魚を半分食べ、餃子を箱半分、肉の串を一本とから揚げとたこ焼きを一個ずつ、焼きそばを一口食べたルナは、あとは草をはむウサギと化していた。

「ルナおまえ、それしか食わねえのか」

「肉食ウサギはどこにいった」

ルナへの貢物は、あらかた両脇のふたりが片付けた。ミシェルの前にも、お供え物の山ができているが、彼女はそれなりに片付けていっている。

「うん……」

ルナはあたりをキョロキョロするのに精いっぱいで、食欲に集中できなかっただけである。

レイチェルが残したサラダをはむはむしていると、

「ルナちゃん、食ってるか」

バグムントがホタテやエビ、大きなイカを焼いたものをごっそりとルナの前に置いて、去っていった。ルナのまえのお供え物は増える一方だ。

サラダを完食したルナは、今度はジュースについていたオレンジやマンゴーを齧りだした。

「食えねえなら、もういらねえと言え、ルナ」

ジョッキにビールをなみなみと注いで戻ってきたグレンが、また増えたお供え物に肩をすくめた。

「ホタテ美味しい!」

ルナが歓声を上げ、デレクのところからノンアルコールのカクテルをもらってきたミシェルとキラが、「あ、いいなあー! ホタテ!」と食いついてくれたので、両脇の仁王像はパンパンの腹と胸をなでおろした。

ルナはふたりがイカとエビとホタテを平らげる間に、無言で一個のホタテを食べ続け、食べ終えるとすっくと立った。ようやく神像が動き出したので、お供えは終わりだ。

 

レイチェルは、暑さに負けてさっさとコテージに避難した。ルナがついていこうとすると、「だいじょうぶよ、ルナはバーベキュー楽しんで」といつになくついてくることを断って、担当役員と一緒にコテージへ向かった。

キラもおなかが大きくなってきているが、肉の匂いに胸焼けすることもないし、相変わらず元気に食べて飲んでしゃべっている。

レイチェルはコテージへ。ピエトとネイシャは、クラウドが見てくれている。

キラとミシェルは海鮮焼きに夢中。

アズラエルとグレンは、バグムントとロイド、バジにつかまって、話が盛り上がっているから、ついてくる心配はない。

ようするに、後顧の憂いはなくなった。

(行動開始です!)

ルナはトロピカル・ジュースを買いに行くふりをして席を立った。そして、キョロキョロとあたりを見ながら人ごみを歩いて行った。

ルナは歩き始めて気付いたが、イジムが、ルナたちのテントの四隅に焚かれていた。

(どうりで、いい匂いがすると思ったよ)

 

テントから出て、やっとサイさんを見つけた。

サイさんことヤン君も、仲間と一緒に、シナモンが連れてきた女の子たちと盛り上がっている。場を取り持っているのはジルベールとシナモンだ。

(ふむふむ……いいかんじですよ?)

ヤンは一人の女の子と楽しげに話している。女の子の数は五人どころでなかった。十人を超えている。ルナが顔だけは見知っている、ジルベールのダンス仲間の子もいる。

(これは、イマリを連れてくる作戦は、いらないかも)

ルナは嘆息した。ヤンの仲間五人に対して、女の子は十人以上。きっと彼女ができてしまうだろう。

 

(あっ!)

ルナはテントから離れた、売店が連なっているところまで来て、やっとベッタラを見つけた。

ベッタラが、三人の女の子に囲まれていた。

ルナは最初、ナンパされている男性を、(アズたちと同じくらいおっきいひとだな)と呑気に眺めていたのだが、近くまで来て、あの微妙な共通語と、鮮やかなグリーンの髪の毛のおかげで、やっとベッタラだとわかった。

ベッタラを取り巻く水着姿の女の子たちは、口々に「カッコイイ」だの「カワイイ」だのを連呼して、ベッタラを質問攻めにしている。

たしかに、今日のベッタラは、ルナも見違えるほど普通のカッコイイお兄さんだった。

もともと顔立ちも整っているベッタラは、背も高いし、バランスよく鍛えられた身体は、アズラエルと並んでも見劣りしないくらい精悍だ。

大きめのタンクトップに半袖のパーカー、ハーフパンツに、ビーチサンダル。額の鉢金も外している。だれがコーディネイトしてくれたのか、スポーツマンタイプの好青年に仕上がっていた。

(ベッタラって、かっこよかったんだなあ)

ルナは大変に失礼なことを考えた。ベッタラを三枚目に貶めていたのは、常に残念な共通語だったということになる。

 

「アノールって何!? カッコイイ」

「あれでしょ、森の奥とかに住んでる人でしょ!? ロハス?」

「ゲンジュウミンってウソでしょ、見えなーい!!」

ベッタラは、女の子に囲まれて嬉しそうと思いきや、まったく嬉しそうではなかった。カチンコチンに固まって、顔がこわばっている。リサはどこへ行ったのだろう。面倒見のいいリサが、この状態を放っておくことが不思議だ。

 

「あっ! ルーナさん!!」

ベッタラが、ルナの姿を見つけて、苦難の中に神を見つけたと言わんばかりの顔で名を呼んだ。そして、「す、すみません、通してください!」と女の子たちの囲みから抜けて、ルナのもとへやってきた。

「ええーっ、行っちゃうの」

「カノジョ持ちかあ」

ベッタラの力は、加減しているつもりでも強い。つよく跳ねのけられたと感じた女の子たちは、「いたーい!」「ちょっとひどくない?」と口々に言って、興ざめしたように湖畔のほうへ歩いて行った。

 

「た、助かりました……ありがとうございました」

ゲッソリした顔で、ベッタラはルナの肩に縋り付いた。

「だ、だいじょうぶ? ベッタラさん」

ベッタラは、ずいぶん憔悴した顔をしていた。

「リサはどうしたの? 女の子、紹介してもらってない?」

さっきベッタラを囲んでいた女の子三人は、リサが連れてきた子ではないだろう。きっと、たった今ナンパしてきたただの観光客だ。ルナをベッタラの恋人だと勘違いしたのだろう。

「肉祭りの会場に戻ろうとしたら、あの子たちに囲まれたのです……」

ベッタラはうんざり顔で言った。

「あっちのお店から、ここに来るまで、同じ目に三回も遭いました」

三回も、ナンパにあったということか。ルナは苦笑して、

「今日のベッタラさん、かっこいいからね!」

と励ましてみたが、ベッタラは困り顔で首を振った。

「よくわかりません。服を変えただけで、かっこよくなるなんて。ワタシはかっこいいを違うものと考えます。心のつよさです。女の子たちのかっこいいは、ワタシにはわかりません」

ルナは、ベッタラらしいなあと思ってから、もう一度聞いた。

「リサが連れてきた子は? ダメだったの」

ベッタラはうなずいた。

「リーサさんという方が、紹介してくれました女性の方々は、先ほどのひとたちと変わりがありません。ワタシは、あの女の子たちはダメみたいです。ダメです。話が通じません。話が通じないので、申し訳ないが恋人をオコトワリしました。そうしたら、みんなそろって怒るのです。分かりません。通じていなかったのでしょうか。ワタシは失礼をしたかもしれません。やっぱり、ワタシの共通語はオカシイですか」

途方に暮れた顔で「ちょっと、疲れました」というベッタラの肩をぽんぽんとルナは叩き、「だいじょうぶだよ、あたしベッタラさんの言葉、分かるよ」と励ました。

ベッタラは、ルナの言葉に、ようやくいつもの落ち着いた顔にもどった。

 

「ところで、リサはどこに行ったの」

「リーサさんなら、男の人とどこかへ行きました」

ルナは頭を抱えた。ミシェルとケンカ中だといっていたから、恐らくナンパされてついていったのだろう。

「ベッタラさんは止めなかったの?」

「と、止めたほうがよかったのですか? リーサさんは、結婚していないと言っていましたし、何か問題がありましたか」

「……」

そういえば。

ルナは思った。

リサは、ベッタラをカッコイイとは思わなかったのか。

「リーサさんは、最初、ワタシとリーサさんがおつきあいすることを所望しましたが、ワタシが、アナタはイルカですかと聞くと、違う、ネコだとこたえました。ワタシはイルカがいいですというと、諦めました。そのあと、ワタシに三人の女性を紹介してくれて、自分は迎えに来た男性と旅立ちました」

「リサ……」

ルナはますます頭を抱えた。やっぱりリサは、ベッタラのことを気に入ったらしい。でも、断られて気分を害したから、放って別の男と遊びに行ったのだろう。

(うん、リサだし。だいたい、こんな感じになるのはわかってたし、)

「ルーナさん、アーイスクリームーを食べませんか」

ルナが悩んでいるのを見たのか、ベッタラが優しい言葉をかけてきた。

「え? ア、アイス?」

「はい! 女の子はアーイスクリームーが好きなのだそうです。先ほど、たくさんの女の子がお店の前に群がっていました。ワタシが買ってあげます。ここで待っていてください!」

「え……っ、あの、」

ルナは慌てたが、ベッタラはアイスの売店のほうへもどっていく。ルナは「おなかいっぱいなんだけど……」とぽつりとつぶやいた。

「ミシェルが食べるかなあ、アイス」