「なるほど――諸君」 サスペンサー大佐は、フライヤの話がすっかり終わると、その大きな身体を揺すった。興奮を抑えているようでもあった。 「どうかね――この案、試してみる価値はある――そう、少なくとも、L43のエラドラシスにおいては、わが軍にすくなくとも悪感情は抱いてはいない――そうだな」 サスペンサー大佐は、スタークを見上げた。 「L43には、おまえの隊が行くのか」 「はっ! 許可をいただけるならば!」 「どうかね。皆。――まずは、L43のエラドラシスで試してみるというのは。それが無理だったら、おそらくこの作戦は無理だろう」 「わたしも、」 先ほどへの字隊のひとりだった将校が片手を挙げた。 「試してみる価値はあると考えます」 「――L83のケトゥインには、わが隊が参ろう」 さっき、これはリベンジ戦であると声高に主張した、将校だった。ここにあつまった将校たちは、L8系の惑星群でながく活躍してきた者ばかりだった。 「では、サンディ中佐に、L83ヴァルガル地区のケトゥインに――異存はないか」 手は挙がらない。異存はなさそうだった。 「今回の作戦は、すべてわが隊に一任されている。大佐が到着する三ヶ月以内の作戦であれば、軍法違反にもなるまい――賛成の者は手を」 フライヤは目を見張った。への字隊の三分の二が手を挙げたからだ。手を挙げた将校たちが、なんとなくほっとした顔つきになっていると思ったのは、フライヤの思い過ごしだろうか。 リベンジ戦との看板は掲げられていたが、やはり皆、できるものなら和平に落ち着きたかったのかもしれない。今回のL20の進軍は、辺境惑星群の原住民すべてが、注視しているといってよかった。 L20の軍隊は、われわれを全滅させるために来たのか、それとも、共存していく意志はあるのか――。 問われている気が、フライヤにはした。 賛成多数で、フライヤの意見は通りそうにみえたが、アイリーンは手を挙げていない。フライヤは戸惑った。 「心理作戦部は反対かね」 「いや、」 フライヤは、アイリーンが恐れられている意味が、はじめて分かった。妙に存在感のあるアイリーンの一挙一動に、軍議に緊張がはしる。サスペンサー大佐の表情も、すこし不安げだった。 つまり、アイリーンのひとことで、軍議はひっくり返る可能性があるということだ。 フライヤはあらためて、アイリーンの立場を、心理作戦部が有しているけっこうな権限を実感した。 「L43、L83のそれは成功するだろう。――だが、成功して、実の、L03のケトゥインにはどの隊が、誰が向かう?」 アイリーンの言葉は、不気味な重みを持ってテーブルを走った。 組んだ両手の上に乗せた、眼帯と軍帽でおおわれた顔は、たしかに恐ろしいといえるもので、彼女を知っているフライヤですら、ごくりと息をのんだ。 急に、会議室がしんとした。 今度は、手を挙げる者はだれ一人としていない。 皆のまぶたの裏には、先だってのいくさの、犠牲者の遺体の残像がこびりついているに違いなかった。 ここにいる将校たちは、歴戦を潜り抜けて来た勇士だ。フライヤのように、机にかじりついていたばかりの小娘などではない。 そんな彼らの肝を冷やすほどの、写真だったのだ。 フライヤはあわてて、「――わたしが」と言った。 「わたしが行きます」 アイリーンの目が、驚きに揺れた。ほんのわずかな変化だ。いつものアイリーンを知っているフライヤに分かる程度の。 「――ならば、心理作戦部が付き添おう」 今度は会議室がざわついた。 「L43とL83での作戦が成功して、L03のケトゥイン近辺がきな臭くなっていなければ、フライヤ少尉が行くのもいいだろう。あまりに危険なら、僕とエマ、エリンドルで向かう。――どうかな?」 「反対する理由はない」 アイリーン曹長が、このなかで一番階級が下のはずなのに、逆らう者も、ちょっとだけ文句を言ってみたくなる者も、いないようだった。サスペンサー大佐はすぐ承諾した。たがう意見が出る前に決議したいという意志の表れでもあった。 「サンディ中佐、スターク中尉、ただちに自隊を率いてL83とL43に飛び、作戦を決行するよう命じる」 サスペンサー大佐の指令に、サンディとスタークは「はっ!」と立ち上がった。 「われわれ残留部隊はフライヤ少尉の作戦どおり、“人工日食”をつくる作業に入る! 次の軍議は午後七時集合だ。遅れるな!」 軍議は散会した。 (――通っちゃった) フライヤは、自分の立案が通ったことが信じられなくてしばらく呆けていたが、サスペンサー大佐に呼ばれて、我に返った。 「フライヤ少尉、作戦を具体的に煮詰めたい」 アイリーンは皆が退席していくなかでいつまでも席に残っていた。フライヤとスタークはサスペンサー大佐に呼び止められ、作戦の細部を話し合ったあと、スタークだけが会議室に残るよう言われ、フライヤは退席した。 まだ、アイリーンは席にいた。フライヤが会議室を出たのを追って、アイリーンも出てきた。 「フライヤ!」 アイリーンは小声で、でもすこし鋭い声で、フライヤに耳打ちした。 「僕は、君をエラドラシスにもケトゥインにも、行かせる気はないからね!」 アイリーンは怒っているようだった。 「どうして、心理作戦部に行ってもらうって、はっきり言えないかな。どうしたって、みんな嫌がるの、分かっていただろ。僕は、そんなに信頼がないか?」 「そういうつもりじゃなかったの」 フライヤは慌てて言った。 「初めからあたしが行くつもりだった。でも、あまりに危険だったら、ほかの作戦を考えてみることにしてたの」 「あまりに危険だったら、じゃなくて、危険なんだよ!」 アイリーンは頭をかきむしるようなしぐさをした。軍帽が邪魔して、それはできなかったが。 「僕は、君を行かせる気は断じてないからね!」 「そんな、あたしが行かないわけにはいかないわよ、」 「君は、あの集落がどんなに危険なところか分かっていない!」 「そ、それはそうだけど――」 「あの〜、お話し中、いいッスかね」 スタークが、ドアにもたれかかりながら、不機嫌そうに腕を組んで立っていた。さっきの将校たちより、口がへの字に曲がっていた。 「心配いらないッスよ? L43での任務がすんだら、すぐもどって、“お・れ・が”フライヤ少尉の護衛に着きますから」 スタークが、「お・れ・が」のところでわざわざ自分を親指で示しながらドヤ顔で言った。 アイリーンのこめかみが、ピクリと動いた気が、フライヤにはした。 「心理作戦部さんにわざわざ動いてもらうまでもないで〜す」 スタークが舌を出してからかうように語尾を伸ばすと、アイリーンの怒りボルテージが沸点を超えた。 「なんだ貴様……? フライヤの、なんだ!」 初期のころの、フライヤがトラウマレベルになったアイリーンの形相がふたたびお目見えしたが、スタークはまったく動じなかった。 「アンタこそなに! ウチの少尉どのにずいぶん馴れ馴れしいじゃねえの!」 「フライヤと僕は親友だ!」 「しん――へえっ!?」 スタークは、ここでやっと動揺し、アイリーンとフライヤを見比べたが――。 「アンタ分かってンの! このひと人妻だぜ!?」 アイリーンの血管が、二三本ブチ切れる音がした。 「僕とフライヤを、勝手にそういう関係にするな! おまえこそ、スターク・A・ベッカー! ベッカー家の息子どもの女癖の悪さは有名だ! ミラ様の命令でなかったら、僕はおまえをフライヤに近づけはしなかった!」 「アンタこそ失礼だな!! 俺だって、手あたり次第ってわけじゃねえよ!」 一触即発になったふたりだったが、ここが駐屯地の廊下ということで、一戦起こりはしなかった。だが、互いにワンパンチぐらいは繰り出していただろう剣幕だ。 歯ぎしりしながらにらみ合い――やがてふたりは、フライヤに向かって怒鳴った。 「「フライヤ!」」 「ひゃいっ!?」 途中から怯えっぱなしで止めることもできずに震えていたフライヤだったが、突然ふたりの矛先が自分に向かい、飛び上がった。 「「コイツ、気に食わない!!」」 アイリーンとスタークが指さしあって怒鳴ったのに、フライヤは、「はは……」と苦笑いするしかなかった。 |