ラグ・ヴァーダの武神にとっても、アストロスの地で起こったことは大誤算でした。

だれよりもつよかった武神は、自分よりつよい神がこの世界にいるなんて、思ってもみませんでした。弟神もやっと倒して、兄神はもっと強かったのです。

そして、ラグ・ヴァーダの武神を決定的に揺るがしたのは、小さなピンクのウサギ姫の存在でした。

武神はひと目でウサギさんに恋してしまったのです。

ウサギさんを手に入れるため、武神はひと芝居うちました。

まずはアストロスに受け入れられなければなりません。ここがラグ・ヴァーダ星なら、自分よりつよい神がいないので、ウサギ姫を奪うこともできますが、ここでは兄神が目を光らせています。

ラグ・ヴァーダの武神は、見かけだけは、従順な態度をとりつづけました。

 

けれども、弟神をその手にかけたラグ・ヴァーダの武神をアストロスの民は許しませんでしたし、ラグ・ヴァーダの武神に死を与えることを望みます。

しかしラグ・ヴァーダの武神を滅ぼしてしまうことは、ラグ・ヴァーダとアストロスの戦争になりかねません。ラグ・ヴァーダの女王の心うちは、彼女にしかわからないことで、アストロスの兄神も、パンダもキリンも、だれも知りません。

彼らは、ラグ・ヴァーダの女王が、武神を滅ぼしてもらいたがっているなど、思いもしませんでした。

 

ウサギ姫は、平和を望む姫でした。どんな形であれ、戦争になってほしくはありません。彼女は弟神が亡くなったことにもひどく心を痛めていましたが、ラグ・ヴァーダの武神を滅ぼすことも反対でした。彼女の目には、彼も地球のまがつ神に利用された、あわれな者としてうつっていたのです。

そんな姫を、武神は言葉巧みにだましました。

「私と契り、私とあなたとのあいだに子が生まれれば、その子が三つの星をつなぐ平和の象徴となる」

それはかつて、マサナの神様が神託として、ウサギの母につたえていたことです。

ウサギ姫は、ラグ・ヴァーダの武神の妻となることを決めました。

 

もちろん、周りは猛反対です。

兄神はもちろん、地球のパンダも反対しました。反対しなかったのは母である女王サルーディーバだけでした。

地球からきた四番目の使者、“正義をかざすタカ”は、ラグ・ヴァーダの武神とアストロスの兄神を共倒れさせるつもりでした。ですから、つねにラグ・ヴァーダの武神の味方をしました。兄神と武神の決裂を狙っていたのです。

ラグ・ヴァーダの武神も、姫との結婚を邪魔する者を、ことごとく消し去ろうとします。

でもそれは、ラグ・ヴァーダにいたころのように、乱暴に行うわけにはいきません。こっそりと、誰にも気づかれぬように消さねばなりません。

 

武神が目を付けたのは、盲目の呪術師でした。

 

彼女の愛娘は、武神の手にかけられました。

愛娘のなきがらにすがりついて泣くイルカに、武神はささやきかけます。

娘を手にかけた者の名を。

それはもちろん、ラグ・ヴァーダの武神を邪魔する者の名でした。

武神は、盲目のイルカの夫であるシャチに、声も体格も、とても似ていました。彼女の目が見えないことをいいことに、武神は彼女をあざむきました。

彼は、彼女の夫であるシャチを装って、彼女に数々のひとを呪い殺させたのです。

盲目のイルカも、やさしかった夫の変貌ぶりに困惑しますが、娘の命を奪ったものの名を告げられると、彼女のうらみは燃え盛りました。夫の言葉のままに、彼女はつぎつぎと呪術をかけてゆきます。

 

肝心の夫――シャチは、アストロス中が大混乱しているため、ずっと兄神の傍にいて、対策に追われていました。愛する妻のもとには、一年も帰っていません。

あわれなイルカが真実に気付いたのは、本物の夫が帰ってきたときでした。

イルカは、自分が罪もないひとびとを呪い殺したことを知り、

「わたしは来世、自分が殺した人間の数だけ、苦しむことになるでしょう。そうせねばなりません。わたしは、わたしが許せないのです。愛する人よ」

そう言い残して夫の剣で自刃しました。

 

シャチは海が割れるほど雄叫び、嘆きましたが、妻は帰ってきませんでした。娘を埋めたちいさな墓が裏庭にあることを知り、シャチは絶望に打ちひしがれました。

妻も娘も、失ってしまった。

すべてをなくしたと彼は思いました。

こうしてはいられません。

シャチは、ラグ・ヴァーダの武神のおそろしい本性とたくらみを兄神に知らせるため、帰ってきた道を懸命に戻りはじめました。

 

シャチが夜も眠らず馬を走らせているころ、ラグ・ヴァーダの武神とウサギ姫のあいだには、玉のような赤ちゃんが生まれました。

真っ白なヒツジさんです。

彼女は、アストロスとラグ・ヴァーダ、地球の三星をつなぐ平和の象徴として、“イシュメル”と名付けられました。

 

ふたりのあいだに子ができたときから、ラグ・ヴァーダの武神は野心を隠さなくなりました。彼は、ウサギ姫をラグ・ヴァーダに連れていくと言います。

「姫よ。私とともに行こう。あなたをラグ・ヴァーダの女王にしてあげるから。そう、邪魔な女王と一族は私が始末する。私はラグ・ヴァーダの王、そしてあなたが女王だ」

ついにウサギ姫も、武神の正体に気付いて青ざめます。

 

地球側も、事態がひっ迫し始めました。正義をかざすタカが、パンダとキリンの裏切りを、地球側につたえてしまったのです。

大混乱のなか、姫を奪い合って、ラグ・ヴァーダとアストロスの兄神のあいだで、二度目の戦いが起こります。

ふたりが共倒れするのを、地球のまがつ神は虎視眈々と狙っています。

武神同士の本気の戦いは、地が割れ、竜巻が起こり、大災厄となってアストロスの大地を壊していきます。

ウサギ姫は、アストロスの民を守るため、二人の争いを止めようと、二人の刃の間に身を投げ、粉々に砕け散りました。

愛する姫をみずからの剣で砕いてしまった武神たちは咆哮します。弱った武神たちを、地球のまがつ神が滅ぼしました。

 

やっとアストロスの城塞都市にもどってきたシャチは、兄神も、ラグ・ヴァーダの武神も――ウサギ姫もいなくなってしまったことに呆然としましたが、力尽きてはいられませんでした。

地球から、どんどんまがつ神が押し寄せます。もう、守ってくれる武神はいません。

シャチは、白いタカとともに女王サルーディーバを守り続けました。

キリンさんは、アストロスを守って地球のまがつ神と戦い、息絶えました。

パンダさんが、イシュメルを守ってラグ・ヴァーダに発ちました。

 

やがて、アストロスもラグ・ヴァーダも地球に支配され、年月が経ちました。

アストロスの兄弟神はその偉業をたたえられ、巨大な石像が、アストロスの城塞都市の入り口に建てられました。城塞がなくなったいまでも、まがつ神からアストロスを守るように、空をにらんでそびえたっています。

 

アストロスの民は、ラグ・ヴァーダの武神も埋葬しましたが、アストロスではそのころ、疫病だの大洪水だの、数々の災厄があらわれました。

彼らは、ラグ・ヴァーダの武神の呪いだと、口々に噂しました。

やがて、女王のもとにも神託がおろされます。

「このままでは、ラグ・ヴァーダの武神がよみがえってしまう。なきがらと剣を引き離せ」

 

滅ぼされたラグ・ヴァーダの武神がまがつ神となって復活しないように、アストロスで一番力のある呪術師が、武神の“亡骸”と“剣”を埋葬し、封印していました。

それをしたのは、“真実をもたらすトラ”という呪術師でした。

彼は、愛弟子だったイルカさんのあわれを思い、彼女のためにも、二度と武神が蘇らないように、しっかりと封印を施しました。

 

それでも、武神の力が強大すぎて、たった“千年しか”封印は持ちません。

 

そのうえ、数々の災禍がアストロスを襲い、アストロスはいまにも滅びそうでした。

武神の亡骸は、ラグ・ヴァーダに送られました。

厄介なものを持ち込んでくれたと眉をしかめたのは、ラグ・ヴァーダのほうです。

故郷にかえったなきがらは、血が通ったように明るい色をともし始め、鎧も皮膚の上に浮かび上がってきます。

老いた女王は自身の命を懸け、“犬のご意見番”という老呪術師といっしょに、武神を封印しました。

 

なきがらは千年もたつまえに朽ちるので、ラグ・ヴァーダの武神がもういちど、おなじ肉体をもってよみがえることはないだろう。

魂を封じたので、生まれ変わることもない。

しかし千年後、封印が弱まったときにラグ・ヴァーダの武神はよみがえる。

それが災禍となるか、“だれかの肉体を借りて”、地球人を滅ぼすためによみがえるのか分からない。

神を滅ぼせるのは神だけであり、ラグ・ヴァーダの武神がよみがえるときには、必ずアストロスの兄弟神もよみがえって、こんどこそラグ・ヴァーダの武神を滅亡させるために戦うだろう。

それが失敗した場合は、ふたたび、ラグ・ヴァーダにおいては武神の“魂”を。

アストロスにおいては“剣”を、封印しなおさなければならない。

そのためにわたしも、アストロスのサルーディーバ女王も生まれ変わるだろう。

 

女王はそう、言い残しました。

 

――そうして千年後、とある人間の身体を借りて、ラグ・ヴァーダの武神はよみがえります。

カーダマーヴァの一族の、ネズミのようにちいさな少年の身体を借りて――。