「なるほど。おまえのいう尊き御方とは、次期サルーディーバか」 「はい――そうです。われわれは、次期サルーディーバ様の命で、危急に立たされている現職サルーディーバさまをお助けするよう、つかわされました。――しかし、こんなにひどい現状だとは、思いもしなかった……!」 血を吐くように、ヒュピテムは叫んだ。 「先日、やっと地球行き宇宙船からL03にたどりつき、王宮に行こうとしたら、L20の軍に止められました。王都は原住民が占拠して大混乱状態。サルーディーバ様の無事は確認されているが、なかには入れないと。わたしたちはがくぜんとしました。王宮護衛官はなにをしていると聞いたら、全滅したと最初は聞きました……」 ヒュピテムの顔色が、絶望にしずんだ。 「われわれは、王宮内につうじる、秘密の通路を知っています。そこから、王宮内に入りました。そして、真実を知りました。 王宮護衛官は、サルーディーバ様を守る形で王宮を占拠していた。原住民にも、サルーディーバは偉大な存在ですから、手出しはできません。 われわれが持たされた宝石や金はまったく役に立ちません。持ち合わせた食糧は、ほとんど王宮護衛官たちに――彼らも、飢えているんです。閉じ込められた形になっていますから。 お優しいサルーディーバ様は、まずは王宮を守る彼らに食糧をとおっしゃる」 ヒュピテムはまた、いかつい顔に涙を浮かべた。 「たしかに、彼らが王宮内からいなくなれば、今度はサルーディーバ様があぶない。原住民の手にサルーディーバ様が渡れば、L20の軍勢は手出しができなくなるでしょう。一巻の終わりです。 抜け道から、サルーディーバ様をお逃がしすることも考えましたが、サルーディーバ様は、L03の偉大なる王が、王宮を原住民に渡して逃げるわけには行かないと――のこった王宮護衛官もおなじ覚悟です。どちらにしろ、サルーディーバ様は、栄養失調と老衰もあって、もうだいぶ弱っていらして、王宮から離れさせることができないんです」 坑道は長く、寒い。弱ったサルーディーバ様のお体は耐えられないだろうと、ヒュピテムは悔し涙をこぼした。 ケヴィンとアルフレッドにもわかった。――八方ふさがりだった。 「その抜け道から、軍を入れることはできないか?」 オルドが聞いたが、ヒュピテムは首をふった。 「軍が通れるような、ひろい坑道ではありません。――それに、王宮護衛官しか知らぬその抜け道を、他に教えるということは――教えた者の死を意味します」 「……」 オルドもまた、思案のようすを見せ、「――わかった」と言った。 「つまり、軍が勝手にその坑道を見つければ、だれのせいにもならない――そういうわけだな?」 ヒュピテムは呆気にとられた顔をし、やがて苦笑した。 「やはり――軍事惑星の方は、発想がちがうな」 「サルーディーバの救出は、俺が方法を考えてみる――今度は、こっちの話だ。聞くだけ聞いてくれるか?」 ヒュピテムは、まっすぐにうなずいた。 「つまり――あなたがたは、バンクスさんという方を探していらして、もしかしたら、彼がカーダマーヴァ村にいるかもしれない。それで、ケヴィンさんたちを、そこまで連れて行ってくれないかと――そういうことですね?」 「ああ。帰りは、カーダマーヴァ地区にいるL19の軍がなんとかしてくれるだろう。あんたは、そこまでこいつらを、無事に届けてくれるだけでいい」 「……」 ヒュピテムは、しばし考えたが、やがてうなずいた。 「わかりました」 「これも何かのご縁です。わたしが無事に、イタラチルからもどることができたら、必ずや――」 「イタラチルに向かうのは、一日待てないか」 オルドは、さっそく携帯電話を取り出していた。 「こいつらのガイドにしようと思っていた、俺のもと仲間が、いまL03にいる。イタラチルがどんな状態かを探らせよう――セゾという人物の写真はあるか?」 「あります!」 ヒュピテムは、懐から皮袋を出し、その中に入っている写真の数枚から、セゾを選び出した。 オルドは写真をスキャンして、仲間に送った。 「この老人が、どこにいるかも捜させよう。――イタラチルが無事なら、おまえは食糧と“こいつら”を持って、イタラチルまで行けるってわけだな」 「……!!」 ヒュピテムは、どんな感謝をしていいか分からない顔をした。このあいだまで、ケヴィンたちが何度となくして、オルドに嫌がられた、顔をだ。 「オルドどの――わたしは、あなたになんと感謝をしていいか――」 「礼は、こいつらをカーダマーヴァ村に無事に連れて行ってからいってくれ」 オルドは、だれにでもそっけなかった。 「ケヴィン、アルフレッド」 「は、はい!」 ふたりは、返事をしてから、彼に名を呼ばれたのは初対面以来だと気付いた。 「俺のもと仲間は傭兵だが、このヒュピテムのほうが王宮護衛官だし、L03に詳しい。こいつのほうがいいだろう」 「あ、――はい! あの、ヒュピテムさん、」 ケヴィンから、ふかく頭を下げてあいさつをした。 「俺、ケヴィン・O・デイトリスといいます」 「僕は、弟のアルフレッドです。――どうか、カーダマーヴァ村まで、よろしくお願いします」 ヒュピテムは、力強く握手を交わしてくれた。 「こちらこそ」 「よし、話はついたな。――もしイタラチルがダメだった場合、どこに降りる気だ?」 「イタラチルが無理だった場合は、サザか、ローンストライム。――でも、そちらも原住民の集落のちかくですから、どんな状況かは――」 「わかった」 オルドは言った。 「明日、この時刻、ここで落ち合おう」 そういって、オルドはさっさとロビーのほうにもどっていった。 「じゃあ、あした! オルドさん!」 ケヴィンが声をかければ、手ぐらい振ってくれるようにはなっていた。振り返りはしなかったけれど。それでも、おおいなる進歩だ。 「では、わたしもこれで」 腰を上げたヒュピテムを、「あっ! ちょ、ちょっと待ってください!」と、双子は止めた。 次の日――オルドが待ち合わせ場所に来ると、大袋は五つに増えていた。ケヴィンとアルフレッドはL03の衣装に身をつつみ、饐えたにおいを放っていたヒュピテムもまた、身ぎれいになっていたし、顔色もよくなっていた。 「なんだ。用意がいいじゃねえか」 オルドは満足げな口調とは一致しない、凶悪な笑みを浮かべた。 昨日、オルドが去ったあと、ケヴィンとアルフレッドは、自分たちが泊まっているホテルにヒュピテムを連れて行き、ヒュピテムのために宿を取った。固辞するヒュピテムを説得するのは骨が折れたが、「バンクスさんの捜索は、俺たちのわがままでもあるんです。だから、お礼くらいさせてください!」と双子は譲らなかった。ヒュピテムは根負けし、ふたりの好意を受けた。 湯をつかい、垢を流したヒュピテムは、生き返ったようだと何度もいい、ふたたび、あの不思議な踊りをした。 双子が、「もういいです! もういいですってば!」と止めるまで、何度も。 ベッドで眠ったのは一ヶ月ぶり、入浴は二週間ぶり。ヒュピテムは、これも双子が強引に連れて行ったホテルのレストランで食事をしながら、双子がここまで来た経緯を聞いたのだった。 そして今朝、ヒュピテムのアドバイスで、ふたりはL03の衣装を購入し、着替え、金や貴重品は肌に身に着けた。 すっかりふたりは、L03の住民だった。刺繍の入った真新しい貫頭衣に大判のストールを巻き、木綿のズボンを中に押し込む形で、あたたかいブーツをはいた。 |