ルナは、それでも、ララへの土産を買おうとはしたのである。でも、あのララにするお礼である――下手なものは持っていけない。だからといって、ララがルナに与えてくれるものに匹敵する金額の品など、ルナは送り返せない。さんざん悩み、結局、ルナはなにも買って来られなかったのだった。

 ミシェルはちゃんと、K23区の工房で、グラスをつくってきた。ララはミシェルと顔を合わせるたびに、「なにかつくっておくれ、あたしにもなにかちょうだい」とねだるのだったが、ミシェルは自分の作品をララに見せるのが、すこし怖かった。

 アンジェラや、名だたる芸術家を世に見出した審美眼の持ち主である。

 だが、さすがにこれだけの贈り物をもらいつづけて、無視し続けるわけにはいかず――ミシェルは今回、グラスを制作した。かわいい包装紙につつまれた小ぶりな箱に、「粗品」の熨斗が貼ってある。ミシェルなりの、洒落のつもりか。

 

 「――予算は」

 ルナは、降ってきた声に、ぴょこたんと顔を上げた。言ったのは、グレンだった。

 「う、う〜ん、ふんぱつして、五万から十万デルくらい……?」

 グレンもだれも、笑わなかった。あの車の返礼にしては、あまりに低予算だったが、ルナにはそれが手いっぱいだった。背伸びをして、高額のものを用意しようとしても、限度は知れている。

 「五万デルか。わかった。俺に任せろ」

 「へ?」

 グレンがにやりと笑った。ものすごくイヤな顔をしたのはアズラエルだけだった。

 

 

 

 次の日、グレンがルナを伴ってでかけたのは、K15区――宇宙船の入り口の区画でひらかれている市場だった。

 「こんなトコで、なにを買おうってンだ」

 「まァ見てろ」

 グレンとルナをふたりきりにする気は毛頭ないアズラエルが、呼ばれもしないのについてきた。

 

 「暑いねえ〜」

 ルナは、今にもゲル状うさぎになりそうな顔で、広い市場を見渡した。今日は、残暑という名の残った夏が、今日という日に結集したような暑さだった。

ここは、ひとつきに一度、L系惑星群のすべての食材やら雑貨やらがあつまる市で、だいたい二日か三日間、ひらかれる。

 アズラエルはかつて、ここでバリバリ鳥やラークの肉を購入したし、彼らにこの市場を教えたのはそもそもバーガスなのだが、彼は今日、ついてはこなかった。

 だが、昨夜この市場に来ることを選んだグレンには、「なかなか目の付け所がいい」ともっともそうな顔をしてふんぞりかえっていた。

 市場の開設は午前九時だが、ルナたちは九時前に、市場の入り口に来た。さいわいにもひとは並んでいない。

 グレンは、まっすぐ広場の真ん中まで来て、噴水のそばに腰かけた。市場に来ただけで、店を見て回りもしない。

 

 「ここが一番涼しいな」

 「何しに来たんだ。まわらねえのか」

 アズラエルがグレンの存在自体に苛立つ口調で言ったが、グレンは涼しい顔で言った。

 「見て回りたきゃ、まわれ。だがルナはここに置いて行け。ルナが買うんだからな」

 「おまえは座ってるだけじゃねえか!」

 「るせえ早漏傭兵。だまって見てろ」

 グレンは、むくつけき筋肉ダルマの相手はしたくなかった。ただでさえ暑苦しいのに。

 「ルナが熱中症で倒れるじゃねえか!」

 「そんなことは俺も分かってる! だから、三十分がまんしろと言ってる。ルナ、できるよな?」

 「うん」

 ルナは日傘をさしていた。ペットボトルの水を一口飲むと、「あたしは、なにを見たらいいかな?」と小首をかしげたので、グレンとアズラエルの苛立ちはたちどころに癒された。

 

 「おお、――来たぞ。ルナ、あっち見てみろ」

 アズラエルは、グレンが見ているのが、ワインの店舗ばかりだということに気付いた。噴水広場の一番近いところに、ワインの店舗ばかりが、二十数軒、並んでいるのではあるまいか。

 「ワインか……」

 ララに贈るものとしては、無難なところだ。

 ワインの店舗を見て回る人数はまだ少ないが、グレンが指さしたのは、ひとつの店舗だった。そこで、中年の男性が、ワインを試飲している。グレンが慌てて立った。

 「あ、やべえ。買い占められる」

 グレンはまっしぐらに店舗にかけていった。グレンが言ったのはほんとうで、店先に並んでいるワインを、中年男性は箱ごと購入していった。グレンは間に合ったようだ。瓶を二本、かかえて持ってくる。

 「あァ、ヤバかった。――これで終わりだった」

 グレンは、プラスチックカップをみっつ持っていた。グレンの言葉どおり、その店は、品物がなくなってしまったからなのか、瞬く間に撤収作業をはじめた。

 「市場はあいたばかりだぞ」

 グレンにワインを押し付けられたアズラエルがそれを見て言ったが、グレンはこたえなかった。

 

 「――あ、デレクだ」

 今度は、ルナが見つけた。

 「デレク?」

 アズラエルが振り返ると、ほんとうにデレクがいた。ルナが「デレク、」と手を振りかけたのを、グレンが制した。

 「おとなしくしてろ」

 うさぎは黙ってゲル状でいることを命じられた。デレクは、さっきグレンがワインを購入した店の前で、がっくり肩を落とした――デレクも、この店のワインを買いに来たのか。「すみません、今日は売り切れてしまって」という会話が、こちらにも聞こえてきそうだった。彼は店主と苦笑交じりの会話をしたのち、まっすぐに別の店舗に向かった。

 数分の間に、デレクがまわった店舗は五件。彼は数本収穫品を抱え、鼻歌交じりで帰っていく。グレンは、アズラエルに言った。

 

 「おまえは、右から三軒目。俺は五軒目。――わかるな」

 「ああ」

 グレンとアズラエルはそれぞれの店舗へ向かい、ワインを購入してきた。二本ずつ。

 「まァ、こんなもんでいいだろ」

 手元には、三種類のワインが二本ずつ。

グレンは、エアコンの効いたフードコートがある、デパート内へ誘った。

 「試飲しよう。いちばん美味いやつを、ララに贈ればいい」

 「う、うん!」

 ルナも、日傘を持ち直して、元気よく返事をした。

 

 ずいぶんな暑さのせいか、だだっぴろいフードコートは混んでいた。グレンはセルフサービスの紙コップをいくつかと、水の入ったコップを持ってきて、三種類のワインを、ほんの少しずつカップに注いだ。そして、アズラエルとルナと、自分のまえに置いた。

 「飲んでみよう」

 

 最初に買ったワインを口に含むと、アズラエルは、「なんだこりゃ――濃厚だな」と感嘆を表した。

 グレンも、ひとくち飲んで口笛を吹いた。もちろん、満足の意味を込めてだ。

 「クセの強いチーズにあいそうだ。――ルナ、どうだ?」

 「しぶい!」

 

 アズラエルとグレンは水で味をけし、右から三軒目――アズラエルが買って来たワインを飲んだ。

 「悪くはねえが、ララが好みそうなのはさっきのヤツじゃねえか」

 「俺はこっちが好きだ」

 「ルゥ?」

 「しぶい!」

 

 三人は、最後のワインを口にした。――グレンが買って来た、右から五軒目のそれは、ロゼワインだった。

 「ジュースみてえだな、甘い」

 「もう少し言いようがねえのか――これはアイスワインだ。凍ったブドウをつかってる。――ルナ? どうだ、これはイケるだろ」

 「おいしい」

 しかめ面だったうさぎは、やっと笑顔を見せた。

 

 「ララにどれを持っていく?」

 グレンが尋ねたが、うさぎは困った顔をした。

 「あたしが好きなのは、この甘いの……でも、ララさん甘いの好きかな?」

 「どうせなら、三本ぜんぶ持って行けよ。三本まとめても、五万デルをちょっと超えるくらいだ」

 「ええっ!?」

 「そろそろ、理由を明かせ。なぜこんなところで、しかも安い値段で、デレクが買いに来るようなワインが売られてる?」

 アズラエルが、最初のワインをなみなみとカップに注ぎ足してから、聞いた。

 



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