旅は、つづいた。

砂漠に入ればカーダマーヴァ村はすぐだが、なにがあるかわからないので、食糧の節約のために、森で木の実をいくつか収穫した。

川沿いでは、魚を取って食べた。

 寒すぎて、川で水浴びをすることは叶わなかったが、顔と足を洗うことぐらいはできた。

 ケヴィンとアルフレッドも、旅路の中では火を焚いて夜の番もしたし、馬の駆り方を教えてもらって、不器用ながらも、すこしだけ馬車をうごかしたりした。

 

 「今は、このあたりだよ。今のところ、なにごともなく進んでいるから、ちゃんと予定の日には、村に着く」

 マイヨは、地図をケヴィンに見せてくれた。今日の寝ず番は、マイヨとケヴィンだ。たき火を絶やさないようにしながら、地図を広げる。マイヨは夜食にと、粉ミルクを湯に溶いたものをつくってくれた。

 「君は、L03じゅうの地理を知ってるの? ヒュピテムさんがそう言ってた」

 ケヴィンが聞くと、マイヨは胸を張った。

 「わたしの家族は、わたしが生まれる前から、原住民に追われながら、L03じゅうを転々としたんだ。だから、自然と地理に明るくなった。わたしが下級予言師になれるってことが分かってから、家族は王都のそばに住めるようになったから、旅は終わった――まあ、わたしは予言師として王宮には入れたけど、たぶん、一生掃除係さ」

 「……」

 「下級予言師なんて、そんなもん。でも、住処が定まらない生活よりは、よっぽどいいよ」

 

 いま王都の中は、王宮護衛官が守っている王宮以外は、原住民の集団に支配されている。おそらく、マイヨの家族はもう生きてはいないだろうとのことだった。

 「L20の軍に助けられていればいいけど……原住民が入った途端に、王都の門は内側から封鎖されてしまった。わたしの父も母も、姉も、弟も――たぶん、もういないよ」

 王宮にいたマイヨだけが、たすかった。だが、飢えて死ぬのも時間の問題だった。食糧は、サルーディーバにサルディオネ、上級貴族、王宮護衛官に優先的に与えられる。マイヨたち、雑用に食糧がわたったのは、ケヴィンたちが持ってきた食糧が、二週間ぶり。マイヨたちは、王宮の庭に生えている草をかみ、水を飲んで生きながらえて来た。

 ケヴィンは、自分たちが「救世主」と呼ばれた意味が、ようやく分かった。

 「ケヴィンが食糧を持ってきてくれなかったら、わたしは、いま、ここにいなかったよ」

 マイヨは、潤んだ目でケヴィンを見つめた。

 「わたしは、地理に明るいということで、なにかの役に立つから、きっと食糧をもらえたの。――おなじ下級予言師でも、もらえてない子がいた。あの子、たぶん死んじゃうよ――でも、わたし、パンを分けてあげられなかった。分けてあげなきゃなんて思ったときには、パンは消えてたの。わたしがぜんぶ、食べちゃってた……」

 マイヨは、一粒、涙をこぼした。気丈なマイヨが、おそらく王都閉鎖のあと、初めて流した涙だった。ケヴィンは、声を殺して泣き続ける彼女の背を撫でながら、キンと冷えた夜空に浮かぶ、星々を見つめた。

 

 

 

 事態が急展開したのは、L52のカレンダーが10月10日を指した、その日だった。

 「……いけない。この先の村を回避しましょう」

 ユハラムが、突如としてそう言った。ユハラムは中級予言師で、ある程度、先の災いを予測することができる。

 「ケトゥインが村を襲っている――ダメだわ。早めに砂漠に入りましょう。――マイヨ、方向転換して!」

 「はい!」

 マイヨが馬を駆り、道路を外れた。

 最初に予定していたルートをずれ、砂漠に入ったところで、村の外にいたケトゥインに気付かれてしまった。予想を超えて、村を襲っていた人数が多かったのだ。

 馬に乗っている数人が、馬車を見つけて追いかけて来た。

 

 「いかん!」

 ヒュピテムは、マイヨにスピードをあげるように命じた。

 「ケヴィンさんとアルフレッドさんは、荷台の奥へ! かくれてください!」

 幌の中にふたりを押し込み、ヒュピテムが、荷台から飛び降りた。

 「ヒュピテムさん!」

 ヒュピテムは、瞬く間に馬に乗った二人を、長剣で倒した。だが、追って来た人数は、多かった。馬車のスピードは速く、砂塵に紛れて、あっというまにヒュピテムは見えなくなった。

 ケトゥインの戦士は、まだついてくる。

 「ヒュピテムさ――」

 「よろしいですか! マイヨ! 命に代えても、おふたりをカーダマーヴァ村へお届けするのです!」

 ケヴィンの叫びに、ユハラムの叫びが被さった。マイヨの「はい!」という悲鳴のような返事――ユハラムが、長剣を携えて、荷台を降りた。

 「ユハラムさん!」

 「ケヴィンさん! 乗り出さないで! スピードを上げます!」

 二人分の体重を失った馬車は、加速した。ケヴィンが荷台から落ちそうになり、あわててアルフレッドが中へ引っ張り戻した。

ユハラムも、長剣で、追って来たケトゥインに向かっていったところで、馬車が巻き上げた砂埃が、彼女とケトゥインの姿をかきけした。

 

 「――ユハラム、さん」

 ――ヒュピテムさん。

 馬車は砂埃を巻き上げて、砂漠を走った。

 

 それから数時間たったのか、次の日だったか、ケヴィンは分からない。アルフレッドが、高熱を出したのだ。

 「アル、だいじょうぶだ。しっかりしろ」

 ケヴィンでさえ、参ってしまいそうな状態だ。寒さに加え、過酷な旅の生活と、栄養不足が、アルフレッドをいつのまにか蝕んでいた。もとから身体の弱いアルフレッドが、ここまで倒れずに来たのは、奇跡というほかなかったのだ。

 ケヴィンも泣き出したい気持ちでいっぱいだったが、マイヨが気丈に励ましてくれるのに、自分ばかりが打ちひしがれているわけにはいかなかった。ある意味、アルフレッドが倒れてしまったおかげで、ケヴィンはヒュピテムとユハラムのことで、苦悩する時間がなくなった。

 なんとかケトゥインの追撃はまいたが、まだ油断はできない。ケヴィンとマイヨは、緊張を解けないまま、必死で先をすすんだ。

急ぎたかったが、馬が参ってしまっては、砂漠に放り出されることになってしまう。馬のために休憩を散らねばならない。ケヴィンは弟の身体を温めながら、眠ったのか眠れなかったのかわからない夜を過ごした。ケヴィンはもう、マイヨを気遣うこともできなくなっていた。だが、彼女は双子を励まし、自身もほとんど休まず、猛スピードで馬車を走らせてくれた。

 

次にケヴィンが目覚めたときは、馬車の幌のなかではなかった。隣に寝ていた、アルフレッドがいない。ケヴィンは飛び起きた。部屋の中だった。ケヴィンは簡易ベッドに寝ていた。暖炉に、まきがくべられている。温かさに、かるく汗をかいていた。窓の外は、猛吹雪だった。

ケヴィンは咄嗟に腕時計を見た。L52の日付は、10月12日を表示していた。襲われたあの日から、二日しかたっていないのか。

ケヴィンが恐る恐るドアを開けて外に出ると、軍装の人間と出会った。

 

「お目覚めですか」

彼はケヴィンの姿を認め、敬礼した。

「あの、弟は――アルフレッドは、」

「弟さんは、医務室に。かるい肺炎を起こしています。ですが、命に別条はない。ご安心ください」

「こ、ここは、」

「カーダマーヴァ地区の、L19陸軍駐屯地、本部です」

 

――着いたのだ。

ケヴィンは、足元から崩れていきそうになった。あわてて、彼が支えてくれる。

着いたのだ、やっと。――カーダマーヴァ村へ。

 

ケヴィンは彼に支えられながら、この駐屯地の責任者である、マウリッツ大佐の部屋に案内された。

「マウリッツです。オルドさんからお話は伺っています。たいへんなご旅行をされましたな」

マウリッツ大佐は、ケヴィンと握手を交わしたあと、そういって苦笑した。

「あなた、起きたばかりですか」

「え、ええ――」

ケヴィンは、やっとの思いでソファに座った。身体がだるくて、熱がある気がする。ケヴィンもアルフレッドも、ふたりともずいぶん痩せていた。顔は青黒く、頬はこけ、目の下のクマは濃く、唇は荒れていた。人相が変わっていると言ってもよかった。

マウリッツは、オルドから送られてきたふたりの写真と見比べ、彼らがずいぶん過酷な旅をしてきたことを悟った。

 



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