ケヴィンは、人ごみの中を引き返した。ひとにぶつかっては謝り、つまづきそうになりながら、ケヴィンは三人のもとまで戻った。 三人は、まだ同じ場所にいた。 「ぜえ、ぜえ――はあ、」 ケヴィンは膝に手をついて息を整えた。ケヴィンがもどってきたことに驚いたヒュピテムは、「どうしたんです?」と聞いたが。 ケヴィンは、息を弾ませながら、マイヨに向かって叫んだ。 「俺と――いっしょに行かない?」 「――え?」 「俺と――俺といっしょに行こう! マイヨ!」 とつぜんのケヴィンの告白に、目を白黒させた三人だったが。 ヒュピテムが我に返って、「ケヴィンさん、それは――」と言いかけたのを、ユハラムが遮った。 「ケヴィンさん、ご承知? それは、プロポーズといっしょですのよ?」 「……!」 「すくなくとも、マイヨにとっては。それをわかって、言ってらっしゃるの」 ユハラムは、厳しい顔でケヴィンを見ていた。ケヴィンはごくりと喉を鳴らし――「そ、そのつもりです」と、はっきり言った。 言ってから、(何を言ってんだ俺は)と我に返って、顔が真っ赤になった。ケヴィンが勝手にマイヨを好きなだけで、マイヨの気持ちはぜんぜん知らない。でも、もう後には引けなかった。 (マイヨ) ケヴィンは、思わずマイヨを見つめた。 ――すべては、杞憂だった。 マイヨの目に、みるみる、涙が浮かんだ。 「救世主さま……!」 「え? そ、それはやめて。俺は、ケヴィンだってば!」 遅れてもどってきたアルフレッドは、マイヨがケヴィンに抱き付いているのを見て、すべてを察した。 「マイヨは戸籍がありませんから。L52へ渡航するのに、時間がかかるかもしれませんが」 「ミヒャエルに聞けば、なんとかなるわ」 「ああ、待て。ちょっと待て。ミヒャエルまかせでも構わんが。ユハラム殿は見届けなくてよいのか。われわれは、トロヌスへ帰るのをすこし遅らせよう――いや、急いでいるのはたしかだが、――急いでいるんだぞ、ほんとうだ」 「ヒュピテム、落ち着いてくださいませ」 急に慌てだしたヒュピテムに、ユハラムも――双子とマイヨも、笑った。 ヒュピテムとユハラムは、けっきょく、L09までついてきた。 マイヨの戸籍取得のために、カザマは奔走してくれ、家族をいっぺんになくしたマイヨは、ヒュピテムの養子になることによって、戸籍を獲得した。 ふつうならば、マイヨの身分では、王宮護衛官の養子になるということは、考えられないできごとではあった。法的には禁止されていないが、あり得ない部類のこと。 だがマイヨはこのままケヴィンとともにL52に向かう。L03で暮らすのではないのだからと、ヒュピテムはマイヨの反対を押し切って養子にした。どちらにしろ、反対したのはマイヨだけで、賛成多数で可決した。 戸籍がなければ、L52にわたることはできないのだ。 そして、ケヴィンとマイヨは、アルフレッドに先駆けて、結婚してしまった。 ヒュピテムとユハラム、カザマとアルフレッドに見守られ、ケヴィンとマイヨは、L09のホテルで、こぢんまりとした結婚式をした。 マイヨの涙は、止まらなかった。 「あたし、こんなに幸せでいいのかな。あした、死んじゃったりしない?」 と真剣に悩む顔をした。 ケヴィンが、バンクスを探しに、L03にいったとおもったら、妻を連れて帰ってきた。 ナターシャが腰を抜かすことだけは間違いがなかったが、アルフレッドがホテルから電話で報告すると、ほんとうに腰を抜かしていた。 「あたし、今日はもう歩けないわ――夕飯はデリバリーにする。と、とにかく、ケヴィンにおめでとうってつたえて――」 ケヴィンとアルフレッドの両親は、驚きはしても反対はしなかった。 もともと、大学生のときに、L8系の鉱山労働者の待遇を改善するNPOで出会い、一週間で電撃結婚したケヴィンの両親は、相手が原住民だからといって反対することもなかった。 「結婚はいきおいよ、いきおい!」と、母は言い、「落ち着いたらでいいから、嫁さん連れて、顔を見せなさい」と父は言って、祝いの言葉とともに、電撃結婚を了承した。 結婚式のあと、今度こそほんとうに、ヒュピテムとユハラム、カザマと、L09のスペース・ステーションで別れ、双子とマイヨは、L52へむかう宇宙船に乗った。 8月頭に、バンクスを探しにL52を出て、もう11月なかばになっていた。 双子はやっと、L52のスペース・ステーションに降り立った。 何年かぶりにもどってきたような、そんな感じがした。 L52は、こんなに近かっただろうか。 ケヴィンもアルフレッドもそう思った。 何ヶ月もかけて軍事惑星群を経てL03にわたり、とても長い旅路を歩んできた気がするのに、帰りは数日とかからなかった。 「アル――ケヴィン!!」 L52のステーションには、ナターシャが待っていた。ナターシャはふたりに飛びつき、それからマイヨを見て、やっぱり腰を抜かした。ノミの心臓の彼女は、ほんとうに結婚したのね、びっくりしたとしきりに言い――すぐマイヨと仲良くなった。 大都会のL52におりたったときから、不安でいっぱいなのか、マイヨの顔はこわばりはじめていたが、同じ女の子のナターシャに会ってほっとしたのか、元気を取りもどした。 積もる話は、ありすぎて困るほどだったが、ナターシャは、旅の思い出を聞くことを、急がなかった。それは、双子にとってはすごくたすかった。 双子が数ヶ月ぶりにアパートに帰り、泥のように眠ったのはひと晩だけだった。 次の日には、すぐ行動を開始した。 オルドの携帯に電話をかけたが、オルドはまだ任務中なのか出てくれなかった。ピーターの名刺をもらっていたので、そちらへかけると、秘書室につうじた。 電話応対してくれたのは、ピーターではなかったが、ケヴィンとアルフレッドは、丁重に礼を述べた。 電話を終えると出版社に向かい、手配してくれたコジーに礼を言った。 編集者コジーは双子の無事を喜び、すぐにバンクスが入院しているという病院を教えてくれた。 双子とバンクスは、首都ラスカーニャの大学病院で、ついに再会を果たした。 「バンクスさん!」 「よお」 あかるい病室だったが、殺風景だった。見舞い客も、コジーのほかにはおとずれないことを知らせる、閑散とした部屋だった。 包帯だらけのバンクスは、十日ほどまえに、この病院に入ったばかりだ。右腕は痛々しいまでに包帯で膨れ上がっていたし、顔も、動かすのがつらそうなほど、ケガだらけだった。 |