――ケヴィンたちが、ぶじバンクスと、感動の再会を果たしているころ。 地球行き宇宙船の出口に、ひとりの男がたたずみ、ゲートが開くのを待っていた。 見送る人間はひとりもおらず、担当役員もいなかった。 それも当然だった。彼はだれにも降りることを告げずに、ここにいる。 別れのあいさつなど、そんな気色悪いものは、ロビンには必要ないし、盛大なお見送りも、いらない。 ミシェルに別れを告げられないことが、多少心残りではあったが。 (この宇宙船で、しあわせに暮らしてくれ、マイハニー) ゆいいつ、すべての女と自由を捨てても、捕まってもいいかなと思った女性。 だが、ロビンはL18に、ミシェルを連れて行きたくはなかった。彼女には、平和な場所で、しあわせに、暮らしてほしい。 (俺の宝石) クラウドに知れたら、つかみかかられそうなセリフを吐いて、ロビンはミシェルに脳内だけでキスをした。 ボストンバッグに、すこしの着替えとパスポート、財布。 そして、写真の切れ端を持って、ロビンは旅立とうとしている。 『L系惑星群L80いきのL355便、搭乗ゲートが開きました』 ゲートが開いた。ロビンはまったくあとくされなく、廊下を、まっすぐに、出口に向かって歩こうとした。 「ロビン」 ロビン以外の人間がいない構内で、ロビンは名を呼ばれて振り返り、さすがに驚いた。 「エミリ」 どうして、エミリが? 「おどろいたな。どうして俺が、降りることを知った」 ロビンが降りることを知っているのはヴィアンカだけ。ヴィアンカは理解してくれた。ロビンがだれにもわかれを告げずに、宇宙船を降りたがっているのを。 「そんな気がしたの」 彼女はトランクを持っていた。悲壮な顔とは正反対に――彼女は、いつもの気軽さで言った。 「いっしょに行ってもいい」 ロビンは肩をすくめた。 「エミリの自由にしな」 俺はだれも、縛らねえよ。 エミリはやっと、顔をほころばせた。ロビンがだまって回廊を歩いていくのを、小走りで、追っていく。 ふたりの姿は、やがて回廊から消えた。 ――その日の宇宙船降船者は、記録によると、二名である。 ロビン・D・ヴァスカビルには同行者がいた。それはまちがいない。 椋鳥は発った。 ――王になるために。 ロビンがふたたびプロメテウスの墓のまえに立ったのは、宇宙船を出て数ヶ月後であり、二十数年ぶりのことであった。 「ロゼッタ自然公園」のはしにある、ちいさな石碑群――ここが、千五百年前に、第一次バブロスカ革命の首謀者、プロメテウスとその仲間たちが処刑された場所であることを、知る人間は少ない。 「来たか」 ロビンが振り返ると、成長した、あのときの子らがいた。 アイゼンと、ピーターと、タキがいた。 オルドはいなかった。 「俺たちのことを思い出したか」 アイゼンは、真っ赤な口を開けて笑った。今の彼に歯はある。――強靭な刃が。 なにもかも食らいつき、咀嚼してしまうような、おそるべき牙が。 「ああ」 ロビンはうなずいた。 アイゼンが、写真の切れ端を差し出した。ロビンも取りだした。その切れ端は、まるでパズルのように、ぴったりとくっついた。 あのときのように、雨が降り始めた。 プロメテウスの墓のまえにいるのは、子どもたち。 アイゼンとピーター、オルドは、ロビンの母ピトスの葬儀の帰りではなく、サイラスの葬儀の帰りだった。 アーズガルドが表向きに発表したサイラスの死因は、「病死」。 アイゼンは真っ赤な口を開けて笑った。 「それを信じるのか?」 「いいや」 ロビンは首を振った。「いいや」 「てめえに、傭兵の誇りはあるか」 「俺が? 傭兵?」 俺はアーズガルド家のものだ。傭兵じゃない。 「いいや、おまえは傭兵だ。――傭兵になれ! 世界でいちばん誇り高い傭兵と、アーズガルドの血を混ぜ込んでつくった、傭兵の王にな」 傭兵は嫌いだった。昨夜、殺されかけたばかりだった。 「おまえはもう、アーズガルドにもどることはできない」 ピーターが、底冷えする声で言った。6歳の子どもの声ではなかった。 ロビンはそのとき悟ったのだ。 ピーターの容姿は、サイラスの面影を宿していた。このおそろしい子どもが弟だと、ロビンは悟ったのだ。 ロビンとピーターは初対面だった。おなじサイラスの子であったが、母親が違う。 父に、べつの妻と子がいたことに、ロビンはおどろきもしなかった。そんなことを考える余裕は、そのときはなかった。ただ、あれは弟なのかと思っただけだ。 だから聞いた。弟だったら、父を殺された報復はするだろう。 「じゃあおまえが、アーズガルドの“王”になって、復讐を果たすのか」 ピーターは無言だった。 復讐。 自分にぴったりなのは、その言葉のような気がした。 |