『君が“賢者”だな』

今度は映像でない、ほんものの着ぐるみの、白ネズミの王が姿を現した。彼は、凶悪な顔をして、エーリヒを指さした。

『君が“アリーヤ”、つまり棋士となる』

 

エーリヒは、ただちに自分がつくべき場所を悟った。ルナがすわらせられた椅子――市松模様の盤を見下ろす、すこし高い位置に、豪奢な椅子とテーブルがある。テーブルには、ちいさなチェスの盤。

チェスボードをはさんで向かいに、同じものがある。そちらに、白ネズミの王がすわり、エーリヒと対局するのか。

だが、これがチェスでないのは、あきらかだった。

「これは、市松模様の盤だが、チェスではなく名称はシャトランジ、つまり、古代ペルシャのチェスかね」

『駒はそうだが、システムは違うぞ』

「そのようだ」

シャトランジには、市松模様の盤は必要ない。

ちいさなチェス盤の手前に、丸いちいさな穴がいくつもならんでいる。ここになにか、はめこむ必要があるらしい。

 

『“シャトランジ!”をつくったのは、千年前のサルディオーネ、つまりぼくだ』

 

白ネズミがぶわりと二重に重なった。残像を残すようにずれて、二体になった。王冠を被った白ネズミの王様が、ルナと対面の玉座に座り、メガネをはめた白ウサギが、エーリヒの向かいにある対局席にすわった。

 

そのとたん、暗がりだった世界が、スポットライトを浴びてあかるくなった。

市松模様の盤には、駒がならんでいる。自動車ほどもある巨大な駒だ。

ただ、敵方の「賢者の白ネズミ」の盤の駒は、生きているように、目が緑色の光を宿している。エーリヒ側の駒は、まるで電源がはいっていないかのように、しずかだった。

 

『ぼくと月を眺める子ウサギが“シャー”(王)、君と“賢者の白うさぎ”が、“アリーヤ”(棋士)だ』

白ネズミの王様は、ゆうぜんと王座で足を組んだ。

 

『君が負ければ、“シャー”(王)は死ぬぞ』

 

『“ハイダク”(歩兵)をE−3へ!』

メガネの白ネズミ――「賢者の白ネズミ」が叫んだ。

いきなり勝負が始まった。

「待ちたまえ!」

ルールの説明もなしか!

エーリヒは叫んだが、勝負ははじまってしまった。

先手後手を決めることもないとはどういうことだ。

 

敵の駒――チェスのポーン(歩兵)とはちがう、半透明の巨大な円柱状の駒が、ズズン……と音を響かせて一コマ進んだ。

ルナは口を開けてそれを見つめた。

円柱の駒の中に、なにかいる――緑色に目を光らせたネズミが、ルナのほうをギラリとにらんだ。

ルナの目から、たっぷりと、涙があふれた。――恐怖のために。

「えっ、え、え、えーりひ……」

「落ち着きたまえ。かならず勝つ」

そういったものの、エーリヒの額には、今までの人生でかいたこともないような汗が流れていた。

 

 

 

遊園地の受付を抜け、さいしょの大広場を左手に向かったペリドットたちは、いくつかの遊具を通りすぎ、ちいさな広場まで来た。

目的地は、白ネズミの女王が閉じ込められているはずの牢獄がある、「女王の城」のアトラクションだ。

ルナはきっと、そこにいるはずだ。

 

「これ……」

ミシェルが、うさぎのポーチを拾った。

「ルナの星守りが入っているポーチだ……」

「やはりルナは、このルートを通ったか」

ペリドットは確信した。

ミシェルがポーチをたいせつそうに手のひらに収めたとき、周りから、ものすごい歓声が聞こえた。ペリドットの足も止まった。

それが歓声ではなく、威嚇の大音声だと気付いたときには、アズラエルたちはすっかり、ネズミの大集団に囲まれていた。

「なんだおまえら!?」

『女王様の城へは、行かせん!!』

三メートルもあるような巨大ネズミが、次々に襲いかかってくる。

「きゃあああ!」

ミシェルの悲鳴が、廃墟の遊園地にひびいた。

 

 

 

「ピエト! ピエト、聞こえるかね!?」

「き、聞こえてるよ!!」

ピエトは扉に張り付いた。中からエーリヒの声が聞こえる。

「クラウドを呼んできてくれ! ただちにだ!」

「わかった!」

ピエトは、運動会でもこれほど本気で走ったことはない勢いで、もと来た道を駆け出した。

 

 「どういうことだ! ずるいぞ!?」

 さすがにエーリヒの顔にも焦りが見えた。味方の駒がまったくうごかない。敵方の駒だけ勝手に動き、移動する。

 賢者の白ネズミが最初に動かした“ハイダク”(歩兵)が、ルナの目前に迫り、急に姿を変えた。

“フィルズ”(将軍)となった駒の中から、槍を振り上げたネズミが出て来た。

 「賢者の白ネズミ」が宣告する。

 

 『“シャー・マート”(王は死んだ)』

 

 「ルナ!」

 遠くで、エーリヒの絶叫を聞いた。

 「ぬいぐるみで自分を守れ!!」

 「うきゃああああ!!!」

 ルナは泣きながら、ピンクのウサギをかざして、頭をかばった。巨大なぬいぐるみに、ふかぶかと槍が突き刺さった。槍の先は、玉座のひじかけに突き刺さって、止まった。

 ルナは震えながら、それを見た。

 槍の穂先は、ほんものの刃だ。

 ――あんなものに刺されたら、死んでしまう。

 

 「ルナ! 無事かね!?」

 「だ、だいじょうぶ……」

 かろうじて答えたが、震えは止まらなかった。

 (ルーシー、ルーシー! いったい、この遊園地はなんなの……!)

 

 



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