「こりゃ、アバド病も治るに決まってる」 ペリドットがコーヒー二杯目をお代わりしながら腹をさすった。 「こんなうめえモン、毎日食ってりゃどんな病気も治るわ」 「おまえほど食えねえけどな……」 さすがのアズラエルとグレンも、ペリドットの大食らいにあきれながら言った。 「アーズラエルは、ワタシの心が、大変うらやましがる音が聞こえますか……」 「聞こえる、聞こえる」 カレンがベッタラの言葉にうなずいた。 「ルナの味噌汁サイコーだろ」 「ミーソのスープに卵にパン! そして、オー米! なんて美味なのでしょう! この、黄色く、丸い卵にかけたソースは何物でしょう?」 「ケチャップのこと?」 ミシェルが聞くと、ベッタラは「ケチャップ!」と叫び、「ケチャップ、ケチャップ、ケチャップ、」と三回繰り返した。そしてケチャップというものを覚えてから言った。 「地球人はよく食べますね」 「君は確実に、地球人以上に食ってるよ」 クラウドのツッコミ。 ミシェルとピエトは、ふたりの食べっぷりを口を開けてながめ、自分が食べるのを忘れていたため、まだ食事が終わっていなかった。ふたりがご飯とみそ汁と、焼き魚の朝食を食べ終わらないうちにペリドットとベッタラは、席を立った。 「ルナ、馳走になった」 ペリドットはめったに見せない笑みを浮かべてルナに礼を言った。 「もう行っちゃうの。もうすこしゆっくりして行って」 「ありがたい話だが、俺も仕事がある」 ペリドットは、今、占いができないサルディオネの代わりに彼女の仕事をしていて、しかももともとこの宇宙船に呼びつけられたのは、アントニオの代わりに真砂名神社へ入って祈祷をするためだ。それをあとで解説してくれたのはクラウドだったが、ペリドットはこう見えて、ずいぶんと忙しい身なのだった。 そんな忙しい中に、彼はセシルとネイシャのことにも骨を折ってくれている。ルナはそれを聞いてから、かつて、彼を「だめなひとだ!」と思ってしまったことを反省した。 「ベッタラさんも、今すぐ帰らなきゃダメ?」 ルナは聞いた。ベッタラは急ぐほどのことでもないが、ニックのところに行く用事がある、というと、ルナはパッと顔を輝かせた。 「ニックのところに行くの!? あの、よかったら、ちょっと待っててくれる? ニックに届けてほしいものがあって……」 「ほわーああああああ! て、手作り弁当! 手作り弁当!! マジで!?」 午前中から、ニックのテンションはMAXだった。外気の暑さに負けずとも劣らぬテンションの高さ。すずしいコンビニ店内とは逆に。 「ルーナさんから伝言です。みんなが暴れたときに、助けに来てくれてありがとうというお礼の言葉でした」 保冷バッグに入れてあった、可愛い花柄のスカーフに包まれた二段重のお弁当箱を、ベッタラから渡されたニックのテンションは、確実に宇宙船の天井を突き抜けて宇宙に飛び出した。弁当箱に添えられていた、鳥形のカードに添えられていた言葉を読むと、ニックのテンションだけが先に地球に到着した。 「ええっとお……『ニック、このあいだは助けに来てくれてありがとう。ほんとに、ニックが天使に見えました』……だなんて! 僕は天使だよ一応♪ むふふっ。『お礼にお弁当を作りました。お菓子がいいかなと思ったけど、あたし、お菓子づくりがどうも苦手で、』ルナちゃん苦手なの!? 僕大得意だよ! 今度一緒に作ろう! 『いつもコンビニ弁当ばっかりで、からだこわさないでね。ルナ』」 ニックは踊るようにカードを頭上にかざし、 「ひゃほおおおおおお!!!!!」 と絶叫したあと、「お、おおお女の子の手作り弁当なんて何十年ぶりだろう……」と急にいかめしい面構えになって、いそいそと弁当を運び、自室のほうで、ふたを開けた。 「「おおおおおお」」 ベッタラの野太い歓声と、ニックの歓声が重なった。 タルタルソースがかかった、小さな魚のフライがメインで、カニの形をしたウインナー、ポテトサラダ、野菜やフルーツなどが彩りよく詰まっていて、下の重は、錦糸卵や花形の人参がかわいい、ちらし寿司だった。 「こちらも、おいしそうではありませんか!」 さっそく手を出しかけたベッタラの手の甲を叩き、ニックは恨みがましく言った。 「君、ルナちゃんのとこで朝ごはん食べて来たんだろう!?」 「それはそれ、これはこれです。ワタシにも弁当を運んだ報酬をください」 「し、しかたないなあ〜、じゃあ、カニさんウインナー一個と、フライ一個だけ、あげるよ」 「大変結構です!」 昼が近いというのに、朝食もまだだったニックは、アイスコーヒーを店から運んできて、休憩室のソファで弁当を摘まんだ。ベッタラも勝手知ったる様子で、コンビニの陳列棚から桃のジュースをもってきて、ニックの隣に腰かけた。 「ルナちゃんも遊びに来てくれたらよかったのに♪」 「ルーナさんは、ZOOカードで忙しいのです」 「ああ、あの“もや”に包まれたカードのふたり――その後、進展は?」 「ぜんぜんありません」 ニックは、一瞬だけ真面目な顔をしたが、すぐに意識は弁当に向いた。 「うっほ! 美味しい♪」 しっかり弁当を写真に収めてから、さっそく卵焼きをつまみ、ゴリラみたいな歓声を上げた。 「女の子の手作り弁当なんて、マジ何十年ぶりだろ……涙出る」 ニックは鼻をすすりながらフライをかみしめ、 「タルタルソースまで手作りの味がする……ところで、君、まさか、お弁当届けるためだけに来たの?」 とようやく思い当った顔でベッタラに聞いた。ベッタラは甘ったるい桃の飲料水を飲みながら、 「いいえ、違います。後日盛大に行われる肉祭りのために、ニックに服を貸してもらおうと思って来たのです。それから、肉祭りのことをお知らせしに」 「招待状なら、昨日届いたよ?」 ニックは、写真と一緒に飾ってある、キラキラしたラメ入りのカードを指さした。 「ワタシのカードと違いますね」 ベッタラに来たものは、シャチの形のカードだった。 「招待状を書いたのはルナちゃんだけじゃないみたいだし、いろんなカードがあっておもしろいじゃない。――服を貸してあげるのはいいけど、君、僕の服、入るのかな」 ベッタラの、厚みのある胸筋を見て、ニックは唸る。ニックも一応武芸者だが、ひょろっとしたニックと、肉厚のベッタラでは体格が違いすぎる。 「僕がカルビだったら、ベッタラは骨付きカルビだもんね……」 ベッタラは何食わぬ顔をして、弁当からカブとパプリカのいためものをかすめた。 「あっ! 僕の弁当!」 「服はともあれ、ニック、ミーシェルの話によるとですね、今度の肉祭りには、たくさん女の子が来るらしいのです!」 ベッタラの興奮に反して、ニックは冷めたものだった。 「あ、そーう」 「嬉しくないのですか! ルーナさんや、ミーシェルの友達が呼んでくれたのですよ。われわれに、結婚相手をつくらんがため!」 「う〜ん」 ニックは、このあいだ、「彼女がほしい!」と叫んでいた男とは思えぬほどの落ち着きで、ちらしずしを掻きこんだ。 「だって、みんな十代から二十代そこそこの子たちだろ? 僕は最低でも、六十歳以降じゃないときついな。百歳違うって、けっこうなジェネレーションギャップあるよ? わかる? 一世紀違うんだぜ」 「百……? ろ、六十……? ニック、数字を間違えてはいませんか……?」 「間違えちゃいないよ。間違えちゃ……、ン?」 ちらしずしを一気食いしたニックは、やっと弁当箱のうしろから顔を出した。 「君、僕の年齢知ってるよね?」 「ワタシと、同じくらいでしょう?」 ニックはびっくりした顔で叫んだ。アニメだったら目が飛び出ているところだ。 「なに言ってんの!? こないだ、話したと思ったけど!? 僕、百五十六歳だよ!!」 「ええええええ!?」 ベッタラの目からも、確実に眼球が飛び出た。
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