「さて、“裏切られた探偵”だけど」

 アンジェリカは、動物の出ていないカードの意味を、ルナに教えてくれた。

 「“ZOO”カードなのに、動物が表示されてないってことは、カードの持ち主は、前世か、今世において、魂におおきなキズを負って、人生や目的を見失ってしまったひとだという証なんだ」

 「――ミシェルが、そうなの?」

 「そうだね。カードに、本来の魂の姿が出ない」

 「あの、あのね、ミシェルは多分、シェパードのはずなの」

 「シェパード?」

 ルナがかつて見た前世の夢では、シェパードとして出て来た。おそらくあれがミシェルだろうと説明したが、「うん――」アンジェリカの気難しい顔は、ゆるまなかった。

 

 「カードに動物の名前や姿がないカードは、リハビリもリカバリも、できない」

 「……!」

 「つまりどちらかというと、今の段階では、お手上げ――動物が出てくるまで、待つしかないって状態なの」

 「ええっ!?」

 ルナは、困り顔をした。

 

「“裏切られた保育士”のことを覚えてる?」

 「う、うん。ロイドね?」

 「彼みたいに、現実的に、“魂のキズとなっている原因”が解決して、癒されないと、ほんとうの姿をとりもどすのはむずかしいかもしれない」

 

 あのときおそらく、ロイドの苦しみは、アズラエルがきっかけとなって、癒されたのではないかとルナは思っている。一度はキラと別れたが、ロイドの悲しみを真正面から受け止め、キラとの仲を取り持ったアズラエル。そして、メアリーやジェニファーの存在が。

 ミシェルの魂のキズ――ルナは、うさぎ面になって考えたが、なにに傷ついているのかもわからない状態で、どうすればいいのかなんて、ちっともわからなかった。

 裁判のことも、いまだによく、わからないのだ。

 

 「アズは、ミシェルの裁判への執着を、異常だってゆってた」

 ルナは思いきって言ったが、アンジェリカはうなずいた。

 「異常行動は起こすよ」

 「……!」

 「こういうカードで出てくる人物は、魂のキズが癒されないかぎり、周囲からすれば、理解できない行動を起こす。それも、魂のキズに起因している行動をね」

 

 ――裁判。

 ミシェルは、裁判に関するキズを負っているのだろうか。

 

 「……リサは、ミシェルのキズを癒すことはできないのかな?」

 「“美容師の子ネコ”ね」

 アンジェリカは、“美容師の子ネコ”のカードを出した。すると、黄色と黒のしましま模様が、「エマージエンシー」をあらわすように光り、赤い矢印が、“美容師の子ネコ”を指して、点滅しはじめた。

 

 「“カウサ(原因)”――おどろいた――“裏切られた探偵”のキズのもとになってるのは、“美容師の子ネコ”だよ!」

 

 「ええっ? じゃあ、別れて正解だったの?」

 ルナはうさ耳をぴょこん! と立てた。

 「でも――“裏切られた探偵”の運命の相手は、“美容師の子ネコ”だ。彼らは惹かれあってる――今でも」

 ルナも目を見張った。

たしかに、ふたりのあいだに、濃い赤い糸が結ばれている。

 薄くなってもいなければ、色あせてもいない。

 恋の炎が燃え上がるように、真っ赤な糸が、ますます煌めき、ふとく激しく、らせん状となってうずまいている。

 ミシェルが言ったとおり、愛し合っているけど別れたというのはほんとうなのだ。

 

 (でも、どうして?)

 こんなに、想いあっているのに――。

 

 「これ以上の相手はいないよ。これだけ糸が太ければ、別れることなんて、ぜったいにないはずだ」

 アンジェリカも、不思議そうな顔で糸を見つめている。

 「おかしいな――前に見たときは、こんなに素晴らしい相手じゃなかったのに」

 アンジェリカのひとりごとは続く。

 「やっぱり、ほんとのZOOの支配者になると、こんなに見え方がちがうんだ……すごいな……」

 「アンジェ?」

 「あ、ごめん」

 いつもながら、自分の世界に入り浸っていたアンジェリカはあわてて謝った。

 

 「ルナ、見て。糸のきらめきを。真っ赤だけじゃなく、紫もオレンジも混合してる。つまり、ふたりは、情熱的な恋だけじゃなくて、夫婦になってもいつまでも熱い恋がつづくし、尊敬しあう間柄でもある――こんな相性は、何億分の一の確率だよ」

 「えええ!?」

 「それなのに、別れるというのはなにかある。外部からの障害か――ええと、」

 アンジェリカは途方に暮れた顔をした。

 「動物の名が出てないカードは、マジでむずかしい――本人が語りたがらないから、周囲からの情報で推理していくしかない」

 

 「アンジェ、ミシェルは、よくわかんないけど、“裁判”にこだわり続けてるの。なにか関係がある?」

 「裁判?」

 アンジェリカは、不思議そうな顔をした。

 「裁判――裁判や調停、そんな象意は、出てないよ?」

 「えう!?」

 ルナは叫び、アンジェリカはますます、理解できない顔をした。

 「マジで。出てない――え? 裁判に出るの?」

 「――あたしもよく――わかんないけど――ミシェルは、大企業相手に裁判を起こしてて、それのボディガードをアズに依頼してて、――リサもずっと前、ミシェルが裁判にこだわるのをずっと怒ってて、別れる別れないの話になって――」

 「……」

 アンジェリカも絶句した顔で唇を舐め――言った。

 「そんな大ごとなら、いくら心を閉ざしたカードでも、出るはずだ」

 アンジェリカは手をかざした。

 「たとえば、“デサストレ”(災難)の象意とか」

 このあいだ、フローレンスのカードに出た、トランプのジョーカーみたいなお化けは出てこない。

 

 「……ルナ」

 アンジェリカは真剣な顔で言った。

 「ZOOカードだけで見るとね、この“裏切られた探偵”のカードは、なにかに“裏切られた”から傷ついている」

 「――!」

 「そして、もうひとつの不思議さは、このカードから、真っ赤な糸しか出てないってことだ」

 

 アンジェリカが指を鳴らすと、“裏切られた探偵”に縁のあるカードがずらりと現れた。

 アズラエルやロイド、クラウドのカードがならぶとともに、ルナが知らない人物のカードもたくさん並んだ。

 だが、アンジェリカが言った通り、リサのカードとミシェルを結ぶ、赤い糸一本のみで、ミシェルカードから、ほかに糸は出ていないのだった。ふつうなら、青や緑、黄色や黒――さまざまなカラーの濃淡で埋められるはずなのに。

 
 「つまり、“裏切られた探偵”は、ほかの人間のことは“どうでもいい”の」

 「……!」

「徹頭徹尾、“美容師の子ネコ”のことしか考えてないんだ」

 

 深層心理ではね、とアンジェリカは言い、黙って、カードを見つめた。

 ルナも、これ以上は、言葉も見つからない。

 どう考えていいのかも、わからなかった。

 

 



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