「復讐か、そうか――てめえのおふくろを殺したドーソンを恨んで終わりか?」

 

 そうだ。俺の母親はドーソンに殺されたのだ。だから自分は、ドーソンが憎い。

ドーソンだけではない。すべてが憎かった。軍人と名の付くものすべてが憎かった。

ついでにいえば、傭兵も憎かった。

傭兵には昨夜、殺されかけたばかりだ。

すべてが憎かった。

あのときのロビンは、怒りに浸かっていた。

ピトスの死体は打ち捨てられた。その死体をひろって帰ったのはヤマトの傭兵だが、ピトスはアーズガルドでも、養子に入った貴族の家でも、ヤマトでも、葬儀はしてもらえなかった。

 

軍人も傭兵もくそくらえだ。

軍事惑星などくそくらえ――だが、ロビンの心に、わずかな人の感情を取り戻させたのは、あの酒屋の主人だった。

身体を壊して、傭兵をやめた酒屋の主人。

たったひとりになったロビンに、慈悲をくれたあの男を、ロビンは思い出した。

彼がロビンにくれたスープとパンは、彼の、その日に食べることができる唯一の食糧だった。ロビンはそれを知っていた。

それを知っていたのに、空腹に負けて貪ってしまったロビンを、彼はずっとやさしく、しかも悲しい目で見つめていた。

彼は、ロビンの世話をすることを、できはしない。あまりに貧しかったからだ。

 あのひとのいい酒屋の主人は、たったひとりで、あのスラムで、年を取ってだれにも看取られずに死んでいったのだろう。

 ロビンが成人してからも、さんざ見てきた、傭兵の末路だった。

 10歳だったロビンも、アイゼンたちに会わねば、さして変わらない運命をたどっていた。

 この墓のまえで、野垂れ死にしたのだろう。

 

 あのとき、わずかでもロビンの心が傭兵に傾いたのは、あの酒屋の主人のためだったかもしれない。

 

 傭兵の人権と権利を軍事惑星でもつことが、プロメテウスの悲願であると、ロビンに叩きこんできた母は、「それは血のなせる業よ」とでも言っただろうか。

 しかしちがった。

 あのとき、ロビンの心に残っていたのは、プロメテウスでも母でも、父でもなく、あのやさしくもあわれな酒屋の主人だった。

 

 ロビンは、絶望と、困惑のなかでつぶやいた。

 ――あのひとことを。

 

 「ピーターがおまえの存在を迷惑がっているから、お前の記憶を消す」

 アイゼンはおもちゃでもかくすような言い方をした。

 「いいか。おまえは今から、俺の親友だ。タキが“そうする”。――その言葉を、二十年後も覚えていたなら、」

 アイゼンは、ロビンを指さした。

 「俺が、おまえの望みをかなえてやるよ」

 

 

 

「傭兵になったぞ」

ロビンは笑った。アイゼンも満足げに言った。

「ああ。おまえは名を上げた。メフラー商社の実質、ナンバーワンランクの傭兵だ」

ピーターは無言で、ロビンを見すえていた。

なんて、あのころと変わらない目をしているのだ。

「俺は、アーズガルドなんぞ興味はねえ。おまえの“席”なんか、狙ってねえよ」

「……」

 

ロビンは背を向けて、墓のまえを掘り返した。ちいさなころは、ふかくふかく埋めたと思った場所。大人の手で掘り返せばすぐ見つかった。

ブレンダン・クッキーの箱。なかには、椋鳥の紋章があった。

 

「俺は傭兵だ――“ロナウドの計画”にも、“アーズガルドの後継者席”にも興味はねえ」

アイゼンは、ますますウキウキとした顔をした。対照的に、ピーターの顔いろは沈んでいくように見えた。

 

(復讐か)

あのときは、絶望と悔しさと怒りで、それを考えることしかできなかった。だが、この二十数年で、復讐はぐつぐつと煮込まれて濃厚さを増したか? 

――おかしなことに、そうではなかった。

まるで濾過されたように、胸中を飛来する感情は、凪いでいた。

記憶をなくしていたからか? つねに憎しみを抱きながら生きてきたわけではなかったから? 

ちがう。

ロビンは、傭兵として生きてきたからだ。

メフラー親父やアマンダが、そう育ててくれたからだ。

 

煮えくり返った腹では、なにを成し遂げることもできやしない。

感情にとらわれるな。

頭を冷やせ、腹をくくれ。大局を見ろ。

――瞬間に、ゼロに、還れ。

 

どんな任務でも、それがあったから、生きてきた。

そして。

 

 (あの階段に、ぜんぶ捨ててきた)

 

 血を噴き、肉を焼かれ、すべてそぎ落として置いてきた。

 憎悪も、悲しみも、思い出も、記憶も、過去も、ぜんぶ――。

 自分の足をすくませようとする、後悔も。

 ふかいふかい、魂の底に眠っているような過去でさえ、ほじくりかえして投げ捨ててきた気がした。

 すべてが、軽かった。

 なにも持たずに生きてきたけれども、いまは、いちばん軽い気がした。

 この身ひとつで、生きていける。

 

 (俺は、メンドウなことは、なにより嫌いだったはずなんだが)

 

 ――あの男は、だれよりも軽かった。

 まるで、羽のように軽かったのに、いつも口癖はそれだった。

 

 ロビンの、魂の師。

 

 そこまで考えて、ロビンは首をかしげた。

 あんな口癖の傭兵が、いたっけか。

 メフラー親父やアマンダは、ロビンが「面倒くさい」というと、すぐゲンコツが飛んできたから彼らではない。アダムでもない。アダムは面倒なことによく巻き込まれる男だ。

デビッドのような気もするが、あいつの「面倒くさい」はふつうの「面倒くさい」だ。

彼の面倒くさいは、意味が違った。

 

 彼は実にシンプルだった。

 綿毛が飛ぶように軽く飛び、どこへでも行く。

 

 (あれはいま、どこにいる)

 今でも相棒の黒いタカと、世界のどこかをうろついているのだろうか。 

 

ロビンは椋鳥の紋章を指ではじき――パシリと受け止めた。

 そして、あのとき、アイゼンを大爆笑させた言葉を、もう一度吐くことにした。

 

 『ここが、傭兵の星だったらいいのに』

 おさないロビンはそう言った。

 アイゼンは、あの言葉を本気にして、計画をすすめてきた。

 子どもの口約束だったが、ロビンが発した言葉だ。

 それが、いつしか、「プラン・パンドラ」なんて、大層な名前が付けられて、大々的な計画になっているけれど。

 

あのときの心境は思い出せない。

だが、あのやさしいおじさんは貧しかった。彼のいた傭兵グループも貧しかった。

 母や叔母、プロメテウスたちが望んでいたのは、けっして、どちらかが壊滅する道ではない。

 軍人と傭兵が手を取り合っていける道。

 傭兵が、差別と貧しさに壊滅していくのではなく、軍人たちを壊滅させるのでもなく。

 バブロスカ革命のユキトの望みも、同じだ。

 ユキトのいとこである、今は亡きブライアンもそうだった。

 

 「プラン・パンドラ」は、子どものつぶやきからはじまった計画だけれども、ロビンにもその重みは分かっていた。

 吉と出るか、凶と出るか。

 災厄が飛び出すのか、壺の底に希望はあるのか。

 まったく分からない、パンドラの壺。

 

 「ピーター」

 ロビンは言った。

 「おまえが俺の弟なら、協力しろ」

 「……」

 「おまえだって、軍事惑星の崩壊は、望んじゃいないはずだ」

 ピーターの表情が、一変した。いままでの懐疑的な顔つきが、驚きにかわり――そして、ずいぶんと、静かな表情になった。

 ロビンはそれを認めて、苦笑した。自分はずいぶんと、疑われていたらしい。

 

 「――L18を、傭兵の星にするぞ」

 

 



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