しかし坑道は、入り口も含め、ほんとうに狭かった。ヒュピテムは、軍が通れる広さではないと言っていたが、ほんとうだ。ヒュピテムが身をかがめながら、やっと通れる幅と高さであり、ひと一人通るのがやっとで、すれ違うこともできない。

 ボストンバッグは前に持てばなんとかいけそうだが、あの大袋をどうやって、この幅の坑道に通したのか、それだけは謎だった。だが彼らは、ケヴィンたちより先に出発し、すでに姿は見えない。

 一時間近くも坑道をとおっただろうか。ケヴィンたちにはおそろしく長く感じられた。

 この狭さと閉塞感が三日も続くのかと思ったときは、もう無理だと思ったが、坑道は徐々に高くなり、先頭のヒュピテムが鉄の扉を開けてからは、信じられないくらい広い空間に出た。

 

 真っ暗闇の中で、ヒュピテムがランプをつけ、双子はライトのボタンを押し、広範囲を照らすようにした。

 「うわあ――地下都市だ!」

 アルフレッドが、見えないほど高い天井を見上げて叫び、ヒュピテムが言った。

 「はい。ここはかつて、原住民の暮らす地下都市がありました。今は、廃墟ですが」

 ケヴィンが五人そろってやっと抱え込めるくらいの太い円柱が、そびえたっている。ケヴィンとアルフレッドははしゃぎながら、ふたりで円柱を囲んだが、手が届かなかった。

ここは地下都市の王宮だろうか。

 「そうです。王宮ですよ。かつて、原住民が暮らしていた地下都市です。――しかし、ほんとうにこれは、便利ですな」

 ヒュピテムは、ライトつきヘルメットを感心してながめた。

毛布や水の入った袋を持ち、懐中電灯を持っては、両手がふさがってしまう。ちいさなランプの明かりでは、前を行くヒュピテムの背も見えなかった。さっきまでの道は一本道で、迷うことはないが、ヒュピテムの背中が見えることだけが支えだった。あまりの真っ暗闇で何も見えなかったら、怖くなってとっくにくじけていたかもしれない。

 さっきの王宮護衛官ではないが、オルドの手を握って、涙ながらに感謝したい双子だった。そんなことをしたなら、「薄気味悪ィことをするな」とつめたい目でにらみ付けられるのは分かっているが。

 

 「参りましょう」

 

 双子はヒュピテムのあとをついて、廃墟の地下都市を歩き出した。ヒュピテムはまめに休憩を取ってくれたが、一日じゅう歩き続けるというのは、なかなかしんどいものだ。

あの重い食糧袋を持たなくてよくなったというのは非常にたすかった。あれを持ったままなら、五日くらいかかっていたかもしれない。

坑道にはいったその日の夜、双子はパンをかじった体勢のまま、落ちるように眠りについた。ヒュピテムは苦笑し、双子を毛布でくるんだ。坑道の夜は寒い。零下になることもある。ヒュピテムは火を絶やさず、寝ずの番をした。

次の日、焚いた火で湯を沸かし、あたたかいインスタントのスープを飲んだ。胃にしみいるようだった。ヒュピテムが三十分ほど仮眠を取ってから、三人は出発した。

二日目も、長かった。

三日目は、さらにながく感じられた。つづく廃墟が、果てしないもののように感じられた。

地下では昼も夜もない。ただただつづく暗闇の世界が――ヘルメットのライトだけが頼りの世界に、双子は次第に無口になった。歩くのだけで精いっぱいだった。

ヒュピテムは、辛抱強く双子を励ましながら歩き続けた。

「もうすこし、ですからね」

「は、はい……!」

廃墟で見つけた石の杖にすがりながら、ふたりは歩きつづけた。最後に、長い長い石段が待っていた。双子は、息も絶え絶えに、のぼった。

ヒュピテムが石の扉を開けると、光が差し込んできた。三日ぶりの陽の光だった。

ひさびさの日光のまぶしさに、双子はしばらく目をあけていられなかった。

ヒュピテムに抱きかかえられるようにして坑道を出、石の扉が閉まる音がする。

やっと光に慣れた双子の目に入ったのは――何十人単位の、感謝の舞いだった。

 

「神よ――救世主よ!」

「おお――真砂名の神が、われわれをお助けくださった!!」

「ありがとうございます、ありがとうございます!!」

 

ケヴィンたちは、わらわらと人に囲まれ、坑道の入り口で起こったできごとが、今度は何十人という人間にくりかえされた。坑道のホコリと煤、砂まみれになったケヴィンたちは、今度は感謝の涙にまみれた。

「救世主はつかれている。あまりかまわないでやってくれ」

ヒュピテムが止めて、やっとひとの波が引いていくありさまだった。彼らは離れたところで、まるで神様でも仰ぎ見るように双子を見つめている。

 

「ありがとうございます、ケヴィンさん、アルフレッドさん」

ひとりの婦人が、涙をたたえて双子の前に現れ、例の踊りをした。彼女は、双子を「様」づけもしなければ、救世主とも呼ばないので、双子はいくばくかほっとした。

「やっと、サルーディーバ様が召し上がれたの」

「まことか! ユハラム!」

ヒュピテムの顔も輝いた。ユハラムは何度もうなずいた。

「ええ――ええ――離乳食を入れてくださったのね。――それを湯で溶いたものを、サルーディーバ様は召し上がったの。――果実の味がする離乳食を。そして、ジャムもすこし。スポーツドリンクもお飲みになられました。――いままで、なにひとつ喉を通らなかったのに」

ユハラムは、感極まって泣きむせんだ。

「おお――神よ! オルドどの――!」

ヒュピテムはその場に膝をつき、おそらくオルドのいる軍事惑星群に向かってか、祈りを始めた。

 

「み、水はだいじょうぶなんですか」

ケヴィンたちは、水の心配ばかりして、ペットボトルのミネラルウォーターを買いまくったが、ユハラムは言った。

「王宮内に井戸はあります。水の心配はないのです。ですが、食糧も、薬も足りなくて……」

イタラチル・ステーションにヒュピテムを迎えに来ていた青年――マイヨも、大喜びで、飛び上がりながら走ってきた。

「新聞も――ラジオも! われわれが欲しがっていたものがそろっている! まさに神の御業だ!」

彼は天井を仰いで、おおげさに両手を広げ、また双子に感謝の舞をした。

「……」

ここに来て、何人に踊られただろうか? 双子は、オルドがここにいたら逃げ出しそうだな、と思って苦笑し合った。

 

 

 

『どうだ。そっちの様子は』

「まるで、古代にタイムスリップしたみたい。――いろんな意味で」

 

サルーディーバに次ぐ、王宮内の一番いい部屋に案内されたケヴィンはさっそく、オルドに電話をしていた。

アルフレッドは、さきに湯を使わせてもらっている。風呂ひとつ入るのに、盛大なひと悶着があったところだった。十人にも及ぶ女官たちが、「救世主様の湯浴みのお手伝いをいたします」と、風呂場にかけつけたからだ。

アルフレッドは悲鳴を上げて追い出し――というか、泣きそうになりながら、必死の思いで断った。ひとりでゆっくり入らせてくれと。

俺たちはまるで神様あつかいだ、とケヴィンが疲れたように言うのに、オルドがちいさく笑った気がした。

 



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