「でも、カザマさん、あの村は一度出たら、二度と入れないんだよね?」

「ええ。ですから、なかにいる知己にお願いしてみるつもりでしたが、――まさか、あんなふうに追いやられるとは」

カザマは、ショックを隠し切れない顔をしたが、ふいに気付いた。

「どうして、そのことをご存じで?」

カーダマーヴァ村が、一度出たら二度と入れない村だということを、だれに聞いたのだろうか。軍の誰かか。

 

「……」

双子は、顔を見合わせた。そして、決意したように、ふたり、声をそろえて言った。

「カザマさん、俺たちが行きます!」

「ええっ!?」

カザマは驚き、それから、村によそ者はぜったいに入れないと何度も説明した。

門の前で病人が伏していても、たすけるために誰かが村から出てくることはないし、入れてもらうこともできない。それは太古からの決まりで、一度だって、やぶられたことはないと――。

「そもそも、イシュメル様が、よそ者をなかには入れません」

カザマは言った。よそ者が門から、または壁をよじ登って入ろうとしても、門の上に鎮座するイシュメルの目から光線が出て、侵入者を焼き尽くすのだという。

ケヴィンたちはそれを聞いて、一瞬怯んだが、

「――でも、俺たちはたぶん、“村から出ていません”」

「え?」

「僕たちは、村の中で死んだはずです」

アルフレッドも、そう言った。

カザマは、「どういう意味です?」と聞いた。

 

「俺たち、サルーディーバ――さまに会ったんです」

首都トロヌスの王宮で。ケヴィンはそのとき、彼に言われた言葉を繰り返した。

 

――エポス・D・カーダマーヴァよ。そしてビブリオテカ・D・カーダマーヴァよ。兄はドクトゥス。知恵者の弟。イシュメルを、目覚めさせたる者たちよ――。

 そなたらは、おおいなるさだめによりて、ここへ導かれた。行け! カーダマーヴァの地へ。そして、イシュメルを、長の眠りから解き放つがよい――。

 

 「……!」

 カザマは驚愕のあまり、口を両手で覆った。

 「まさか――あなたがたが?」

 

 「俺たちも、言われたときはよくわかりませんでした」

 ケヴィンは興奮して言った。

 「でも、カザマさんの話を聞いて、意味が分かった。俺たちはきっと――イシュメルを目覚めさせるために、ここまで来たんです」

 「僕たちは、はじめてここに来たんだけど、懐かしい感じがして――はじめて来た気がしなかった」

 「俺たちは、きっと、カーダマーヴァ村に住んでいたんです――前世は」

 

 カザマは信じられないように、しばらく口を覆ったまま固まっていたが、次第に、その目が潤んでくるのが双子にもわかった。彼女は、双子の手を取った。

 

 「――お願いできますか? どうか、イシュメル様に、お会いして――」

 「やってみます」

 「ロビンさんも知らない人じゃないし、ルナちゃんは、ともだちです」

「ヒュピテムさんたちに助けられて、バンクスさんも、ダメで――俺たち、なにもせずに、L52に帰りたくない」

 ケヴィンは思いつめた顔で言った。

 「俺たちにできることだったら、協力させてください」

 

 

 

カザマたちは夜半、もう一度門の前に立った。今度は、石は降ってこなかった。カザマが緊張の面持ちで、門の向こうに声をかけようとすると、門が、開いた。

「そなた――ミヒャエルか」

「アサティルさま!」

アサティルは、カーダマーヴァ村の長老である。ミヒャエルは砂と雪が混じった大地にひれ伏した。ケヴィンたちも慌てて真似をして膝をついた。

 

「昼間は悪いことをした。門の近くにいたものの中に、お主を見知ったものがいての。すまんかった――おどろいたじゃろうに」

老人は、門から出てこようとはしなかったが、カザマをそう言っていたわった。長老の後ろには、ばつが悪そうにたたずむ村人が数人いた。

「L19の軍がここにおっても、最近は夜盗の類もすくなくない。カーダマーヴァ村を出た者が、中の者と謀って、書物を盗み出そうとした事件があっての」

昼間、ケヴィンたちから聞いた話だ。カザマは伏せていた顔を上げた。

「よい、おまえはもう、この村を出た身じゃ。――息災のようじゃの、安心した」

「おかげさまを持ちまして」

カザマはふたたび深々と礼をし、三度、舞う仕草をした。ケヴィンたちは、ひさしぶりにその舞を見た。

――ヒュピテムたちを思い出して、胸が痛んだ。

 

「それより、一度村を出た者が帰ってきてはならぬことを知っているはず。なにゆえ、もどった」

「はい――わたくしは、どうしてもイシュメル様にお会いせねばなりませぬ」

カザマは、昼間、ケヴィンたちに説明したことを、もう一度話した。

村人たちのざわつきがひどくなった。いつのまにか、門の向こうは村人でいっぱいだった。

 

「――では、いま、真砂名神社の拝殿に拘束されている、ルナと申す者が、イシュメル様の今世のお姿と」

「はい。ルナ様のお姿は、石室でお眠りになるイシュメル様のお姿とまったく同じ。イシュメル様が解放されねば、ルナ様も解放されませぬ」

「……」

長老は、長いひげをわしづかんでしばらく考える様子を見せ、言った。

「わかった。村の者に任せよ。そなたはもう、村には入れぬ身じゃ」

「お待ちください、長老様」

カザマは、ケヴィンたち双子をしめした。

「彼らは、カーダマーヴァ村の者でございます」

「なんだと」

「王宮のサルーディーバ様が仰せになりました。彼らが、イシュメル様を解き放ちます」

「この者らが……?」

カザマは、ケヴィンたちがかつて、カーダマーヴァ村の住民であり、村から出ずに亡くなったことを話した。

 

「バカな!」

ついに、村人から声が上がった。

「そんなメチャクチャな話があるか!」

「前世、この村にいたからといって、今はよそ者だろう!」

「村の中の墓をしらべてみてください! エポスとビブリオテカという名が……」

「その名を持つものが、村に幾人いると思うのだ!」

「うちの子も、ビブリオテカだよ!」

「そうだ。イシュメル様の祠をつくったエポス兄弟にちなんで、その名は村にありふれてる!」

カザマは言葉を継げず、だまってしまった。

「長老! そんな言葉に騙されて、こいつらを入れてはいかん!」

「ミヒャエル、あんたはいい子だけどね、だれでも知っているよ。これは決まりなんだよ。よそ者はダメだ」

「よそ者は去れ!」

「帰れ!」

村人たちの怒声が重なっていき、見かねた軍人たちが基地のほうから駆けてくる前に、群衆の声を割りさく声がした。

 

「おもしろいではありませんか!」

 



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