セシルはもちろん、一緒にやってきたベッタラも硬直した。

「もういいだろ! あたしの父さんは、母ちゃんの運命の相手だったかもしれないけど、忘れるなっていうんじゃないけど――」

ネイシャは、うつむいた。

「――もう、いいだろ」

 

ネイシャは、父親の顔を見たことがない。セシルは、呪いを誰にも話せない呪も一緒にかけられたため、ネイシャに父親のことを詳しく話したことはなかった。ネイシャが分かるのは、父親はケトゥインの男で、やさしいひとだった、それだけだ。

呪いが解けた今も、壮絶すぎる過去をネイシャに話したいとは、セシルは思わなかった。

顔も知らず、呪いの原因となった父親より、呪いがあったときから変わらず、優しくしてくれた男であるベッタラに、ネイシャが懐くのも、無理はない。

 

セシルは言葉を選ぶようにしばらくもごついていたが、やがて焦ったように言った。

「ネイシャ、こればっかりはね。あんたやあたしがよくても、ベッタラさんにも選ぶ権利があるんだよ……」

今度は、ベッタラが焦った。

「ワタ、ワタシはよろしくても! ワタシはアノール族です! セーシルが嫌がります!」

「え? い、いや、とんでもないよ……! 嫌なんて……こちとらあなたに迷惑ばっかりかけて……。あなたは大恩人だ。あなたには、こんな呪い持ちだった女なんて、迷惑なだけだよ……! ねえ、」

「そんなことはありません! あ、ありませんが、セーシルは美しいですが――その――ええと、ワタシは、イルカを探して――」

 

互いに真っ赤になって遠慮しあうふたりに、ルナはほっぺたをぷっくりして言った。

特に、ベッタラに対してだ。

「まだ気づかないの! ベッタラさん!」

「え?」

相当鈍い部類に入るらしいベッタラは、ほんとうに気付いていないようだった。

 

「セシルさんは、イルカさんだよっ!」

 

ベッタラは、切れ長の目をこれでもかと見開き、「え? え?」とセシルとネイシャを何度も見た。

「セシルさんは、“盲目のイルカ”さん――ネイシャちゃんは、“勇敢なシャチ”さん! セシルさんはね、ベッタラさんの“運命の相手”なんだよ!!」

「えええええええ!?」

ベッタラの眼球が飛び出さなかったのは幸いである。

「信じられないなら、ペリドットさんに聞いてみたらいいよ。すぐ占ってくれるはずだから!」

 

ルナは、呪いが解けたその日、帰ってすぐにZOOカードを開けた。今にも倒れそうなくらい眠かったのだが、確かめずには寝られなかった。

ルナが呼び出したのは当然、セシルとネイシャのカードだ。

――“もや”がなくなったそこにあったのは。

ルナが予想していたとおりのカードだった。

“強きを食らうシャチ”と“盲目のイルカ”をむすぶ、井桁の炎のような、真っ赤な糸も――。

 

「……?」

セシルもネイシャも、ZOOカードの意味は分からない。ふたりで首をかしげていたが、震えながらふりかえったベッタラに、セシルはいきなり抱き上げられた。

「きゃあ!」

「イルカさん! ワタシのイルカさん! そうだったんですね……!」

「……っきゃ! なんだい? ――あ、ちょっと!」

うれし泣きのベッタラは、セシルを抱き上げて振り回したあと、肩に担ぎあげて「ペリドット様―!!」と駆けだした。セシルの笑い交じりの悲鳴がこだまする。

ルナもネイシャも、それを見送って、いっしょに笑った。

 

「みなさん! お待たせいたしました!」

カザマの声がした。ピクニックシートを頭上にかかげて走ってきたピエトが、「すっげーうまそうだぜ!」と草原に散った仲間にも聞こえる大声で叫んだ。

「ピクニック日和だねえ♪」

「ここは、日よけもいらねえな」

鼻歌交じりのニックとアズラエルが、大荷物を抱えてやってくる。

徐々に集まり出して、シートを広げるのはいつもの仲間たち。そこには、ペリドットやバジ、マミカリシドラスラオネザまでいた。

もちろん、セシルを抱えて走り去ったベッタラももどってきた。

 

「今日は、アズラエルさんと、ニックさんが腕を振るいました。ピエトちゃんもいっぱい手伝ってくれたわ、ねえ?」

「俺も、ミートボールってやつ、つくったんだぜ!」

カザマの言葉に、ピエトが大威張りで胸を張った。実際のところ、ピエトがやったのはミートボールを丸める作業のみだ。

豪勢な弁当がひろげられ、おいしそうな中身に、そこかしこで感嘆の声があがる。いい匂いを嗅ぎつけた原住民も集まってきた。

結局、ビニールシートに収まりきる人数ではなくなった。弁当もみんながつまみ始めたら一気になくなりそうなので、誰かが大鍋を持ってきて、火をおこし始めた。

酒も食べものも、あちこちから集まり始める。

 

「結局、大宴会かよ」

グレンが苦笑いすると、マミカリシドラスラオネザが鼻で笑った。

「ここで、こっそりと宴会をしようというのが間違っている」

「そうだよ! 宴会はこっそりするものじゃないでしょう!!」

ニックがみんなのコップに酒やジュースをついで回りながら、賑やかに笑った。

「今年はほんと最高だなあ! バーベキュー・パーティーも、あっちもこっちも、楽しいことばっかり!」

「ふむ。美味いではないか」

マミカリシドラスラオネザはじょうずに箸をつかってエビフライを食し、ずいぶん気に入ったようで、三尾も皿に取り分けた。

 

「じゃあ、セシルちゃんとネイシャちゃんの輝かしい未来を祝って! 新しいともだちができたことを祝して! みんなの友情を祝って、かんぱあい!!!♪」

ニックが勝手に、音頭を取った。

意味も分かっていないはずなのに、原住民たちの歓声が一番おおきかった。

 

セシルとベッタラは隣同士。あぐらをかいたベッタラの上にネイシャが乗っている。

「ね、あのふたり、うまくいったんだ」

ミシェルがルナを肘でつついてきたので、ルナは、

「うん、ぜったいうまくいくよ」

と太鼓判を押した。なにしろ、運命の相手なのだ。

 

ルナがミートボールをお皿にとって、食べようと、あーんと口を開けたところで。

突然、ルナの真正面にいたペリドットがルナに向かってウィンクした。ルナはびっくりして、ミートボールを落とした。

ころころと転がったそれを拾ったのは――ちいさなシャチ。

ミートボールを持って、ルナに笑いかけている。

シャチは嬉しそうにルナのミートボールを持ったまま、「ありがとう」といって、ペリドットのほうに、尾びれを揺らして帰っていった。

そこには、大きなシャチが、目を閉じたイルカと、手をつないで微笑んでいる。傷だらけの大きなシャチは、“強きを食らうシャチ”で、隣のイルカは“盲目のイルカ”だろう。

――では、この小さなシャチは。

 

「どうしたの、ルナ」

「う、うん、なんでもないよ」

ルナの隣に座っていたミシェルが、何かあるのかと思ってルナと同じ方を見たが、すでに彼らの姿はなかった。

「あたしのミートボール!」

ルナははっとして叫んだが、ミートボールはすでにシャチが持って消えてしまった。ZOOカードの動物に、食べ物を取られたのははじめてだ。

ルナの呆気にとられた顔を見て、ペリドットが大笑いしていた。