――さて、地球行き宇宙船。

ルナは寝坊したことを食器棚の一番上にあげて、めずらしくパソコンのまえにいた。

今まで一度も検索したことのなかった、ルーシー・L・ウィルキンソンという名を検索してみようと思ったのだ。

「あれ?」

検索サイトの一番上に出てきたのは、映画だった。

「ビアード・E・カテュス〜その愛と生涯〜」

ビアードの生涯をえがいた長編大作だ。

映画の紹介欄を見ると、彼がルーシーに見いだされて、彼女の部下になるまでが前篇。そして彼が地球行き宇宙船に美術館をつくり、最愛の社長ルーシーの死を経て、彼女の会社のトップとなるまでが後篇の、前後編になっている。

ルーシーはもとより、アロンゾも、パーヴェルも、アイザックも――ルナが知っている名前が、たくさん出てくる。

夢の中ではウサギだのライオンだの、動物に置き換えられていて名前は出てこなかったが、クラウドが歴史に残っている分は名前をしらべてくれたので、知っているのだ。

ビアードの妻、エミリーも出演している。(これは確か、エレナの前世だ。)

ルナが見た夢は、真砂名神社に奉納された絵画を主題においた内容だった。あの夢は、ルナが、絵を描いた者の正体を知るために見たのだろう。現実には、あの絵画の作者は不明のままだから、ミシェルの前世のくだりはこの映画にはない。ミシェルの前世も、クラウドの前世も出てこない。

ルナのうさ耳がぴーん! とたった。

三年前に公開された映画で、すでに旧作あつかいだ。

ウサギは迷いもせず、その映画をレンタルした。

 

 

ルナがほっぺたをぷっくりさせたままコーヒーとお菓子をテーブルに置き、テレビにDVDをセットしようとしたところで、ぞろぞろとみんなが帰ってきた。

「ただいま」

アズラエルとグレンはなぜかトレーニング・ウェアの格好で、タオルを首にひっかけていたし、セルゲイはカレンを病院まで送った帰りだった。テーブルの上にコンビニ菓子を一個一個、ていねいに置きつつ、「なんの映画?」とルナの手元をのぞきこんできた。

クラウドは、「え? なに? 映画? 俺も見たい。ちょっと待ってて」といいながら、キッチンに駆けこんだ。コーヒーを淹れるつもりだろう。

ミシェルが一緒ではないところを見ると、彼女は真砂名神社に絵を描きにいった。そしてクラウドは邪魔だと追い返された。そんなところだ。

みんなは、ルナが寝坊したことについては何も言わずに、DVDを注視した。

 

「めずらしいじゃねえか、ルゥ。おまえがDVD借りてくるなんて」

「ひとりでこっそり、なにを見ようとしてたんだ? エロいやつか?」

グレンのからかいに、ルナは応じないつもりだった。彼らはでかい図体にものを言わせて、ルナの手からDVDケースを奪い取った。

ルナが女社長だったころなら、ぜったいにクビにしてやっただろう横暴な態度だ。

「えろくないやつです!」

ルナは言い切ったが、映画にはR指定がついていた。ピエトには見せられない類のものだ。ピエトがネイシャの家に遊びにいっていて、ほんとうによかった。

「それにしては、色っぽい雰囲気の映画だ」

なんだか、セルゲイまで意地悪なことをいう。彼は思い切りアロンゾとルーシーのイチャイチャシーンの写真がプリントされたDVDケースを見ながら言った。

ルナは言い訳を失った。だが決して、えろい気持ちでこれを借りたのではない。

 

「ビアードの愛と生涯――えっ? ルナちゃん、これって、ルーシーが出てくるやつ?」

分かってくれたのはクラウドだけだった。

「うん!」

「驚いた。映画なんか、あったんだね」

クラウドは感心したように言い、「どうするアロンゾ。君の前世がどう書かれてるか、見てみる?」と悪戯心満載の顔でアズラエルに聞いた。

「だれがアロンゾだ」

アズラエルは不機嫌面をした。

「アロンゾ?」

セルゲイの首が傾げられたので、クラウドは長い長い――前後編の映画より長い説明のクラウチングスタートを切ろうとしたが、急に気が変わったように口を開くのをやめた。

彼はリビングにいる人間を確認し、「アロンゾにアイザック、ルーシーにパーヴェル……」とセルゲイとグレンが首をかしげる名で彼らを呼び、

「いっそ、“ビアード”も呼ぶ?」

クラウドの台詞に、アズラエルだけが「はあ!?」と大反対の絶叫をしたが――一時間後、ルナたちは、ララ邸の広いシアタールームで鑑賞することになっていた。

 

 

映画館と言ってもいいようなだだっ広いシアタールームに、人数分のゆったりとした大きなソファが設置され、それぞれの手元にあるテーブルにはワインかブランデー、キャビアとライ麦パン、パテとチーズがそえられていた。高級食材の中に、なぜかポップコーンの紙カップもおまけのようについていた。

中央席のソファはふたりがけで、ララとルナが鎮座し、クラウドとセルゲイは、すっかり腰を落ち着けて、最高級キャビアに舌鼓を打っている。今日のララは女性スタイルなので、アズラエルとグレンは大目に見ることにした。

ルナとミシェルに会えたから髪は切ったといっていたララだったが、今日見る姿は久方ぶりに、長い黒髪とチャイナドレスの女装スタイルだ。

ララはルナと映画を見るためにおよそ二十五の業務を放り投げ、ミシェルがいないことにぶつくさ言いながら、ルナの目の前のテーブルをカクテルとジュース、菓子、サンドイッチで山盛りにした。もちろんサンドイッチはエビとアボカドと特製ソースの組み合わせと、卵とハムである。

 

「あたしねえ、コイツの試写会に呼ばれたんだよ」

ルナの隣に威勢よく陣取り、巨大スクリーンがDVDを読み込む間に、ララはルナの口にせっせとマカロンを運びつつ言った。

「ほんと!?」

ルナのうさ耳がぴこたんと揺れた。

「うん。映画があるのは知ってたし、試写会にも呼ばれた。ウチの傘下の企業が、スポンサーで入っててねえ。でも、あのときは見る気がなかったのさ。自分の歴史がどうこうっていうより、あなたを見るのが怖かった」

「――え?」

「映画は映画だろ? 真実じゃない。だから、ルーシーじゃないルーシーを見るのが、嫌だったのさ――つまり、ルーシー役の女優が、嫌いだったの。文句をつけるにゃ、映画は出来上がっちまってたし――映画は映画だ。見なきゃいいわけで――そもそも、ルーシーは、あんな色気丸出しの女じゃなかった」

「いろけがない!!」

ルナはコンプレックスを直撃されて絶叫したが、ララはどこ吹く風だ。

「色気がないってンじゃなくて――まァ、女のどこに色気を感じるかは人ぞれぞれだとして――今はその話じゃない。あたしが言いたいのは、ようするにだね、ルーシーは……、ルーシーは、――ああ、ええと――色気がないってンじゃなくて――つまり、ほんとうのルーシーは、どっちかというと、ストイックな女性だったんだよ。――使命に生きてるような女性だった」

「……使命?」

ルナがふくらませたほっぺたをしぼませた。

 

「映画や小説となりゃ、ルーシーはスキャンダルを中心にえがかれる。そのほうがドラマチックだからね。結局、色恋沙汰に生きた女になっちまう――あたしはそれが嫌で、ルーシーの伝記も、映画も、小説も読まない。本物のルーシーは、おおげさにいや――まるで修道女のような女だったんだよ――“ビアード”のせつない恋心も、最後まで気付かなかったような、ね」

ララの苦笑。ルナは、言葉を失った。

けれども、ララの言葉に同意したのは、ルーシーを愛した男たち全員だったのだ。

 

「そうかも――この女優は、わたしもミスキャストだと思うな」

元パーヴェルの言葉は、重みがあった。

「ルーシーは、こんな肉感的な女性ではなかったね」

セルゲイは言ってから、自分は何を言っているんだというような、戸惑い顔をした。アズラエルとグレンも、セルゲイの心中は嫌というほどわかっているので、(自分でも謎の言葉を発してしまうことが多々あるということと、たしかにルーシーは映画女優のように、豊満で色気を前面に押し出した女ではなかったという記憶。)苦々しげに酒をあおった。