「――マジで、生き神様でした」 ケヴィンは、オルドへの電話で、感想を語った。 「なんか、見ちゃったんだけど、見ちゃったんだけど――ふつうのおじいさんでした。なんかものすごいこと言われたんだけど、まだ消化できてねえっていうか、――バンクスさん見つかりました?」 『いいから、すこし落ち着け』 ケヴィンのパニック状態は、オルドにしっかり伝わっていた。 『サルーディーバに会ったなら、バンクスがどこにいるか、聞けばよかったのに』 オルドの台詞に、ケヴィンはめずらしく食って掛かった。 「オルドさんが聞いてくださいよ! 俺は無理ですよ、あの雰囲気の中で聞くなんて――声が! 声が、神様みてーだったの!」 『落ち着けと言っただろうが。アルフレッドにかわれ』 ケヴィンはぶつくさ言いながら、アルフレッドに代わった。 『で? ヒュピテムの処刑は免れたってとこまでは聞いたが――おまえらは、いつ出発するんだ』 「今夜にも、また坑道にはいる予定です。ヒュピテムさんとユハラムさん、マイヨさんが、道案内をしてくれるそうです」 アルフレッドは冷静だった。 『わかった。これから、ヒュピテムや――モハといったか。王宮護衛官と打ち合わせをする。おまえらは、坑道にはいるまえに一度連絡を寄越せ。――ああ、バンクスはまだ見つかってねえ。じゃァな』 切れた電話を充電器に戻して、アルフレッドはまだぶつぶつ言っているケヴィンに言った。 「ケヴィン、バンクスさんは、まだ見つかっていないって」 「……」 「ケヴィン!」 めずらしくアルフレッドがどなったので、ケヴィンの肩がびっくりして飛び跳ねた。 「な、なんだよ……」 ツカツカとアルフレッドがケヴィンに向かってき、両手で、思い切りケヴィンの顔を挟んだ。バチン! と音がするほど。 「いってえ!」 「ケヴィン、僕たちは、何しに来たの」 アルフレッドが、怖い目でケヴィンを見ていた。滅多に怒ることのないアルフレッドが怒っている。ケヴィンはたちまち、おとなしくなった。 「――バンクスさんを、探しに来た」 「そうだよね? イシュメルのことは、ひとまず横に置いておこう」 双子の兄が、なにに気を取られているか、弟はきちんとわかっていた。さっきのサルーディーバの言葉だ。 「僕たちは、バンクスさんを探しに来たんだ。それを忘れちゃだめだよ」 「わ、……忘れちゃいねえよ」 ケヴィンは、肺炎で入院した最中に、イシュメルの夢を見た。そのことがよけい、さっきのサルーディーバの言葉に重みを持たせているのかもしれないが、自分たちがここに、なにをしに来たか、目的を取り違えては、ダメだ。 アルフレッドはそれを、自身でも再確認するように、同じ顔の兄をにらんだ。 「ちょっと早いけど、夕食を取ってください。陽が落ちるまえに、坑道に入りますから――」 双子は、ノックの音が聞こえなかった。トレーにパンとスープを乗せて持ってきてくれたマイヨに、「あ、はい!」と二人そろって、あわてて返事をした。 同じ動作でこちらへやってきた双子に、マイヨは笑った。 「ほんとに、おふたりはそっくりですね。同じ衣装を着ていると、どっちか分からないけど――わたしは分かるようになりましたよ!」 マイヨは、得意げに言った。 「こっちがケヴィン様で、こっちがアルフレッド様!」 「「正解!」」 今度も双子は、そろって感嘆の声をあげた。服が同じなのに、見分けてもらえたのは、久しぶりだった。それから、彼らもやっと気づいた。 「――もしかして、君、女の子!?」 言ったのは、ケヴィンだった。 「バレちゃいましたね」 マイヨは、照れくさそうに笑った。 ずっと、青年だと思っていた。王宮護衛官たちにくらべたら華奢だが、背の高さは双子くらいあったし、声もどちらかといえば低かったので、双子はずっとマイヨを男だと思っていた。 L03の民は、たいていフード付きの上着を着ていて、フードも深くかぶっている。だから、はっきりと顔が見えなかったり、髪型もよく分からない。マイヨは切りっぱなしのショートヘアだったが、こうしてフードをかぶっていない姿を見ると、女の子だとすぐわかる。 「最近、外も危ないですから。なるべく男に見えるようにしてるんですよ」 もとからわたしは、女らしくはなかったし、男に見えても無理もない、とマイヨは苦笑した。 「そ、そうか……」 「マイヨ! 早く来て、救世主様のお湯浴みの用意をして!」 「あ、はーい!!」 どうやら、でかけるまえにお風呂も入らせてもらえるらしい。 「マイヨ、俺たちは同い年なんだから、様とかつけなくていいよ」 ケヴィンは、マイヨが出ていく前に、あわてて言いたかったことを告げたが、マイヨのほうが慌てた。 「そんな! それはいけません。救世主様を呼び捨てにしたら、わたしの首が飛んじゃいます! わたしは、下級予言師で、王宮の清掃係なんです――平民出ですし」 そして彼女は、礼の踊りをうやうやしくしながら、 「救世主様のお言葉だけ、ありがたくお受けいたします」 と微笑んだ。 ケヴィンは、彼女をとても美しいと思ったのだが、いつものように、褒め言葉がすぐ口から飛び出してこなかった。 今朝食べたのと同じ、パンとインスタントのコーンスープの夕食を済ませ、ケヴィンとアルフレッドは風呂を使わせてもらった。温泉のようなひろい大浴場に、あふれるほど湯が満たされているというのは、ほんとうに、水にだけは困っていないようだった。 風呂に入ったあと、ケヴィンとアルフレッドは、それぞれ手帳と、携帯電話に向かった。 今回の旅のできごとを、ケヴィンは手帳、アルフレッドは携帯電話の日記帳に、それぞれ記していた。 ケヴィンはバンクスからもらったボールペンをながめながら、ふたたびバンクスの行方に思いをはせた。 「手帳のメモ欄が、もういっぱいだよ」 ケヴィンは、さっきイシュメルのことを考えすぎてバンクスのことを忘れそうになったのをごまかすために、ぽつりといった。 アルフレッドは、今日の日記を書き終えたあと、それをオルドの携帯に送信しながら、こたえた。 「今年の手帳は、空欄ばかりというのは避けられそうだね」 「バンクスさん、カーダマーヴァ村にいると思うか?」 「……」 アルフレッドからの答えはなかった。 「腹、へったな……」 「それは、同感」 双子は、すっかり薄くなった自分たちの腹を撫でた。もとから筋肉のある方ではなかったが、さらに痩せた気がする。ずいぶん過酷なダイエットだ。 L09のスペース・ステーションを出た日から、食事は多くて一日三食。しかもパンと一杯のスープか、スープか粉ミルクだけ、という日がつづいている。 だが、ヒュピテムたちもろくに食べていないのに、自分たちばかりが要求するわけにいかない。 |