百三十三話 孤高のキリン W



 

高層ビル側面の巨大スクリーンで、緊急速報を見たケヴィンは、買ったばかりのコーヒーをくず入れに投げ捨てて、駆けだしていた。

ケヴィンは朝早く出版社に出かけ、バンクスからなにか連絡はないかたずねたばかりだった。出版社にも自宅にも、自身の携帯電話にも、やはり連絡はないままだ。

スクリーンに映し出される速報を、大都市をあるく人々は、立ち止まって見た。

大事件だと言わんばかりに指さす人もあれば、興味なく通り過ぎていく者もいる。

酸素マスクをつけたアミザが運ばれていく映像から、次々に画面が変わる。

ケヴィンは、予想していたよりも最悪の事態になっていることを知った。

地下道のシャインから一気に郊外に飛び、アパートの自室に駆けこんだ。

 

「ケヴィン! 見た!?」

「ああ!」

起きたばかりのアルフレッドもテレビにくぎ付けになっている。

さっきから、ずっと緊急速報のくりかえしだ。

狙撃されたアミザが運ばれていくシーン、ユージィン・E・ドーソンの逮捕、ふたりがかつて訪れたマッケラン屋敷が、あるいは陸軍本部がくりかえし映し出され、テレビのニュースで見たこともある、マッケランの名を持つ政府高官が連行されていく。

ツヤコまでもが車に乗せられていくのをみたアルフレッドは、顔をゆがめた。今にも泣きそうだった。

 

「アミザさん……これは、多少、じゃねえよ」

ケヴィンも顔をしかめた。

アミザは、マッケラン家に多少の混乱が起きるといったが、これは多少どころではない。

あの原稿をパソコンで読んだとき、犯人の実名が記されていることに、ケヴィンもアルフレッドも戦慄し、不安しか覚えなかったが、不安は最悪の形で的中した。

アランにすべての罪をかぶせて監獄星へとおくったマッケラン家の要人たちは逮捕され、アランを愛していたはずのユージィンまでも逮捕――そしてアミザは、狙撃された。

犯人は、まだ不明だ。

 

『新たな逮捕者が出ました。L18のドーソン家主治医だった、エルナン・B・オマンド氏が逮捕拘束されました。アラン・G・マッケラン殺害容疑です。――失礼いたしました。再逮捕です、再逮捕――すでに一週間前に拘束されていたエルナン氏が、アラン氏の殺害を自供。再逮捕されました――』

 

 本を読んだケヴィンとアルフレッドには分かっていた。

 おそらく、エルナンが、一連の事件の詳細を吐いたのだ。ツヤコは、「エルナンを絞れば、すべての真相が分かる。証拠も出てくる」と言っていたそうだ。それは作中に書かれていた。

 エルナンは、あの本が刊行されたあと、S系惑星群に逃亡しようとして、スペース・ステーションで拘束された。

 ふたりは、なぜユージィンが「アラン殺害容疑」で逮捕されたのか、それだけは分からなかった。ユージィンはむしろ、アランを救いたいと願い、行動していた人物だった。彼の行動が、ドーソンの宿老たちに危ぶまれて、結果、アランの死につながったと書かれていたが、彼が策謀に関わっていたとは、ケヴィンたちは思えなかった。

 かつて「サーミの同盟」の幹部だったから、事情聴取のために連行されたのだろうか。

 だとすれば、ミラにも任意同行が求められるかもしれない。

まだまだ逮捕者が出る。この先しばらく、ニュースはこのことで持ちきりだろう。

 

ツヤコは、あのとき、「サーミ」の名を聞いて、アランのことを一瞬でも思い出したのだ。

そしてアミザは聞いた。

アランの死にかくされた、正しい事実を――。

それをアミザから聞いたバンクスは、本にまとめた。

事情聴取のために警察に連れて行かれたが、あのツヤコが、もう一度同じことを話せるとは思えない。早々に解放されるだろうが、それにしても、犠牲が大きすぎた。

 

アミザは無事なのだろうか。

ミラ首相は?

――そして。

 

「……バンクスさん、無事なんだろうな?」

「……」

ケヴィンのひとりごとのようなつぶやきに、アルフレッドが答えられるわけがなかった。

 

 

 

地球行き宇宙船 午前七時三十五分。

タケルは一本の電話で目が覚めた。

二時間前に帰ってきて、シャワーも浴びずにベッドに倒れこみ、気を失うように寝ていたのを揺り起こされた。

タケルは歪んだメガネを自力で整え、やっとの思いで電話に出た。

「ええっ!?」

そして、電話の向こうで告げられた事実に一瞬動きを止め――急いでテレビをつけると、電話向こうで告げられた事実そのままの映像が流れている。タケルは、顔も洗わずに外に飛び出した。

「――ええ! はい、はい! ――分かりました! 緊急配備につきます!」

そのまま携帯を切り、居住している役員専用マンションの非常階段近くにあるシャイン・システムで中央役所まで移動した。そのあいだに、タケルは二ヵ所に電話をかけた。

「チャンさん。朝早くすみません! ――ニュースを見ましたか。――そうですか。では、傭兵部隊の配備をお願いします。できるなら、カレンさんだけではなく、いっしょに居住してらっしゃる皆様にもボディガードを、はい、はい! お願いします」

「シグルスさん、おはようございます! ご覧になりましたか、――はい、アミザ様が、そうです。さっき、私の携帯に連絡が入りまして――はい、では、予定どおりにお願いします。チャンさんにはすでに――はい!」

中央役所内は、昼夜関係なく、いつでもひとがごった返している。メリッサのベッドが空だったところを見ると、彼女は今夜も帰ってはいまい。

「今期は、いままでにないくらい忙しいな!」

タケルはずり落ちたメガネを押し上げながら、カレンに何ごともないよう、願うばかりだった。

 

 

 

 

「カレン――カレン。だいじょうぶ」

セルゲイの声をどこか遠く感じながらカレンは、まったく別のことを考えていた。自分でもなぜか、分からない。

さっきの、ガイコツ・タトゥのことだ。

「へ、部屋に戻らなきゃ――義母さんから電話が入るかも」

カレンがふらふらと部屋を出かけたところで、セルゲイも今それに気付いたような顔をした。セルゲイも動揺しているのだった。

 

「セルゲイ、ちょっと待て」

グレンがセルゲイを止めた。

「なに? 私は、カレンに着いていなきゃ……」

すこし苛立った口調でセルゲイは言ったが、グレンが差し出した本のタイトルに、顔色を変えた。

「原因はこれだ。――カレンが夕べ、読んでた本ってのはコイツだ。地球行き宇宙船でも、軍事惑星でも、昨日発売されたんだ――告発本ってやつだ」

セルゲイは、本を受け取り、めくりかけたが、

「なんだってこんなものを? だれが? いったい、どうして」

字面を追えるほど冷静さを取り戻してはいなかった。

「アミザが、バンクスに頼んだんだ。この本を書けってな」

グレンの言葉に、セルゲイは絶句した。

「あとがきを読めば、おおまかな内容は分かるようになってる――」

「グレン、この本貸して。あとで読む」

セルゲイは本を手にしたまま、カレンの後を追って二階に上がった。