クラウドから話を聞いたアンジェリカとサルーディーバは、さっそく椿の宿にいるペリドットのもとに赴いた。 アンジェリカはルナの様子を見に行こうとしたが、なによりも“パズル”の用意が最優先だと、サルーディーバに言われてあきらめた。 “パズル”。 つかいかたは分かっているが、アンジェリカもつかうのははじめてだ。 起動するまでにどれだけ時間がかかるか分からない上に、30日しか時間はないのだ。 パズルを知っていたアンジェリカに、ペリドットは、「不肖の弟子という言葉を撤回するか」と、言って苦笑した。 「だてに、ZOOカードの製作者だけはある」 「あまりほめないでください。あなたに褒められると、逆に嫌な予感がするんです」 ペリドットは笑った。 アントニオとペリドットの心配をよそに、アンジェリカはマクタバの挑戦的記事を、まったく気にしていなかった。ペリドットが「不肖の弟子」を撤回したのも、パズルの正体を、アンジェリカが知っていただけではない。 「……マクタバって子は、逆にかわいそうです」 ペリドットは、だいたい、彼女の言わんとすることが分かっていたが、いちおう「なぜだ」と聞いた。 「サルディオーネになる前からこんなにメディアに持ち上げられて――たぶん、12歳っていうのが。若いから注目されたんだろうけど――たぶん彼女は、サルディオーネにはなれないんじゃないかな」 「……」 ペリドットも同感だった。アントニオは、マクタバがサルディオーネに任命されるだろうと思っているようだったが、L03はそこまで腐っていない。長老会があったころなら、金さえ動けばマクタバはサルディオーネになれただろうが、サルーディーバとサルディオーネは、長老会とは全く別物だ。 現にアントニオも、「俺がサルーディーバだったら、彼女をサルディオーネにはできないけどね」と笑った。 マクタバがまだ子どもだとか、アンジェリカに挑戦的だとか、そんな皮相な問題ではない――彼女がサルディオーネになれない、決定的な原因がある。 「ジャータカの黒ウサギを呼ぶまえに、パズルの説明をしておきますね。“パズル”は、前世を修復する占術です」 「前世を修復する占術――それで“ジャータカの黒ウサギ”か」 アンジェリカは件の記事が載った読みさしの新聞をたたみ、ペリドットのZOOカードを覗き込んだ。 ペリドットはまずZOOカードで、自身の化身である“真実をもたらすトラ”を呼び出そうとしたが、いつもすぐ呼び出しに応ずるはずのトラは出てこない。 しかたなく、アンジェリカの説明を待ってから、作業をおこなうことにした。 「“マリアンヌの日記”は、いわゆる“パズル”の応用編なんです」 アンジェリカは仕事カバンのなかから、ZOOカードの記録帳としてつかっているノートを取り出し、白紙のページにボールペンを走らせた。 「“リハビリ”は、前世がもとになっている、魂のキズを修復します」 アンジェリカは、リハビリ、と大きく書いて丸で囲んだ。 「悔いが大きく残る前世であったり、だれかに殺された前世であったり――怖い思いや、つらい思いがつよかった前世は、魂のキズとして残っていることがあります。これはたとえ話ですが、海難事故で亡くなった人が、生まれ変わったら、海が怖くて近づけない、とか、そういうのあるでしょ?」 「ああ」 「リハビリは、海が怖い原因となっている前世を、その人の数ある前世から見つけ出して、修復する作業なんです。リハビリが完了すると、そのひとは海が怖くなくなる」 「なるほど」 ペリドットは、ほんとうに聞いているのかどうかわからないうなずき方をした。 「そして“リカバリ”というのは、あまりつかわないパズルの項目らしいんですが――いわゆる、偉業を成し遂げた前世を、復活させる」 「偉業を成し遂げた前世か。たしかに、それを持つものは少ないな」 「はい。――たとえば、パズルを受ける被験者の前世に、偉業を成し遂げた人物の前世がある場合は、リカバリをすると、今世でも、その力がつかえるようになります」 「待て? それは、ZOOカードでいう“回帰”といっしょか」 ペリドットが気づいた。 「あ、そうです。“回帰”は時間制限がありますが、毎日、一時間ずつでも回帰をくりかえすと、一年くらいで“リカバリ”と同じ状態になります。ララなんか、そうです」 アンジェリカは思い出したように付け加えた。 「ララは、ビアードの前世を三年間“回帰”しました。だから、ビアードの能力がよみがえって、あれほどの経済人になったんです」 ララのすぐれた経営手腕は、ビアードの才能です――アンジェリカは言った。 「“リカバリ”は、“回帰”を固定させる術か。時間制限はなく、完全に、前世をよみがえらせる」 「ええ。でも、あまり複数の前世をリカバリさせると多重人格みたいになりますから、慎重に選ばなきゃいけません。――まァ、偉人の前世なんて、たくさん持ってる人はごく少数ですけど。ララはビアードと性格も意志も似ています。あまり極端に違わない。だから、だいじょうぶなんです」 「このあいだの、アズラエルとグレンもそうか」 「そうです! アストロスの武神をよみがえらせる儀式も、あれも――リカバリみたいなものだと思います」 「――なるほど」 パズルの概要は分かった。だが、問題は、どうつかうかだ。 「あたしがジャータカの黒ウサギに“パズル”のことを聞いたのは、パズルが完成するずっとまえです。――だから、完成版はよくわからないけど、リハビリはともかく、”リカバリ”はかなり過酷らしいです」 「過酷?」 ペリドットは嫌な予感がした。 「その偉人の人生を、術者が体験したようになるからですって」 アンジェリカも、青ざめた顔で言った。 「……」 ペリドットは、なるべくならやりたくないという顔をした。下手に拷問経験でもある人物の前世に当たったなら、その痛みや苦しみも、ダイレクトにくるということだ。 「……」 ペリドットは迷い顔でZOOカードを見つめたが、弟子の前で、師匠がしり込みするわけにもいかなかった。 不肖の師匠は、咳払いして、気を取り直した。 「結論としては、パズルを同時に、二ヵ所で起動しなければならない。ルナとロビンのリカバリを同時に行うために――、」 「ええ」 アンジェリカはおおきく息をついて言った。 「ジャータカの黒ウサギを呼び出し、パズルを起動して、ロビンさんの前世を“リカバリ”してください。第一次バブロスカ革命の首謀者だった前世を、探すんです」 「わかった」 ペリドットはうなずいた。 「ミヒャエルがカーダマーヴァ村に向かうと聞きました。――あちらで、マクタバにルナの前世――イシュメルの前世を“リカバリ”してもらいます。おそらく、月の女神が言った、ロビンさんとルナの“リカバリ”を同時にする、というのはそういう意味だと思います」 「よし、わかった。――やるか」 ペリドットは、しかたなく腕まくりをした。 「イシュメル様の祠に参ることもたいせつですが――そうですか。マクタバという少女に、イシュメル様のリカバリを、」 カザマは、アンジェリカの頼みにうなずいた。 「わかりました。お願いしてみますわ」 「それより、冷凍睡眠装置つかっても二週間強――16日みたほうがいいな。それで、冷凍睡眠装置は一年内に二回もつかわないほうがいいっていう話だから、帰りは普通便がいいとおもう。だとしたら、どんなにはやくても往復五ヶ月だからね」 ルナちゃんたちの、あたらしい担当役員の手配はこちらでやっておく、とアントニオは言った。 「ええ、アントニオ。――30日しか、時間はない――いまはL09からL03へ出る便も不定期になっていますから、」 「まさに賭けだな」 カザマはすべての用意を終わらせ、トランクを持って紅葉庵に来た。クラウドやアントニオと最後の打ち合わせをし、ロビンと、階段上のルナを見つめた。 ロビンが階段を上がれる時間は、30日しかない。 すでに一日過ぎてしまった。あと――29日。 「行ってまいります」 ルナはまるで、ロビンが上がってくるのを待つかのように、階段頂上から見下ろしていた。 |