「あんたのほうが、階級は下だってことだけど、そこは遠慮すんな。たぶんあんたは、すぐ俺の階級を追い越すよ。最初はやりにくいかもしれねえけど、外ではちゃんと俺に命令すること。俺より先頭に立つこと。いいな?」

 「は、はい!」

 「はいっていってちゃダメなんだよ。偉そうな顔して、『わかった』とでも、気難しそーな顔していってりゃいいの」

 「わ、わかった」

 「ぶふ!!」

 スタークは、生真面目な顔で言ったフライヤに向かって、二杯目のコーヒーを噴いた。

 

 「スタークさん」

 フライヤは、コーヒーまみれの顔を新品の軍服の袖でぬぐいながら、真剣な顔で言った。

 「午後三時から会議があります。――実は、そのとき提案する案件のことで、相談があります」

 「ン?」

 フライヤは、勇気を振り絞って言った。ダメでもなんでも、提案は告げてみる――ミラの秘書室に入ったときから、決めていたことだった。

 

 

 

 

 「――」

 「無理、ですかね」

 フライヤの顔が強張っているのと同様、スタークの顔も、フライヤの話が重ねられていくたびにしかめられていった。

 「フライヤが言ってることはわかるよ――だけど、それが軍議でOK出るかと言われたら、――出ないと考えた方が、いいと思う」

 「……」

 フライヤの顔色が沈んだのを見て、スタークはあわてて励ました。

「やっぱりあんた、頭がいいんだな。オリーヴもよく言ってた――だれも考え付かねえよ、そんなこと」

フライヤはしょげ返ったわけではなくて、反対されることは最初から分かっていたから――フライヤの性格上、反対されてそれでも食い下がるということがなかなかできないので、心中で自分を励ましつつ、今度はどうスタークを説得するかと考えていた葛藤が顔に表れていただけだったが。

 スタークは勘違いしたわけだが、言葉を選ぶように、ためらいがちにつづけた。

 「L43と、L03のエラドラシスには、俺の小隊が行ってもいいよ。サスペンダー大佐がOK出したらな――だけど、たぶん、L03のケトゥインには、行くと手を挙げる隊はない」

 

 今回の戦は――前回、むごい大敗を喫した相手――エラドラシスとケトゥインの集落のせん滅が目的だった。

 サスペンダーもといサスペンサー大佐の隊に置いて、現地の綿密な調査の末、一ヶ月後には大佐率いる大きな軍勢が到着する。圧倒的な数で攻めるという物量作戦だった。 

 「フライヤも、前回の戦争での遺体を見ただろ」

 フライヤは顔を伏せた。全部隊にレポート提出の要項が来た時に見た、写真を思い出して。

 「今回の作戦はリベンジ戦だ。――和平なんて結論は、最初からないといっていい」

 

フライヤが指し示した提案は、「和平交渉」だった。

ケトゥインの集落から、遺体をとりかえす。そして、できるなら、ケトゥイン、エラドラシス、両集落ともに和平条約を締結する。

先の戦争は、L03にのこったL18の軍隊を無事撤収させるために向かった先で、発生したものだった。

もともと、あの集落は敵地ではなかった。あの地のエラドラシスは中立だった。だが、知らぬとはいえL20の軍隊が彼らの聖地に軍を置いたから、怒ったエラドラシスが攻めてきた、という顛末だった。

さらに状況をややこしくしたのは、エラドラシスとL20の軍の争いに乗じて、L18の軍、つまり地球軍に恨みを持つ、ケトゥインまでが暗躍していたことである。

暗躍したケトゥイン地区は、いつもL18の軍とほかの集落のとのいくさに巻き込まれていた。もともとあらそいを嫌う集落だったのに、巻き込まれる形で何人もの犠牲者を出していた――その憎しみが、地球人の軍に向いていたのだ。

フライヤがレポートに書いて提出した予測――アイリーンに話した予測は当たっていた。

それは現地での綿密な調査によってあきらかになったことだったが、捕らえられたL20の兵士たちをむごたらしい儀式の犠牲にしたのはやはりケトゥインだった。

双方の怒りを収める方法が、フライヤは必要だと思った。

L20には、犠牲者の遺体を。エラドラシスには、聖地に軍を置いたという謝罪を。

そしてケトゥインには、われわれL20の軍は、L18とは違うやり方でL03の争いを収めていく、という証明を。

幸運なことに、両集落はあらそいを好む集落ではない。こちらが礼を持って相対すれば、無用なあらそいは避けることが可能であると――フライヤは信じた。

問題は、こちらがわの謝罪を受け入れてくれるかどうかにかかっていた。

 

しかし、幸運はひとつきりではない。

こたびの進軍には、前回のいくさに来た将校がひとりもいないこと。

「L8系の惑星群につよい」将校が多いこと。

そしてサスペンサー大佐は、大佐の階級ながら、傭兵にも理解ある将校であり、実を重んじる将校として有名だった。つまり、ほんとうに役に立つ作戦であれば、体面や昔ながらの決まりごとにとらわれず、採用してくれるということ――。

 

フライヤが黙ったのを見て、スタークが「とりあえず」と言った。

 「軍議で提案はしてみよう。ダメもとってこともあるからな――戦争にならないのは、一番いいわけだから、」

 「は――はい!」

 「だから、はいって言っちゃ、ダメなんだって――いや、意外と通るかもな」

 スタークは、マグを埃だらけの机に置いた。

 「うまくいくなら、何事もなく和平交渉ってのは、誰もが望んでることだ。今回は特にな――」

 

 スタークもフライヤも、自然と窓の外に目をやった。すさまじいまでの砂嵐がガラスを軋ませ、窓の桟を黄色に染めている。

 すべてを吹き飛ばすような砂嵐をオリーヴとともに見たのは、去年のことだった。

あの任務から、フライヤの運命はがらりと変わってしまった。その砂嵐をふたたび、フライヤは見ている。今回の戦で、フライヤは、またなにかが変わるような気がしていた。

 風景を一気に変えてしまうこの砂嵐に、フライヤは自分の運命を重ねていた。

 (そういえば、オリーヴと一緒にまずいコーヒーを飲んだっけな)

 あの時に飲んだ、コーヒーと言えるかもわからない液体にくらべたら、今持っているマグの中身はたしかにコーヒーだった。

フライヤは苦い顔をかくしきれずに、コーヒーを飲み干した。

 普段はほとんどとらないカフェインが、フライヤの脳を冴えさせている気がした。

 

 

 午後三時からの軍議にあつまった将校の数の少なさに、フライヤは一瞬おどろいたが、だまって席に着いた。サスペンサー大佐の上座から数えて三番目の席。ちょうど真ん中あたりである。スタークは、フライヤの斜め後ろに直立不動の体勢でひかえた。

アイリーンが末席に座っていた。アイリーンは曹長なので、フライヤより階級は下だ。この中では、アイリーンの階級が一番下らしい。

フライヤはアイリーンをちらりと見たが、彼女は長い足を組んで、目を伏せている。寝ているようにも見えたが、仕事用の厳しい顔をまとっているので、フライヤは早々に視線をテーブル上にもどした。

 フライヤが席に着くと、まだ空席があるのに軍議がはじまってしまった。

 内容は、先に聞いていたとおり、物量作戦の細部を組み立てていくものであった。あとは心理作戦部と現地調査隊からの報告。物量作戦と言いつつも、この場に集まった将校の数の少なさ。しかも、会議全体にただよう、沈鬱な空気。

 初陣のフライヤでさえ、なんとなく感じた。士気の低さを。

 最後に、「意見はないか」と口にしたサスペンサー大佐の声に、フライヤはさっと手を挙げた。心臓が口から出そうだったが――なけなしの勇気を必死でかき集めて、発言した。

 

 「フライヤ・G・ウィルキンソン少尉、なにか……」

 「わ、わたしは――作戦の本格的な見直しを、提案したいと思います」

 アイリーンの口の端が、にやりと上がったのを、サスペンサー大佐は見逃さなかった。彼女以外の口角は、みなへの字に下がったが。

 新参者の少尉の意見を、士気さえ軍靴の下に踏みしめている将校たちが許すはずもなかった。

 「まず、和平交渉を前提に、」

 「和平はならない。これは、リベンジ戦である!」

 さっそく、への字将校のひとりがさえぎったが、サスペンサー大佐が止めた。

 「まあ待て。先の報告にもあったが、我々がこの地に軍を敷いた時点で、エラドラシス、およびケトゥイン側にも好戦的な雰囲気がただよっている。――大佐の隊が到着するまであと三ヶ月弱。そのあいだに、エラドラシスが、周辺のアノールなどと組んで大きな勢力になりでもしたら、物量作戦自体が不可能になることを忘れるな。――フライヤ少尉、続けなさい」

 「は、――はい」

 フライヤは、まとめてきた資料をもとに、和平交渉に至る作戦を説明した。

 多少長い説明が終わるころには、サスペンサー大佐の顔は、より真剣みを増していたし、アイリーンの不気味な笑いはひどくなり、への字隊は、ますますへの字になる者と内容を真剣に吟味する者とに分かれた。