「マクタバ……」 「マクタバ様」 村人たちが道を開けた。長老が、村人たちが名を読んだ少女は、まだ幼かった。顔の半分を覆うほどのおおきなゴーグルをつけ、大きな口は三日月形に口角を上げ、笑みを浮かべていた。 (この方が、マクタバ……) カザマも新聞を読んでいた。あたらしいサルディオーネ候補に挙がっているという――。 「(カザマさん、このひとに、“リカバリ”という術を頼むんですね?)」 「(ええ、そうです)」 ケヴィンが小声でカザマに聞いた。カザマはうなずいた。 「おもしろいではありませんか、長老さま。彼らが村に入れるかどうか、ためしてみては」 ふたたび、群衆はざわめきに揺れた。 「なにを言うか、マクタバ」 「だって、よそ者であれば、イシュメル様の“目”が彼らを滅ぼすはず」 「無駄に命を散らしてはならぬゆえ、こうして説得して引き取らせておるのではないか」 「……この村に入ることができれば、俺たちを村の者と、みとめてくれるんですね?」 ケヴィンが一歩、カザマの前に進んだ。アルフレッドも、膝が震えていたが、ケヴィンの隣に立った。 イシュメルの像が、双子を見下ろしている。イシュメルの目が、キラリと光った気がした。 双子は、一歩、二歩、慎重に進んだ。目の錯覚ではなかった。イシュメルの目に、たっぷりと緑光色が浮いている――侵入者を焼き殺す、するどい光の塊が。 「ケヴィンさん、アルフレッドさん! おもどりください!」 カザマの声が響いたが、ケヴィンはイシュメルの像に向かって怒鳴った。 「俺は、エポス・D・カーダマーヴァ!」 「ぼ、ぼくはっ、ビブリオテカ・D・カーダマーヴァ!」 アルフレッドも、半分泣きそうな声で怒鳴った。 「どうか入れてください! 人の命がかかってるんです!」 ケヴィンはそれから、なにも見ずに、夢中で門に向かって駆け出した。アルフレッドも「うわあああ!」と叫びながらケヴィンの後を追った。村人も、――カザマも、おもわず目を瞑った。ケヴィンたちは、群衆の中に飛び込んだ。 門が、ケヴィンたちが門内にはいったのと同時に――おおきな音を立てて閉まった。 だれも門を閉じてはいなかった。勝手に閉じたのだ。まるで、イシュメルが招き入れたようだった。 「は、ははは……」 ケヴィンたちは無事だった。 頭から村にすべりこみ、砂まみれになったケヴィンたちは、たがいに砂だらけの顔を見合わせて、がくりと力が抜けたように突っ伏した。 村人たちも目を白黒させていたが、イシュメルが招き入れた彼らを追い出す気は、ないようだ。 「ずいぶん勇敢じゃないか」 ゴーグルをはめた少女が、笑いながら双子を見下ろしていた。 「カーダマーヴァ村にようこそ」 門の外では、カザマが閉じてしまった門を見つめていた。 イシュメルの目は、たしかに光っていた。だが、いまは、陸軍基地の電燈を反射しているだけのようだ。 カザマはほっとして、イシュメルの像に向かって、祈るように手を合わせた。 (ケヴィンさん、アルフレッドさん。どうか――お願いいたします) 願いを込めて門を見上げ――それから、ふと気配を感じて、後ろを振り返った。 うしろにいたのは軍人ではない。 カザマは一瞬、ペリドットかと思った。それほど彼に、衣装が似ていた。けれども別人だ。 彼は、左肩におおきな黒いタカを乗せていた。 カザマは、ケヴィンたちを村の中に入れたのは、イシュメルではなく彼だと――とうとつに気付いた。 「――あなたは」 カザマの視界を遮るように、砂ぼこりが舞った。カザマが再び目を開けると、男の姿は消えうせていた。 (あれは――) カザマはあわてて周囲をさがしたが、もう、だれの姿もなかった。 あと7日。 クラウドとエーリヒは、謎かけを解いてはいたが、それがなにを意味するのかまではまったく分からなかった。 “ふたりの女が死に、ふたりの女が救い、ふたりの女が導き、ふたりの女が待っている。 ふたりの男が死に、ふたりの男が救い、ふたりの男が導き、ふたりの男が待っている。“ 「死んだふたりの女とは、ピトスとエルピス――つまり、ロビンの母親と、アイゼンとピーターの母親。プロメテウスの血族の姉妹……」 エーリヒがメモしながら呟いた。 「だいたいこうなるんじゃないか」 クラウドは、「女」と「男」に当たる部分を、人名で埋めたメモをエーリヒに突き出した。 「ピトスとエルピス」が死に、「真昼の女神と月の女神」が救い、「 」が導き、「エミリとミシェル」が待っている。 「プロメテウスと 」が死に、「イシュメルと 」が救い、「夜の神と太陽の神」が導き、「アイゼンとピーター」が待っている。 「……ふむ。こんな感じだろうね」 エーリヒに異論はないようだった。 「空欄を埋めれば、こたえが見えてくるのかな……」 クラウドも、メモを見ながらつぶやいた。 |