百二十五話 ルーシー T




 

(これはたいへんだ!)

ルナは目をぱっちりと開け、口をもぐもぐさせながら思った。

(今度のゆめは、つづきものだぞ)

 

ルナはベッドから身を起こした。そして枕元の引き出しから日記帳を取りだす。宇宙船にのったとき、カレンダーと一緒にもらった緑色のかたいカバーの一冊目と、今年もらった、二冊目だ。

二冊目の日記帳は、小花柄の水色のノートだった。去年もらったものは、ルナたちが宇宙船にのったのが十月と遅めだったために、ほかの色が在庫切れで選ぶことができなかった。カザマも「若い女の子には地味な色ねえ」と思っていたが、それしか残っていなかったので、しかたなく紙袋にいれたのである。

カザマも、あれをルナたちがつかうとは、思っていないようだった。結局、つかったのはルナだけ。ルナから「今年の分もありますか?」と電話が来たとき、カザマは「あら、まあ」と素直に驚きを口にしたのだった。

「二冊目を欲しいという方も、なかなかいませんのよ」

 

なので、二年目以降の在庫はたっぷり。ルナは五種類から選ぶことができた。オーソドックスな黒と茶と、ルナが去年もらった緑いろ、小花模様の水色、赤いチェック模様の五種類。

ルナはべつに、緑のカバーが嫌いではなかった。でも、そのままではあまりにも地味なので、小さなウサギのワッペンをつけてカスタマイズしてある。

今年もカスタマイズすることにして、同じ緑でそろえようかなと思っていたが、実物を見せてもらうと小花柄が結構かわいかったので、ルナは迷うことなくそれを手に取ったのだった。

去年、ルナが乗船したのは十月。それから日記をつけはじめたので、毎日書いてもほとんどページが余るはずなのに、一冊目はすっかり埋まっていた。ずいぶんまめに日記をつけていたことになる。

日記というよりかは、ZOOカードの名称や、夢のことを書いているため、忘備録と言っていいかもしれなかった。今では、この日記帳をなくしたら、確実にルナは泣く。

ルナは今年の日記帳に、今日の日づけを書き入れて、さっきまで見ていた夢を記した。

 

(今日の夢は、三千年前の夢だ)

ルナは自分が書いたものを読み返し、ペリドットが教えてくれた内容とは少し違っていることを確認した。

(やっぱり、ペリドットさんはすこしお話を変えて、あたしたちに教えたんだ)

 

さっきの夢によると、ペリドットはアストロスの神官で、ラグ・ヴァーダの武神を最初に封印した神官だということになる。だとすると、彼も“あの時代”に生きていた。

きっと、“真実の歴史”のほうを知っている。

(ラグ・ヴァーダの武神に、聞かれたらだめなことがあったんだね)

武神が倒れたあとのこと――ラグ・ヴァーダの武神が封印された経緯や、ラグ・ヴァーダの女王の本心など。

それ以外は、だいたいペリドットから聞かされたことと相違はなかった。メルーヴァ姫の伝説に加え、シャチとイルカの物語を見ただけだ。

 

ルナは、“生き字引の老ウサギ”が、シャチとイルカの物語を語ろうとしていたことを思い出した。

(あのときちゃんと、聞いておけばよかったなあ)

話が長くなりそうだったので、“天槍をふるう白いタカ”が、連れ帰ってしまったが、あのとき、アンゴラウサギの話をぜんぶ聞いていたなら、すくなくとも、もっと早くセシルとベッタラが運命の相手だったと気付いたかもしれない。

(……)

セシルたちの呪いは解けたし、二人の仲もいいかんじに展開している。もう過ぎたことなので、ルナは神話のことを考えることにした。

 

ペリドットの話は、ラグ・ヴァーダの神話と銘打ってはいたが、どちらかというと地球側視点の話だった。

ルナは、以前のページを見て、今日の夢との相違点をたしかめる。あのときはセルゲイやカレンもいたし、彼らが感情移入しやすいように、地球側の視点にしたのかもしれない。

クラウドがイシュマールから聞いたアストロスの神話も、けっこうおおざっぱな内容だった。

 今日見た夢から、ラグ・ヴァーダからの視点や、ラグ・ヴァーダの武神の正体、イルカとシャチの話を抜いただけのもので、変わった記述はない。

 

(今回の夢に出てきた、“正義をかざすタカ”さん……)

ルナは、去年の日記帳を開き、ZOOカードの名称と人の名前を書き連ねているページを開いた。あらたな名称をノートに書き込む。

夢のなかのパンダとキリンは、セルゲイとカレン。

最初にアストロスに来た司令官――アーズガルドの人間は、ハトだった。硬質なかんじのハトの姿を思いだし、ルナはなんとなくオルドに雰囲気が似ていると思った。

(もしかしたら、“正義をかざすタカ”さんは、オトゥールさんだろうか)

セルゲイ、カレン、オルド――ときたら、ルナにはオトゥールしか思い浮かばなかった。彼以外のロナウドの人間を知らないだけだが。

ZOOカードの持つ雰囲気は、その当人に似ていることが多い。

(オトゥールさんは正義感の塊のような人だって、アズもクラウドもゆってたし)

ルナではなくアズラエルやクラウドが今日の夢を見ていたら、それがはっきりとわかったかもしれない。

(よおし、このZOOカードはあとで調べるとして、)

ルナはあらためて、今日の夢がつづきものだということに着目した。

(これは三千年前のおはなし……メルーヴァの話はつづくんだ。千年に一度、ラグ・ヴァーダの武神が復活するからね。……だとしたらこの続きは、二千年前になるのかな)

 

二千年前、ルナは“イシュメル”だったそうだ。

ルナは、真砂名神社での儀式のことは、ほとんど覚えていなかった。セルゲイやカザマ、アントニオやララの活躍はおぼえているが、自分のことは記憶にない。

自分の前世が次々と現れ出でて、アズラエルたちを助けたということは、あとでミシェルから聞いた。

そのなかに、二千年前のイシュメルがいたのだと。

アントニオがたしかにそういった。

 

(二千年前、あたしは、アズたちよりごっついおじさんで……うん、ごっついおじさん)

ルナはごっついおじさんを連呼したら、ごっついおじさんのことしか考えられなくなったので、考えるのをやめた。

(二千年前のことはぜんぜんわからないからやめよう……二千年前のつぎは、千年前……千年前……あれ?)

ルナはあわてて、日記帳のページを巻き戻した。

 

(千年前って……あたし、“ルーシー”じゃなかった?)

 

ルナは、ルーシーのことが書かれた記録を探した。

それは、今年の日記帳の中に見つかった。

セルゲイが“パーヴェル”、アズラエルが“アロンゾ”で、ララが“ビアード”、グレンが“アイザック”だったころの時代。

ミシェルが、真砂名神社に奉納してある神話の絵を描いた時代だ。

ルナはページを読みふけり、隅に赤いボールペンで書かれた字を見つけた。

「このできごとは、ほぼ、千年前のこと」。

赤いボールペンで年号といっしょに、ページの隅っこに書き足していた。

これは人物の名が歴史に残っているため、クラウドが年代を調べてくれたのだ。

 

でも、この夢には、“メルヴァ”のメの字も、イシュメルも、ラグ・ヴァーダの武神も出てこない。内容も、ミシェルかララが主役といっていい内容で、L03のこともアストロスのことも、ぜんぜん書かれていない。

(んん?)

千年前、ルナはラグ・ヴァーダの武神に関わっていなかったのか?

しかし、ルナはもとより、武神を倒すはずのアストロスの兄弟神、アズラエルとグレンも、アロンゾとアイザックという名で、マフィアの親玉と会社役員をやっている。

(せんねんまえ?)

しかし、この前世だけは有名人まみれのため、年代がはっきりしている。

それとも、この時代のすぐ前後に、ルナたちはもう一回生まれ変わっているのだろうか。

かつてアントニオから聞いた話では、千年前もやはりメルヴァが現れて、辺境惑星群から軍事惑星群も巻き込んだ、大きな戦争があったという。ペリドットも、その戦争があったことを否定はしなかった。それも、ルナたちの物語だと彼は言った――。

(んんんんん?)

でも、ルーシーが生きていた時代に大きな戦争などあっただろうか?

ルナは特に歴史にくわしいわけではないので、分からない。

ルナはベッドの上でしばらく考え込んでいたが、ふっと目が、枕もとの時計にうつった。そして、気づいた。

「あーっ!!!!!」

ルナはベッドからウサギのように飛び上がり、パジャマのままキッチンに駆けこんだが、そこには誰もいなかった。

あたりまえだ。

ただいま、午前十時半をお知らせします。