その後、シャチも、導きの子ウサギも、月を眺める子ウサギも、偉大なる青いネコも現れず、一週間が過ぎた。

めずらしくボケウサギでないルナが頭を働かせ、鳥の中で一番強いタカとワシの王を呼び出し、全鳥類に号令をかけて、空からみんなを探してもらったり、“布被りのペガサス”を呼んで、彼女と、親友の“残虐なフクロウ”に頼んで、森の中を探索してもらったりした。

“八つ頭の龍”など、知っているZOOカードを片っ端から呼び出し、彼らの行方を聞いてみたのだが、誰も知らなかった。ルナは、月を眺める子ウサギと、偉大なる青いネコが「つかまらない」という意味をようやく実感し、ためいきを吐くのだった。

クラウドのほうも、マミカリシドラスラオネザの情報を集めてはいたが、なにひとつ事態は進行していなかった。

なにも変わらないまま、バーベキュー・パーティーの日を迎えた。

この一週間、だれも“呪い”の話をしなかったため、セシルの頑なは、すこし解けていた。夕食に誘えば一回は顔を出したし、バーベキュー・パーティーに、ネイシャだけではなく、彼女も来ることになった。

 

バーベキュー・パーティー当日、ルナはレイチェルとミシェル、シナモンと一緒に、シャイン・システムでK08区に到着した。

「うわあ! 綺麗な湖!」

ルナたちはそろって歓声を上げた。

シャイン・システムの外に出たとたん、視界は一面のコバルトブルーに染まった。湖はふかい群青色を宿し、光が当たる部分だけがまぶしいくらい白くきらめいていた。日差しはつよかったが、林の木々はそれを木漏れ日にやわらげてルナたちに落とした。どこからか聞こえるせせらぎの音と鳥の声のおかげで、ずいぶん暑さがまぎれている。

 

「宇宙船に乗ったばかりのころ、エドといっしょにここへ来たわ」

レイチェルが、なつかしそうに目を細めた。

「おはようございます。みなさん――レイチェルさん、ご気分は悪くないですか。今日は楽しめそう?」

「平気。調子がいいくらい」

湖のほうからやってきた、幅広の麦わら帽子とTシャツ、短パン姿の女性に、レイチェルは持っていたシャイン・システムのカードを返した。

 カードは彼女のものだ。三十代前半の女性は、レイチェルとエドワードの担当役員だった。

 

 今回のバーベキューは、リズン前ではなく、リゾート地として解放されているK08区のキャンプ場で行われることになった。前回の失敗も踏まえて、今回はちゃんとバーベキューができる施設でパーティーをすることに決めたのだ。

 食材は、以前と同じくアントニオが、酒は、オルティスやデレクたちが業者に手配してくれたので、そろそろ運び込まれているところだろう。

  レイチェルがシャインをつかえるのも、今日だけの特別だ。パーティーの最中に気分が悪くなったら、すぐ病院に行けるよう、シャイン・システムをつかえる彼女の担当役員もパーティーに参加している。

 エアコンの効いた室内で休めるよう、コテージも借り切っているとのことなので、大きな心配はしなくてもよさそうだった。レイチェルは、バーベキュー・パーティーを楽しみにしていただけあって顔色もいいし、いつもの怠そうな感じもない。

 「もうだいぶ人が集まってるわ。行きましょう」

ルナたちは、レイチェルの病院に付き添ってから来たので、時刻はすでに昼近かった。呼んだメンバーのほとんどはすでに集まっていると彼女は教えてくれた。

 

レイチェルの担当役員に連れられてキャンプ場に入ると、ずいぶんな人数がひしめいていた。

K08区のキャンプ場近くのシャイン・システムは湖を見下ろせる、小高い丘の上にあった。幅広の階段を降りていくと、すぐ右に、何組かのイベントテントが見える。

一番大きなイベントテントが、ルナたちの借り切った場所だろう。すでにパーティーははじまっていて、肉の焼ける香ばしい匂いがルナの鼻先まで届いた。

今回は、肉の串も出来合いのものを買ったし、コンロで食材を焼いてくれる、キャンプ場のスタッフを雇っているので、前回は忙しく走り回っていたオルティスやデレク、アズラエルたちも、今日はすっかり腰を落ち着けている。

 

「すご、なに、この人ごみ」

ミシェルが、眼下に見える売店付近の混みようを見て、怯んだ。

「今は混むシーズンですよ。飛び入りで来た家族は、もう空きスペースがないからって断られていましたし。でもK25区や15区にもキャンプ場はあるからね。海水浴場も」

役員の言うとおり、今日は天気もいいし、キャンプ日和だ。混んでいるのも無理はなかった。

「それにしても……すごい人数ですね」

「レイチェル、あんた顔出ししたらすぐコテージ行ったほうがいいわ」

「……そうするわ」

静かだったのはシャイン・システムのちかくだけで、湖畔やバーベキューができるスペース、キャンプスペースは人でごった返していた。遠目に見える駐車場もすでに満車の文字が掲げられているのに、次から次へと車が入ってくる。

この湖は、海水とおなじくらい塩度が高いので、遊泳ができる。それを目当てに押し寄せた観光客の数は、K25区やK15区の海水浴場に勝るとも劣らない人数だ。

こちらは、K25区のほうに比べて、並んでいる店舗やホテルも、富裕層相手につくられたリゾート地なので、恋人同士や、L5系出身の、富裕層の家族連れが多い。

泳ぐつもりで水着を持ってきていたシナモンとミシェルも、水際の人の多さを見て、顔を見合わせた。

 

「遅かったじゃないか」

女の子組の姿を見つけて、クラウドが走ってきた。正確には、ミシェルの姿を見つけて、だ。

「意外と病院、混んでてさ」

ミシェルは、受付のメリッサに招待状カードを差し出した。

「おはようございます。今日は暑いですわね」

メリッサはルナたちに微笑みかけ、

「ミシェルさんたちで招待客は最後です。このまま受付を撤収して、あちらへ向かいましょう」

受け取った参加費をポーチに入れて、パイプ椅子を片付けだした。レイチェルの担当役員が、「コテージの場所を教えておきますね」とレイチェルとシナモンの二人をコテージに連れて行った隙を見て、クラウドが、「ミシェル、ルナちゃん、こっち」と手招きした。

クラウドは、キャンプ場からすこし離れたところにある小さめのコテージにふたりを連れて行った。

カード・キーで木製のドアを開け、中に入ると空気が冷やりとした。中は、一人用のベッドと簡易キッチン、シャワー室があるくらいの、狭いコテージだ。

 

「ルナちゃん、ここでよかった?」

「うん」

「カードの箱は二階に置いてあるよ」

「クラウド、ありがと!」

「どういたしまして」

ルナは、丸太を削って組み立てただけの階段をぺぺぺっと上がり、二階とも言い難いロフトに上がった。ルナを追ってミシェルも上がったので、クラウドも仕方なく部屋に入った。

ロフトは、ルナとミシェルが乗っていっぱいいっぱいだ。クラウドは階段側から覗き込むことしかできなかった。

「ルナ、こんなとこでZOOカードの占いするの?」

「占いってゆうか――いろいろと確かめたいことがあって」

 

今日のバーベキュー・パーティーは、気になることがたくさんある。シャチに恋人を紹介するのはいいが、シャチの運命の相手が、リサが連れてきてくれた友達のなかにいるかどうか。サイは、今日の合コンで恋人を見事ゲットすることができるのか。

それに、“導きの子ウサギ”が、いつ“偉大なる青いネコ”を連れてくるか分からない。ルナはできれば、一日たりとてZOOカードから目を離したくないのだった。

(それに)

もしサイさんが、今日来た女の子の誰とも、つきあうことにならなかったら。

ルナには、こっそりと考えていたことがあった。これは、ミシェルにも言っていないことだ。

(サイさんに今日、彼女ができなかったら、ここにイマリを連れてくる)

ルナは決心していた。

このキャンプ場が、時期的なこともあって大層混むだろうことは、ここでバーベキューをすると決めたときから分かっていたことだった。これだけの人数がいれば、イマリの一人や二人紛れ込んでいたって、見つからないはずだ。

このキャンプ場は広いし、オープン・カフェのような場所も設置されている。バーベキュー・パーティー会場から離れたそこで、サイとイマリを会わせてもいい。

 

ルナの決意はともかく、ミシェルはふて腐れた。

「こんなことしてたら、バーベキュー楽しめないじゃん。道理でルナ、水着持ってきてないと思ったら、」

「水着だったら、アズが持ってる」