ふいに、ドアがノックされて、それぞれの思いにふけっていた双子は飛び上がった。そろそろ時間だからと、マイヨが呼びに来たのだった。

 用意を済ませて大広間にいくと、ケヴィンたちの見送りのためか、また大勢の人間が集まっていた。

 ケヴィンたちは、一応L03の衣装も、もう一着ずつ用意していたが、真新しい絹の衣装を、三着ずつもらった。王宮護衛官たちは、「今はこれくらいしか、お礼ができない」と言ったが、着替えが増えるのは助かった。

 

 「カーダマーヴァ村までは、本来なら馬車で一週間ほどですが、物騒な地域を避けていきますので、二週間ほどみてください」

 ヒュピテムは言った。

 「それとも、王都入り口のほうに向かって、L20の軍と合流した方がよろしいでしょうか? オルドさんは、それをするなと言いましたが……」

 安全度でいけば、軍と合流した方がいいだろうとモハもヒュピテムも言ったが、

 「オルドさんは、やめたほうがいいと言ったのですよね?」

 ケヴィンは、問うた。ヒュピテムはうなずいた。

 「だったら、やめた方がいいかもしれません。俺たちが探しているバンクスさんは、マッケラン家にも探されているんです。――つまり、L20の軍にも」

 「なんと」

 「俺たちの顔も、もし知られていれば、つかまるかもしれないから、やめろと言ったのかもしれません」

 「なるほど。そういうわけですか。承知いたしました」

 「ではやはり、マイヨの意見どおり、このルートを通っていきます」

 ヒュピテムは、双子に地図を示して、道のりを説明した。ケヴィンは、腕時計を見つめた。L52のカレンダーは、9月28日を指していた。

 ついに、10月になってしまう。

 ――まだバンクスは、見つかっていない。

 

 

 

 来たとき同様、百人単位の感謝の舞を見ながら、「お元気で!」「真砂名の神のご加護がありますように!」「救世主よ、永遠に……」などと映画の見出しのようなセリフに送られ、惜しまれつつ、ケヴィンたちは石の扉を開けて坑道に入った。

 マイヨもユハラムも、ずいぶんな健脚で、ケヴィンたちは己の貧弱さと戦いながら、励まされつつ坑道を抜けた。

 「救世主様って、意外と体力がないのですねえ」

 マイヨはあきれたふうに言った。ケヴィンたちは、荷物が入った大袋にかくれたい気持ちだった。

 「だから、救世主様ってやめてくれよ。――ねえ、ユハラムさんとヒュピテムさんからも言って。俺たち、そんなんじゃないし、情けないのはじゅうぶんに分かっただろ」

 ヒュピテムもユハラムも、笑った。

 「マイヨ、ケヴィンさんたちがそうおっしゃっているのだから、旅の間は、様をつけなくてもいい。ふつうにお呼びしなさい」

 「よろしいのですか!?」

 マイヨは、感激して飛び跳ねた。

 「で、では――ケヴィンさんと、アルフレッドさんと呼んでも?」

 「同い年なんだから、呼び捨てでいいよ」

 「そ、それはいけません!」

 マイヨは猛然と首を振ったが、彼らが打ち解けて仲良くなるのは、すぐだった。なにせ、ケヴィンのゆいいつの特技といえば、たいていの人間とはすぐ仲良くなれることだったから。

 

 出発して数日は、おだやかな旅だった。石でできた住居がつづく、ほこりだらけの街を抜けたと思えば、おおきな川沿いにたどり着いた。一日かかって、大きな森も抜けた。

 森の中では、ヒュピテムが鳥を狩ってきて、ユハラムが巨大な木の実を割って、その固い殻を鍋にして、鳥肉と乾米を入れたスープをつくってくれた。久しぶりに、腹がいっぱいになるほど、双子は食べた。ヒュピテムたちも、そうだったにちがいない。

 マイヨも、「お腹いっぱい。もう食べられない」と幸せそうに頬を火照らせた。

 木の実の中身は、くるみのような味がして、けっこうな栄養がある。それをポリポリ、みんなで齧りながら、火を囲んでいた。

 

 「じゃあ、ユハラムさんも、ヒュピテムさんも、バーベキュー・パーティーのこと、知ってるんですか!? ルナっちのことも!?」

 ヒュピテムが、次期サルーディーバの護衛官だったとは聞いていたが、ユハラムが、バーベキュー・パーティーにきたサルディオネの侍女だったと知って、おどろいたのはケヴィンたちだった。

 「ええ、ルナ様という方は、われわれが直接お会いしたことはないが――サルディオネ様も、サルーディーバ様も、親しくしておられる方です」

 ヒュピテムの言葉に、双子はふたたびおどろいて、顎を外した。

 「まあ――ケヴィン様方は、ルナ様のご友人! ――まあ、まあ!」

 ユハラムも、目を丸くしていた。

 「おふたりは、あのバーベキュー・パーティーにいらしたのね。では、サルディオネ様とも?」

 「あ、いえ――サルディオネ様、とはお話しできなかったんですが……。それで、えっと、ケヴィンは先に宇宙船を降りたから、あのバーベキューに参加したのは、僕と、ナターシャです」

 「そうだったの……なんという奇しきご縁かしら」

 ユハラムもヒュピテムも、何度も感嘆したようにうなずいた。

 サルディオネ――アンジェリカが参加した、あのバーベキュー・パーティーのあとは、サルディオネが食べ物を投げつけられて侮辱されたと、サルーディーバ邸では、もう、蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていたそうだ。

 

 「アンジェリカ様はあのとおり、構わぬお方ですから――でも、周りもそれを許すとは限りません。お言葉ではございますが、あなたの奥様の妹さんでしたかしら――命拾いなされましたわね……」

 ユハラムはしみじみと言った。ナターシャを奥様と呼ばれたアルフレッドは顔を赤らめたが、話を聞いていたマイヨの顔は、青ざめていた。満腹の幸せ感は、どこかへ飛んでしまったようだった。

 「――怖いもの知らずだね。その人は。サルディオーネ様にそんなことをしたら、火あぶりか、ひどい拷問にかけられて、骨も残らないよ」

 マイヨは、本気でふるえているようだった。

 サルーディーバのそばにつかえていたフードの老人が、宇宙儀の占いをつくったサルディオーネだとユハラムが説明すると、ケヴィンたちは、ブレアとイマリが命拾いしたことを、本気で実感したのだった。

 「ほんとに、つくづく、俺もバーベキュー・パーティーに参加してから降りればよかったと思ったよ」

 ケヴィンのためいきのようなセリフに、皆は小さく笑い、

 「いいなあ……とても楽しそうですね、地球行き宇宙船って」

 マイヨが、羨ましそうに言った。

 

 「それにしても、不思議な縁だ」

 ヒュピテムも、感慨深く、嘆息した。

 「オルドどのも――ケヴィンさんも、アルフレッドさんも、そして、われわれも、地球行き宇宙船にいた――」

 「そうですわね……」

 「サルーディーバさまのおっしゃった、宇宙船の真砂名の神が、本物だというのは、まちがいではないのかもしれぬ」

 「……」

 「最初は、L03を追い出された悲しみが、あの方をおかしくしてしまわれたのだと思っていたが、ほんとうは――」

 ヒュピテムは、独白のように言葉を紡いでいたが、やがて、皆の目が自分に集中しているのに気付き、咳ばらいをした。

 「いや――これは、失礼」

ユハラムは、どこか悲しみの面持ちでヒュピテムを見つめた。

 「今夜は、わたしが寝ず番をいたします。皆さまは、お眠りください。マイヨも、休んでいい」

 「ほんとうですか!? ありがとうございます!」

 マイヨは喜んで、毛布を持って幌の中へ入った。

 「ユハラムどのも」

 「――はい。では、今夜はお先に」

 明日もはやくから、馬車を走らせねばならない。ケヴィンとアルフレッドも、火のそばで、毛布にくるまった。

 



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