれていたので、自分は気丈に振る舞っていたが、正直なところ気が気ではなかった。アズラエルはともかく、グレンは、降ろされることになれば、死の危険があるのだ。 だが、グレンがルナを安心させるように、 「だいじょうぶだ、俺たちは降ろされねえってよ」 とルナの指先を握って言うと、ルナはやっと肩の荷が下りた顔で、じんわりと涙をにじませた。 パートナーの無事を確かめてほっとしたのも束の間、警官たちが入ってきて、ルナたちを椅子に促す。 「災難でしたね」 一番年寄りで、一番おだやかな風貌の警部補が、そういってルナたちを労わった。 「今回の被疑者――イマリさんとブレアさんは、バーベキューパーティーで宇宙船を降ろされそうになったことを逆恨みして、今回の事件を起こしたようです。アズラエルさんに襲われたっていう事件を作り上げて、宇宙船から追い出そうとしたみたいですね。グレンさんは、巻き込まれた形ですかね――ふたりのターゲットは、あくまでもアズラエルさんだったようですよ」 グレンはひどく迷惑そうな顔でアズラエルをにらんだが、アズラエルもにらみ返した。二人が満身創痍で、ここで一戦起こらなかったのは、幸いというほかない。 |