――ルナの期待は、大いに外れた。

映画には、ラグ・ヴァーダのラの字も、メルヴァのメの字も、出てこなかった。そのかわり、お色気シーンは満載で、ララは「ちくしょう……羨ましいんだよ」と悪態をつきながらヤケ酒していた。当然だがビアードとルーシーのお色気シーンは存在しない。

ルナはとっても落ち着かなかったのだった。そんなルナを横目で見ながら、(かわいい……)とララのニヤケ面がおっさんになっていたことは割愛する。

 

長い映画が終了し、ルナはちいさな身体を目いっぱいソファの上で伸ばした。

「後篇は、五割がたエロだったことについてどう思う」

AV見てる気分だった、とアズラエルは言った。彼は前篇で寝ているんじゃないかとルナは思っていたが、意外としっかり見ていた。

「ふつうの映画でモザイクかかるとはな……」

グレンも言った。野郎どもは、内容よりエロシーン重視だったようだ。

「パーヴェルとルーシー、仮面夫婦だなんていいながら、やることはやってたんだね」

クラウドですら、このありさまだ。

「……夫婦なんだから、交渉はあって当然じゃないの?」

「でも、嫌がる妻をほぼ無理やりっていうのは、」

「無理やりなんかしてないだろ」

「アズみたいに強引なセルゲイっていうのは怖さが倍増するんだなってよくわかった」

「クラウド、あとで話がある」

「ごめん。失言だった」

セルゲイは、この映画にも、パーヴェルにも、一言も二言も物申したいようだったが、一番ご意見があったのは、ララだった。

「おまえら! もう十分ルーシーとやりまくっただろうに! 今生ぐらいあたしに寄こしな! あんたたちの数百億倍は大切にするからさ!」

ララの絶叫は室内に響いたが、それにかえってきたのはクラウド以外の男たちからのブーイングだった。ルナは他人ごとのように、間抜け面でかわいてしまったサンドイッチをもふもふ食べた。

 

「お色気ルーシーだったけど、ラグ・ヴァーダの武神は出てこなかったね」

ルナは残念そうに言った。

「まだそんなことを言ってるのかい」

ララは、ルナの頭をよしよしと撫でた。

「ルーシーは、L52の貴族の娘で、L03とは何のかかわりもなかった――」

言いかけて、ララは「あ」とこぼした。

「“アイザック”」

ララが言ったのは、自身の本名ではない。グレンに呼びかけたのだ。かつての名で。

「なんだ」

それに反射的に返事をしてしまったグレンも、大分重症だった。

「覚えてないかい。ルーシーに、L03の専属占術師がいたね? なんつったっけ――名前」

「え? ――あ」

グレンも、思いついたようだ。だが、名前までは思い出せないようだった。なにしろ、千年前だ。

 

「“アンナ”じゃないか」

だれも思い出せない名を口にしたのは“パーヴェル”だった。

「“アンナ・H・ラマカーン”。たしか、サルディオネの弟子だっていう、L03の予言師だ」

 

「そう、そいつだ!」

ララとグレンの声が重なった。

「あたしが、アンジェと懇意なようにね――“アンナ”は、ルーシーが懇意にしていたL03の高等予言師だった――そういや、アンナも映画には出てなかった」

当時から、歴史の表舞台にこそ出ないが、政府関係の有力者や経済人が、L03の予言師と懇意にしていたり、相談役に加えていることは、珍しいことでもなんでもなかった。

「ようするに、ルーシーがL03とかかわっていたっていうのは、その程度ってことだね」

クラウドも残念そうに言った。彼は彼で、ルーシーとラグ・ヴァーダの武神の関係性を、模索していたに違いない。

 

「――その程度じゃ、ないと思う」

顎に指をあてて考え込む姿勢に入っていたのは、セルゲイだった。

「なにか、思い出したの」

クラウドが興味津々で聞いたが、セルゲイは首を振った。

「なにか――って、具体的に思い出したわけじゃないけど、ルナちゃんがさっき言ったことも、クラウドの話も、間違ってはいないなって、映画を見ていてぼんやり思ったんだ」

「え?」

ルナのうさ耳がぴこたんと揺れた。クラウドは見ないふりをした。

 

「ルーシーの“使命”は、たしかに、べつにあったよ」

 セルゲイは言った。

 「パーヴェルは、それを知ってしまった。だから、ルーシーに対する気持ちが、複雑化してしまったんだ。――もし、彼女が予言された“メルヴァ”だとして」

 「ええっ!? ルーシーがメルヴァ!?」

 ルナのうさ耳が完全にたち、クラウドはついにカオスとつぶやいた。彼は敗北した。

 

 「たとえばのはなし」

 セルゲイは慌てて言った。

 「彼女は、“メルヴァとして”、ラグ・ヴァーダの武神をたおすことを悲願に生きていたのだとしたら。パーヴェルという資産家と結婚したのも、ラグ・ヴァーダの武神とたたかうために、経済力を必要としていたからだとしたら? パーヴェルは複雑だよね。彼女を愛していたんだから。ルーシーはルーシーで、パーヴェルを利用しているって気持ちがどこかにあって、素直になれなかった――それが、すれ違いを生んだんじゃないかってね――なんとなく、そんな妄想が込み上げたんだ。映画を見ていて」

 「妄想とは、言いきれないさ」

 もとパーヴェルのいうことだ。

クラウドは、目まぐるしく脳細胞を働かせようとしていた。

 

 「あたしは、そうは思えないね」

 ララはルナをなでなでしながら鼻を鳴らした。

 「ルーシーは、ルーシーさ! L52の貴族のお嬢さん!」

 ララはきっぱりと言い切り、論争を終わらせた。

 

 それにしても、これはビアードの映画だったはずなのに、ビアードだったはずの本人も、その他のみんなも、ビアードの人生についての感想がない。

 「これはビアードの映画だったんだよ。ルーシーはともかく、ビアードはがんばったんだね――会社も立て直して――」

 最後は感動して目を潤ませていたルナだったが、張本人すら、どうでもいいようだった。

 「この監督、金さえ出したら、ビアードとルーシーのエロ映画つくらないかね」

 もとビアードは、ろくでもないことを言いだした。

 「今度の女優は絶対、こんな豊満な女は許さない。ルナみたいに華奢で、ちょっと生意気な顔してて、ツンケンしてるけど、ふいに見せる笑顔が可愛くてね、黒いスリットのドレスがよく似合うのさ。太ももをちょっとチラつかせて男を踏み倒す女――いいね、それこそがルーシーだね」

 ララのルーシー語りは留まるところを知らない。

「――ルナ、ちょっと脱いでくれる? 裸を見ておきたいんだけど、あなたの肌も白くて、ルーシーと一緒――」

 Tシャツに手をかけられたルナは、サンドイッチをのどに詰まらせた。

 暴走し始めた株主を止めるのに、席から全員が立たねばならなかった。ララは女の格好をしていても、中身はララだった。