「あなたもかるい栄養失調です。医務室で診察を受けて、食事をとり、まずはちゃんと休息を取ってください」

ケヴィンはやっと、聞くことができた。

「バ、バ、バンクスさんは――マイヨ、は」

どちらから聞いていいものか、迷った。ケヴィンは、熱で頭がふらふらして、うまく口もまわらなかった。起きてすぐ、隣にいたアルフレッドがいなかったことに焦ったが、マイヨの姿も見えない。

 

「バンクスさんは、こちらでは、まだ見つかっていません。L18の捜査のほうでも、まだのようです。それから――マイヨ。あなたがたをここまで送り届けた下級予言師の方」

「は、はい」

「マイヨさんの依頼で、ガルダ砂漠のほうへウチの小隊が向かっています。王宮護衛官と中級予言師の方が、ケトゥインの過激派と衝突したとかで――村のほうへ。マイヨさんも同行しています」

「ほんとですか! 助けてくれるんですか!?」

ケヴィンはマウリッツにすがる勢いだった。マウリッツはケヴィンをなだめるようにソファに座らせ、

「でも、ガルダ砂漠は寒い。あなたたちも通ってきたから分かるでしょうが。あのなかに、防寒具なしで放り出されたら、ケガをしていなくても命はあやういです」

「……!」

ケヴィンは、なにか言いかけたが、言葉が出なかった。

「まずは、休んでください。弟さんも肺炎を起こしかけていたが、あなたも危なかったんですよ? バンクスさんの捜索は、治ってからにしましょう。オルドさんにはこちらで連絡しますから、安心して休んでください」

 

 

 

それからふたたび、ケヴィンは泥に沈むように眠った。悪夢まで見た。ヒュピテムもユハラムも、バンクスも、マイヨも、みんな死んでしまったとわかる夢だ。ケヴィンは悲鳴を上げて飛び起きた。夜中だった。ケヴィンは泣いた。

とにかく、帰りたかった。もう、L52に――あの、平和な日々に帰りたかった。

泣きながら眠り、起きたら、窓の外の雪はやんでいた。汗をずいぶんかいたらしい。それがよかったのか、頭もすっきりしていた。ケヴィンは、枕もとにあったタオルで汗を拭いた。長いこと、入浴していない身体は、たいそうな匂いだった。

ケヴィンはふらふらと、外へ出た。

軍の駐屯地と聞いていたが、ケヴィンたちがいたのは、街中だった。

横殴りに吹き付けていた雪は、積もってはいない。砂埃に雪が混じり、独特の匂いが空気に溶けて、ケヴィンの鼻孔をくすぐった。

 

(――?)

昨夜、あれほどまでにL52に帰りたいと思っていた郷愁が、急に消えた。

なぜなのか、すぐには分からなかったが、ケヴィンは景色を眺め渡すうちに、気づいた。

 

――ここに、来たことがある?

 

あり得なかった。ケヴィンは、L03に来たこと自体、はじめてなのに。

だが、ケヴィンの郷愁を消したのは、確かにこの風景だ。

ここが、まるで「自分の故郷」だと錯覚でもするような――。

 

「ケヴィン……ここ、」

ケヴィンは、自分とうり二つの顔が、景色を眺め渡して呆然としているのを見た。自分も、きっと同じ顔をしている。

L03の衣装を着た、自分と同じ姿を互いに見て、まるで、ずっと昔からこの地にいたような錯覚を覚えた。

 

「アル、おまえ、熱は……「ケヴィン、僕たちが見てるのは、なに?」

アルフレッドはまだ顔が赤かったが、熱に浮かされて言っているのではない。たしかにアルフレッドも、この景色に覚えがあるのだった。

――不思議なほど、鮮明に、この景色を覚えている。

 

「まだ、外に出ちゃダメですよ!」

医務官が、ふたりの姿を見つけて怒鳴った。追い立てられるようにして室内にもどる途中、ケヴィンはホコリ舞う道の突き当たりに、大きな門を見つけた。

月の満ち欠けが、アーチ状に門の上部を彩り、中央に、男性の像。

門を通ろうとする人間を、見定めるように、上から見下ろしている。

 

「――あれは」

「カーダマーヴァ村の入り口です」

医務官は言った。

「あの門の向こうが、カーダマーヴァ村。カーダマーヴァ一族以外の者は、入れないんです。閉鎖的な村ですよ」

「……」

そうだ。自分たちは、あの村から一度も出たことがなかった。出たが最後、村にはもどれなくなる。

「……」

なぜそんなことを知っているのか、分からなかった。

 

ケヴィンたちは、まずシャワーを浴び、まともな食事をとり、疲弊しきった身体を休め、一週間それを繰り返して、ようやく熱が下がった。

その間、バンクスの消息がわかったという報告はなかったし、マイヨももどってこなかった。携帯電話は通じず、オルドと直接連絡を取ることはできなかったが、双子の無事は、マウリッツ大佐を通じて、アーズガルドに届いていた。

一度だけ、オルドと直接話すことができた。あいかわらずのつめたい口調だったが、彼の口から出た言葉が、めずらしくも労いだったために、ケヴィンもアルフレッドも、泣いてしまった。だが、オルドの声を聞いたことで、双子に多少の元気はよみがえった。

 



*|| BACK || TOP || NEXT ||*