『食糧も、医療品も、足りてねえだろ』

「なんでわかるの――でも、オルドさんが入れてくれた新聞やラジオ、たすかったみたいです。あと、離乳食。サルーディーバさんはやっと食べてくれたって、ユハラムさんっていう人が言いました。桃とリンゴの裏ごしと、さつまいもの裏ごしのやつを食べたそうです。――あと、イチゴジャムと。スポーツドリンクはオッケーみたい。おかゆとかは、もうすこし回復したらあげてみるって」

『医療品はどうだ?』

「ぜんぜん足りないよ――食糧も医療品も、まったく足りない状態。あとでヒュピテムさんから正確な人数が連絡いくと思うけど、三百人はいるらしい。さっき、この部屋に来るまで、大広間にたくさんのけが人がいた。あっ、それから、ユハラムさんが、医者を連れてきてほしいって。L03のじゃなく、そっちの、軍事惑星の近代的な医者を」

『わかった』

 

オルドは、坑道の様子も細かく聞いた。ケヴィンも気付かなかったが、アルフレッドは、坑道内の写真をいくつか取り、メモにくわしく、周囲の様子を文章で記していた。あまりにつかれた三日目からは中断していたが、王宮に来てから、それをオルドに一斉送信したらしい。

 

『おまえの弟は優秀だ。俺がほめていたと伝えろ』

ケヴィンはふて腐れた。

「俺のことは、ほめてくれないんですか」

『おまえが、褒められるようなことをなにかしたのか』

オルドは相変わらずつめたかった。

『それで、ヒュピテムは、携帯をつかえたか』

ケヴィンは苦笑し、

「その点に関しては、俺たち、一緒に来てよかったと思う」

 

ヒュピテムは、携帯電話で電話をかけるやり方は知っていたが、オルドが事前に携帯内に登録しておいた、オルドの携帯番号を、呼び出すことができなかった。ケヴィンは、ボタンのどこを押せば、オルドの電話番号が出てくるか教え、「オルド・K・フェリクス、と名前を呼べば、電話番号が出てきますよ」と音声で呼び出す方法も教えた。

 

『だから言っただろう。L03の連中は、原始人だと思えってな』

「でも、ヒュピテムさんは、地球行き宇宙船にいた人なんですよ? あ、それから、サルーディーバ様のそばにつかえてるユハラムさんって方も」

『まァいい。ヒュピテムから連絡が来るのはあしただってことだな?』

「あ、はい。そうです。――ところで、オルドさんって予言師?」

『は?』

オルドの声が裏返った。あまり聞けない声だ。ケヴィンはほくそ笑んだ。

「だって、俺たちが王宮へ来るのを見越してヘルメットをくれたし、離乳食なんて、俺たち、想像もできなかったよ。L03には予言師っていうのがいっぱいいるんだって――」

『てめえは、俺に呆れられることはあっても、ほめられることは一生ないと思え』

オルドは言い捨てて、電話を切った。ケヴィンは、ほめたのに、ガチャ切りされたのは、はじめてだ。

「でも、一生ってことは、これから先も、ともだちでいてくれるってことかな?」

ケヴィンのポジティヴ思考を、オルドは甘く見ていた。オルドが聞いていたら、「いつダチになった!」と怒鳴りそうなことは明白だったが。

 

 

 

その日、ケヴィンとアルフレッドは、風呂に入ったあと、気絶するように眠った。王宮に着いたのは朝だったが、三日歩き続けた双子は、だいぶくたびれていた。まるで意図しない、救世主あつかいも。

意識を失うように眠り、次の日の朝、ようやく目覚めた。足元には、綺麗に洗われ、乾かされたふたりの衣装が、ていねいにたたんで置いてあった。

「せ、洗濯してくれたんだ……」

「悪いな」

ふたりがいそいそと身に着けると、いい香りがした。花の香りが焚き染められている。

 

「お目覚めですか」

ユハラムが、装飾が施されたトレーに、パンとインスタントスープをのせて、持ってきてくれた。そういえば、昨日まる一日、なにも食べていないのだ。スープの香りに、双子の腹の虫が鳴った。

ユハラムは申し訳なさそうにトレーを差し出した。

「――これしか、お出しできなくて」

「だ、だいじょうぶです。すいません、じゃあ、いただきます」

「……い、いただきます」

「召し上がれ」

双子の表情を察してか――ユハラムは微笑んですすめた。

「遠慮なく、召し上がってください。わたしたちもいただきましたから」

 

自分たちはこれから、またあの坑道を通ってカーダマーヴァ村にいかなくてはならない。

パンを遠慮して、スープだけにしようとしたアルフレッドも、やはりパンを食べることにした。

王宮に来て分かったが、ずいぶんな人数がいる。けが人を合わせても三百人近く。大袋五つでも、全員に食糧が行きわたっているとは考えにくい。

ケヴィンたちが食べる分、口にできない人間もいるということだ。だが、ふたりはありがたくいただいた。

双子は、イタラチルに向かうまでの宇宙船のなかで、ヒュピテムの独白を聞いていた。遠慮をするのはいいが、それで自分たちが動けなくなってしまっては元も子もないのだ。

 

ヒュピテムの話によると、ケヴィンたちと入れ違いに、また何人かあの坑道を通って外へ出、次期サルーディーバからたくされた金品を食糧に変えるため、L09へ飛んでいる。

いくら屈強な護衛官たちであっても、ひとりで持てる食糧は、知れている。だが大人数で外へ出ると、王宮を守る人員がすくなくなる。

いつ原住民が総攻めをしかけてくるかわからない状態で、たくさんの護衛官を食糧補給に向かわせるわけには行かない。小競り合いはもう何度もあって、けが人も増える一方だ。

一刻をあらそう状況なのは、ケヴィンたちにも分かった。

 

「お食事を終えましたら、部屋を出て右手へ――大広間があります。そちらへ、おいでください」

ユハラムは、あの舞を舞うと、ひそやかに部屋から出ていった。

 

双子が食事を終えて部屋を出ると、坑道で見たような、太い円柱が何本も、奥までつづいていた。

(バンクスさん、俺たち、あなたを追って、こんなところまで来ちまったよ)

ケヴィンは感慨深く、そびえたつ柱の先を見つめた。バンクスを探そうと決意して、L52を出た8月には、自分たちがL03まで来ることになるなんて、思いもしなかった。

柱のうえには、空がある。晴れ渡った青い空に、流れる白い雲。――空の光景は、L03もL52も、L22もいっしょだ。

(バンクスさん、ぜったい見つけてやるからな)

ケヴィンは、決意も新たに、鼻息を荒くして大広間に向かった。

長い回廊を右手に進むと、まっすぐ、大広間に突き当たった。そこには、王宮内の動ける人間が、全員そろっていた。広間中央に、宝石で装飾された大理石の台が置かれていて、そこにあるものをにらんで、ヒュピテムと――ずいぶん高位にありそうな、いかつい男性が対話している。

 

「ケヴィンさん、アルフレッドさん、こちらへ」

ユハラムが気づいて、双子をその集まりのはじへ迎えてくれた。

「(ヒュピテムと話しているのは、いま王宮護衛官を取り仕切っている、モハです。彼は上級貴族で、このなかで一番身分が高い)」

ユハラムが小声で教えてくれた。

「(あの、なんかすごそうな台に乗っているものは?)」

「(携帯電話です)」

「(はあ!?)」

ケヴィンとアルフレッドは叫びそうになって、慌てて口を押さえた。

「(――ヒュピテムに処分が、下されようとしているのです)」

さすがに双子は、顔色を変えた。

 

「ヒュピテム――そなたの功績は、後世まで語り継がれる名誉に値するものである。救世主とともに物資を持ってサルーディーバ様、そしてわれわれを救った功績は大きい。――しかし、あの坑道を、王宮護衛官以外の者に教えた罪もまた、大きい。本来ならば、本人が死を持ってあがなうとともに、七代先まで名誉と位とを取り上げるところだが――今回は、特殊な事態である。そなたの死ひとつで、すべてを免じよう」

水を打ったように静まり返り、息をつめて見守っていた観衆たちから、どよめきが漏れた。

「ちょ、ま、待って……」

飛び出そうとしたケヴィンを、あわててユハラムが止めた。

「(お待ちください! もうすこし、待って)」

ユハラムは、全身を持ってケヴィンが叫ぶのを食い止め、それから小声で言った。

「(お願いですから、静かにしていてください。だいじょうぶですから)」

 

「その決定、しかとお受け申す」

ヒュピテムは厳かに、うなずいた。

「だが、わたしには、恩人であるオルドどのとの約束がある。ケヴィン様たちを、確実に、カーダマーヴァ村までお送りせねばならぬ」

「あきらめろヒュピテム、それは叶わぬ」

モハは首を振った。

「そなたは、ここで刑を受けねばならぬ。そなたの代わりに、他の王宮護衛官が、責任を持って送り届けよう」

「モハ上級護衛官どの!」

ヒュピテムは叫んだ。

「わたしは、王宮護衛官の誇りを持って、必ずやもどり、刑を受けまする! 逃げたりなどいたしません!」

「そなたが逃げるなどと、だれも思っておらぬ」

モハは、おだやかに告げた。

「だがこれは決まりごと。それでも、われわれは長老会とはちがう。そなたの家まで取り潰したり、名誉を取り上げたりはせぬ。――そなたのしたことが、この上なき重罪に当たる行為であってもだ」

「……」

ヒュピテムは、悔しげに唇をかんだ。血がにじむほどに。

 



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