「もうほんっと――信じられない!」

シナモンが憤慨した顔で唸った。

シナモンとレイチェルとルナの三人で、タクシー内でしてきた予想は100パーセント、当たったということだ。

「もとはと言えば、パーティーに乱入したあいつらが悪いのに。バカじゃないの!?」

「さすがに、もう降ろされますから――一週間以内に降りてもらいます」

「せいせいするわ!!」

シナモンをなだめるために警部補はおだやかな笑みで言ったが、シナモンはさらに肩を怒らせた。当分、彼女の怒りは鎮まらないだろう。

 

「おい、さっきの、任務かもしれねえって話は――」

グレンが言いかけたが、警部補は首を振った。

「あの子たちの方便でしたよ。恋人が傭兵だったからね、任務だってことで言い逃れようとしたみたいだ。証拠に、あの子たちの会話を撮ったレコーダーがね、さる筋から入ってきて、それが決定打になりました」

「レコーダー? どこから」

グレンの質問に対しての返事はなかった。

警部補がレコーダーを入手したのは、ロビンからではなくルシアンの店長からだった。

返事はなかったが、グレンはほっと肩を落とした。少なくとも、彼は一度、“傭兵の任務”とやらで、宇宙船を降ろされかけているのだ。どうやら、今回の事件はあくまでイマリたちの逆恨みによる行為で、裏に、ユージィンの陰はない。

 

「ところで、さっき取調室でも言ったけど、ジルベール君、エドワード君、……申し訳ないが、君たちにも降りてもらうことになりました」

 

「ええっ!?」

シナモンが絶叫した。ルナもだ。レイチェルはさっと青ざめて、エドワードの服の裾を握った。

「たった今、上層部から連絡が来てね。やっぱり降船だって。……君たちの気持ちはわからないでもないが、ちょっとやりすぎてしまったね」

エドワードもジルベールも、覚悟はしていたようだった。そう動揺は見られなかった。だがシナモンとレイチェルは、顔色が変わった。

「ちょっと待って! ほんとに襲ったわけじゃないのよ!? もともと破けてた服、さらに破いただけよ! イマリたちの露出狂手伝ってあげただけじゃない!」

シナモンは叫んだが、警部補は困ったように言った。

「止めるだけにしてくれればね。こうはならなかったと思うんだが」

尚も言いつのろうとするシナモンを、ジルベールが止めた。

「いいんだよ。俺は、それを覚悟でやったんだ。……な、俺はいつ降りればいいの。まさか、一週間以内じゃねえだろ?」

「うん。君は、一ヶ月以内かな」

「そっか。なら、友達と別れを惜しむ時間もあるな」

「ちょ、ジル!!」

「刑事さん、俺は?」

エドワードの質問に警部補は、

「君は様子を見て、できれば今年中かな。奥さんの予定日は九月だっていうけど、出産後の奥さんとお子さんの具合を見て、降りる時期を判断してくれたら」

と答えた。

「わかりました」

潔く答えたエドワードの顔を、レイチェルは掬い上げるように見、それから床に目を落とした。

 

「悪いね、時間ばかりかけて――実は、話はこれで終わりじゃないんだ」

警部補は、半分禿げ上がった髪をかきながら、携帯電話を眺めた。

「このまま、隣の株主総合庁舎に、いっしょに来てもらいたい」

「え?」

今度は、エドワードとジルベールも聞き返した。

「この宇宙船の株主さんが、君たちに話があるんだって」

 

 

 

 

 

ルナとアズラエル、グレンだけは、その“株主さん”がだれかはすぐにわかった。ララに決まっていた。だが、なぜララが、ルナたち三人だけでなく、エドワードたちをも呼んだのか、それはわからなかった。

株主総合庁舎は、中央役所の隣の敷地だ。だが、それぞれの建物が大きいうえに敷地が広いので、けっきょくパトカーに乗りなおして五分、移動することになった。

こんなきっかけでもなければ、株主総合庁舎など来るはずもなかったシナモンたちは、珍しそうに、キョロキョロ、あたりを見回した。

回転ドアを過ぎ、警部補が先に立ってセキュリティ・チェックを受けた。ドアやエレベーターもセンサー式のようで、警部補は携帯電話をかざして次々とセキュリティを抜けていく。

チェックを受けたあたりから、ルナたち以外の四人の顔には緊張が漂っていた。ルナはレイチェルがひっくり返るのではないかとハラハラし通しで、レイチェルの手をずっと握っていたので、自分の緊張はどこかに吹っ飛んでいた。

 

三階の、長い長い廊下の果ての、重厚なドア。表札には「ララ」と記入してある。ここはララの私室か。警部補がドアをノックすると、向こうからドアが開いた。開けたのはシグルスだ。シグルスは、ルナたちを認めると、軽く目くばせした。ルナも小さく会釈した。

「じゃ、私はこれで」

扉が開くと、警部補はすぐに踵を返した。彼は、案内してくれただけのようだった。

彼が帰っていくのを、四人は心細い視線で追ったが、シグルスが「どうぞ、お入りください」と恭しくシナモンの手を取ったので、すくなくともシナモンだけは、緊張からときめきに感情がシフトした。

シナモン、ジルベール、レイチェル、エドワード、アズラエル、グレンの順に部屋に入り、最後にルナが入ると、「ルーシイイイイイイイイイ!!!」という絶叫とともにララが飛びついて来たので、ルナは視界が真っ暗になった。

 

「ふぎ? ふぐ?」

「相変わらずかわいいねえ! わたしの天使! 女神! うさちゃん!!」

アズラエルたちは、今日、ララに抗議する気力はなかった。

レイチェルたちも、目を丸くしてその光景を見たが、部屋の調度品の豪華さと、シグルスの手際よいもてなしに、すぐに気をそらされてしまった。

ララはルナを思う存分抱きしめてスリスリしたあと、ルナを特等席のような一人掛けソファに安置し、自分はジルベールたち四人を座らせたソファの、真向かいにひとりで陣取った。

シグルスは、ララがルナをスリスリしている間に、客人を丁重にソファに招き、紅茶を配備するところまですでに終えていた。実に有能な秘書である。

ララはソファにたっぷりと深く腰掛け、すぐに本題に入った。