翌日、一時間ほどウロウロうさぎになったルナは、ついに決断した。

メンズ・ミシェルのことを調べてもらおうと、アンジェリカに電話をしたのだった。

『いいよ。ルナ、あたしンち来れる?』

 「う、うん! ごめんねアンジェ!」

 『ルナもZOOカード持ってきて。あたしまだ、ルナの見たことないもん』

アンジェリカは、こころよく請け負ってくれたが、なにしろ、彼女にZOOカードの占いの依頼をするということは、ものすごい金額が必要だ。

先日のフローレンスの一件では、セルゲイ(※中身はパーヴェル)がいろいろ手配して、「セプテントリオ」から、アンジェリカに報酬がいった――というのは、あとからルナが聞いた話なのだが。

いくらぐらいかかるのだろうと戦々恐々だったルナは、おそるおそる聞いたが、アンジェリカは破顔一笑した。

『じゃあ――報酬は、マンゴープリンがいいな!』

「ありがとうアンジェ!!」

ルナは涙目でアンジェリカに感謝した。

 

というわけで、ルナは、自分のZOOカードボックスを持参で、アンジェリカの自宅へお邪魔した。

K05区にあるこぢんまりとした平屋は、ちいさな庭があって、白壁のうつくしい家だった。

「お邪魔します」

「ようこそ!」

 アンジェリカが、コーヒーを用意して、待ってくれていた。

 「ルナがあたしンち来るのも、じつは初めてじゃない?」

 「そうなの」

 今は、サルーディーバと二人暮らしだという家は、手狭ではあるがすっきり片付いていて、居心地のよさそうな家だった。

 「すごくなんか――整理整頓されてる」

 ルナは、整然とそろった雑貨や、ほこりひとつなく磨かれた床に、感嘆した。

 「姉さんが、掃除好きでさあ、家の中はいっつもキレイ」

 「……」

 そういえば、このあいだK19区の遊園地の総本部(※りんごの建物)も、アントニオとサルーディーバが掃除してくれたのだった。

 (サルーディーバさんが、掃除……)

 彼女が掃除する姿など、想像もできないルナだったが、あのとき彼女は、たしかに掃除スタイルで、汚れたワンピースにエプロン、頭にスカーフを巻いていた。

 「姉さん、掃除だけはできるんだよ。ごはんはつくれないけど」

 サルーディーバは真砂名神社へいっているらしく、留守だった。アンジェリカの部屋に通され、そこでルナは、ルナの部屋にあるものと同じ、庭付き一戸建ての家を見た。

 「すごいなにこれ! 豪華!!」

 アンジェリカが買い込んだだけあって、調度品は豪華だった。どことなく、アンジェリカとサルーディーバが暮らしている、この家に似ている。この平屋自体はシンプルだが、アンジェリカたちは、もともとがL03の貴族である。ほとんどユハラムたちに持たせたといっても、自前の家具は高級品ばかりだ。

 白ネズミの女王がコーディネイトした内装も、華やかなお城のなかのようだった。

 

 「こう……なんていうか、性格とか好みが出るよね。こういうの」

 「うん……あ、これ、おみやげ」

 ルナは、つくってきたマンゴープリンをアンジェリカに渡した。

 「うわあ! うまそう――ありがと!」

 お見舞いにもらったマンゴープリンが美味しくて、あれからマンゴープリンに目覚めて、マンゴーものばっかり食ってる、というアンジェリカは、スプーンを出してきてルナに手渡してから、ルナの白銀色のカードボックスを見た。

 

 「模様がやっぱり、ちがうね」

 「ペリドットさんのとは、ちがってた」

 アンジェリカはルナのZOOカードボックスを、三百六十度、あらゆる角度から眺めて、ふたを開けた。

 「銀色の箱に、藤色のカードケース……きれいだなあ」

 ZOOの支配者である、アンジェリカの手を、ZOOカードは弾くことはない。彼女は、カードケースを手に取って、カードを出した。

 

 「カードはやっぱり、みんな同じだな――このあいだの報告、聞いたよ。ルナは“黄金の天秤”で、サルディオネになるんだって?」

 ルナは言われて、思い出した。

 「う、うん――まったく意味がわからないけど、うさこがそうゆったの」

 どちらにしろ、月を眺める子ウサギはあれきりほとんど出てこない。サルディオネや、黄金の天秤に着いての説明も、なにもない。

 アンジェリカは、カードを箱にもどし、銀色のふたを閉めてから、ルナにマンゴープリンをひとつ渡した。

 「食べよ」

 アンジェリカはまたたくまにひとつ平らげ、二個目にスプーンを突っ込みながら言った。

 

 「あたし、アンタに初めて出会ったとき、こっちに引っ越してきなよっていったよね? あたしらとルナは、同じ種類の人間だって」

 「うん」

 「あたし、ルナがサルディオーネになることは、知ってた」

 

 「ええっ!?」

 ルナは、飛び上がった。正座のまま――うさぎよろしく。

 

 アンジェリカは、ルナの驚きようを見て、苦笑した。

 「ちゃんと、ルナを占ったときに、それは出てたんだよ。今だから、言えることだけど」

 「……」

 ルナは口をあんぐりと開けた。

 「あのとき言ったって、ルナにはさっぱり意味が分からなかっただろうしね。でも、それを考えると、ルナがZOOの支配者になったのも、意味のないことじゃないんだよ」

 「え?」

 「あたし、ZOOカードのほかに、宇宙儀の占いもできるでしょ? それはあたしが、占術の基礎を、宇宙儀の占いのサルディオーネ様に習ったからなの」

 「そうなの!?」

 「サルディオーネになる者は、サルディオーネのもとで修業をする。――それは、古来からの定めなの。あたし、ルナの師匠になるのかなって思ってた。だから引っ越しておいでって言ったの。ルナはきっと、ZOOカードで占術の基礎を学ぶんだよ」

 「なるほど……」

 ルナは感心してうなずき、眉とうさ耳をへの字にした。

 「アンジェと違って、ZOOの支配者とは名ばかりで、好きには動かせないからなあ……」

 「あたしだって、最初はそうだったよ。宇宙儀の読み方はまったくわからなくて、間違ってばかりで、ほんと大変だった」

 アンジェリカは懐かしそうに言った。

 「でも、今は、宇宙儀も、もっとふかいところを読めるようになった気がする。ルナもきっと、ZOOカードをあつかっていく段階で、気づくときが来るよ。黄金の天秤の占いも、どんなものかは知らないけど、きっと役に立つって」

 「うん!」

 

 ZOOカードは、アンジェリカとマリアンヌがつくったものだ。マリアンヌの化身である「ジャータカの黒ウサギ」が、ものすごくくわしく教えてくれて助かっているとルナが言うと、アンジェリカは納得した。

 「あたしとマリーがルナの師匠になるってわけだ。――そういや、今日は、なんの相談に来たの?」

 「あ、実はね……」

 ルナは、ミシェルとリサのことを話した。

 

 「“裏切られた探偵”と、“美容師の子ネコ”か。裏切られた探偵のほうは、ルナが助ける人物の中に、入っていたね……」

 アンジェリカは、すこしむずかしい顔をした。

 

 「ちょっとね、動物の名が入っていないカードは、めんどうくさいんだ」

 「え?」

 「ルナの勉強にもなるから、略さずに行くね」

 アンジェリカは、自分のZOOカードで、“裏切られた探偵”――つまり、ミシェルのカードを出した。

 

 「あれ?」

 ルナははじめて、違和感に気づいた。

 このカードは、閉ざされた扉に、でかでかと、“裏切られた探偵”という、表札がかかっているだけの絵柄だ。

 ルナがさいしょに、椿の宿で見せてもらったZOOカードの数々――あのときは、ZOOカードというものを見るのも初めてだったし、ものめずらしさもあり、カードに「動物」がないということに――そこまで気付くことができなかった。

 それに、ツキヨのカードの“月夜のウサギ”も、満月がぽっかり浮いているだけのカードだったから、ほかのカードとの違いに気付かなかったのだ。

 

 「“月夜のウサギ”のカードは、ちゃんとウサギがいるよ。ほら、」

 アンジェリカは、“月夜のウサギ”のカードも出してくれた。ルナが目を凝らしてよくよく見ると、お月さまの中で、本を読んでいるウサギの姿が、うっすらと、見える。

 「彼女は、ものすごく心優しい人だよ。神様みたいな人だ」

 「……うん」

 「だからもう、お月さまと合体して、見えないくらいになっているの」

 「合体!」

 ルナは、ツキヨおばあちゃんのカードを、目を白黒させて見つめた。でも、おばあちゃんが神様みたいに心優しいひとだというのは、ものすごく納得した。

 (おばーちゃん……)

 



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