オルドの言葉どおり、翌日三人がスペース・ステーションに来ると、ヒュピテムは構内の椅子にすわっていた。きのうまでのように、だれかを呼び止めている様子はない。

 ヒュピテムのほうが先に気付き、ケヴィンたちのほうに向かって軽く会釈をした。三人が彼の前まで来ると、ヒュピテムは不思議な踊りをした。手を羽ばたかせ、胸に交差した手を当て、三度、膝をついてお辞儀をする。それは、L03のふかい感謝をあらわすときの礼だと、ケヴィンたちはあとで教えられて、知った。

 

 「昨日は、ほんとうにありがとうございました」

 ヒュピテムは、潤んだ目でオルドを見つめた。

 「わたしにできることでしたら、なんでもすると言いたい――だが、今のわたしは、」

 「俺たちがするのは交渉だ、ヒュピテム。無理ならそれで、かまわない」

 「……分かりました」

 ヒュピテムは、ロビーからすこし外れた、しずかな廊下に三人を誘った。たしかにここは、ひと気がすくなかった。騒がしい声はここまで響くが、チケット売り場ほどではない。

 

 ヒュピテムは、大きな三つの布袋をしめして、言った。

 「じつは、わたしの頼みごとというのは、この食糧を、わたしがL03からもどるまで、預かっていただきたいのです」

 ケヴィンとアルフレッドは顔を見合わせた。ヒュピテムは、怪訝な顔をされるのは、承知の上らしかった。

 「どうか、最後まで聞いていただきたい。――じつは、セゾというわたしの仲間が、ここに、この食糧を取りに来るはずでしたが、予定日を三日過ぎてもこないのです」

 「……」

 「おそらく、彼になにかあったに違いありません。わたしは、それを確かめに行かねばなりません。しかし――もし、セゾが捕らえられていましたら、わたしがステーションへ行けば、わたしも捕らえられる。わたしはどうなっても構いませんが、この食糧だけは、死守せねばならないのです。この食糧を持ったまま行けば、わたしが捕まったときに、これらも没収されてしまう」

 ヒュピテムは、袋を愛しげに撫でた。

 「これは、尊い御方の金品を食糧に変えた、貴重なものです。――わたしが捕まっても、この食糧だけは、だれにも渡すわけにいかない。――飢えた仲間が、待っているのです」

 

 「あの――荷物置き場に預けるわけには、」

 ケヴィンは言いかけ、自分の失言を悔いた。スペース・ステーションの荷物保管所に預けるだけでも金がかかる。自分が食べることすら我慢して、金を仲間の食糧のためにつかおうとしている人間に、言う言葉ではなかった。

 ヒュピテムは怒らなかったが、困ったように袋を見つめた。

「――最悪の場合は、それをせざるを得ません。ですが」

 「最後まで聞け、か。おまえになにかあった場合は、こいつの届け先があるんだな?」

 「は、はい――そうです」

 ヒュピテムは、オルドの、――それから、双子の目を見つめると、双子がしり込みするような必死さで訴えた。

 「どうか、どうかお願いします! わたしがもどるまでの二日、この食糧を預かっていただけませんか!? そして、もし、わたしがもどらなかったら、」

 ヒュピテムは、懐からペンとメモ帳を出してなにか書き殴り、オルドに見せた。

 「このL05のエルバ家へ、食糧を持って行ってほしいのです。無論、L05までの往復の旅賃は置いていきますから――!」

 ヒュピテムは、ついにゆかに身を伏せて土下座をした。双子は、「やめてください」と駆け寄りかけたが、オルドは彼にあわせるように、しゃがみこんだ。

 

 「おまえの話は終わりか? なら、俺からいくつか質問がある」

 ヒュピテムは、顔を上げた。

 「おまえが向かうL03のスペース・ステーションは?」

 「イタラチルですが」

 「イタラチル? ――ってことは、王都からは離れてるな」

 「はい」

 ヒュピテムはうなずいた。

 「王都ちかくのトロヌス・ステーションは、無理です。便が出ていないでしょう?」

 「ああ。L03に渡りたくて、暴動を起こしそうな連中があっちのロビーで騒いでいるが。――つまり、おまえは“いつでもL03に渡れる”んだな? イタラチルに問題がなければ」

 ケヴィンとアルフレッドははっとした。

 「はい、そのとおりです」

 「どうやって」

 ヒュピテムは一瞬ためらった。だが、観念したように言った。

 「……わたしがつかっていますのは、サルーディーバ様専用の宇宙船です」

 双子は、顔を見合わせた。オルドは、重ねて聞いた。

 

 「なァ、王宮護衛官」

 ヒュピテムは、床を見つめていた。

 「おまえは言葉を濁して説明したが、尊い御方ってのは、もしかしてサルーディーバで、飢えた仲間ってのは、おなじ王宮護衛官の仲間か?」

 「……」

 「いったい、王宮で、なにが起こっているんだ」

 ヒュピテムは、迷う顔を見せた。

 「……軍事惑星群の人間は、信用できねえか」

 オルドが立ち上がりかけたのを、ヒュピテムが、「お待ちを」といって止めた。

 「あなたと出会ったのも、なにかのご縁でしょう。お話いたします」

 と、打ち明ける姿勢を見せた。

 

 

 

 ヒュピテムが語ったのは、オルドも驚愕する事実だった。

 「じゃあ――王宮を固めてんのは、王宮護衛官だっていうのか?」

 「そうです。われわれも、最近、やっと知ったのです」

 

 王宮護衛官たちが、現職サルーディーバを人質に取り、王宮を封鎖している。それは、軍事惑星群が持っている情報とは、まったくちがっていた。王都を占領し、サルーディーバを封じ込めているのは、原住民の連合軍だと、軍事惑星はおもっている。

 

 「俺たちは――軍事惑星群は、王宮護衛官は全滅し、サルーディーバを祀りたい原住民どもが、サルーディーバを保護して王宮を封鎖していると思ってるぞ」

 「たしかに、原住民も王宮に押しかけています。説明しますと、こうなります」

 ヒュピテムは、床に指先で図らしきものを書きながら、説明した。

 「王宮を守るために閉じこもっているのが王宮護衛官たち――そして、王宮に詰めかけるようにして、街を占拠しているのが、原住民たち――」

 「L20の軍は、原住民のケツを追いかけて、王都をふさいじまったってことか」

 オルドは、やっと分かった、というように大きくためいきをついた。

 

 メルヴァに置いて行かれた護衛官たちが、王都を守っていたが、どんどん増える原住民たちの攻撃に耐えかね、サルーディーバを盾に王宮に閉じこもった。王都に詰めかけた原住民も、一丸となって王都を占拠するために押し寄せたわけではない。原住民同士で争っている状態でもあり、サルーディーバを保護したい民族、殺害したい民族、祀り上げたい民族、さまざまな利害が錯綜し、王都トロヌスは、だれが敵で味方かわからないほど、大混乱状態なのだそうだ。

 

 「そりゃ、……まずいな」

 オルドの額に汗が浮いたのを、ケヴィンたちは見た。

 「だが、いまのところ、王宮護衛官が無事だってのは不幸中の幸いだ」

 「幸いとも言えません――おそらく、このままでは皆、飢えで全滅します」

 ヒュピテムの悲壮な顔に、オルドは尋ねた。

 「王宮護衛官をふくめて、王宮内には何人いる」

 「王宮護衛官が二百人ほど、サルディオーネ様おふたりをふくめ、王宮につかえし者が、百名ほど」

「あわせて、三百人はいるってことか」

ヒュピテムはうなずき、続けた。

 

 「じつはわたしたちは、地球行き宇宙船にいて、次期サルーディーバ様を護衛しておりました」

 「――地球行き宇宙船!?」

 ケヴィンとアルフレッドは声をそろえて叫び、「ご存知なのですか」というヒュピテムに、まくし立てた。

 「お、俺たちも、いたんだ! このあいだまで! 地球行き宇宙船に!」

 「う、うん――、オ、オルドさんも!」

 オルドが余計なことを言うなという目つきでアルフレッドをにらんだが、ようやく彼の鋭い目線に慣れて来たアルフレッドは、なんとか首をすくめることで恐怖から逃れた。

 

 「地球行き宇宙船に!? あなたがたも!?」

 驚いたのはケヴィンたちだけではない。ヒュピテムも目を丸くし、

 「そ――そうですか。これもきっと、真砂名の神のお導きだ――!」

 感極まった声で叫び、祈るようなしぐさをした。

 



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