百八十一話 アストロス Ⅰ



 

 惑星アストロスには、ふたつのおおきな大陸がある。

ナミ大陸と、ジュセ大陸――そして、ふたつの大陸を結ぶアンブレラ諸島と、ちいさな島々が点在する。

 ジュセ大陸は、ナミ大陸の三分の一ほどのおおきさで、ハダル、バーダン、メンケントの三大都市がある。

 もっともおおきな大陸であるナミは、五つの都市にわかれている――南にサザンクロス、東にアクルックス、西にガクルックス。ほぼ中央の、いちばんおおきな面積を持つケンタウル・シティ。

 現在は、ケンタウル・シティが政治や経済、文化の中心地――アストロス最大の都市であり、他星からの玄関口となっている。

 

そして、古代都市クルクス。

 ケンタウル・シティの真上に、ジュエルス海があり、エタカ・リーナ山岳とはさまれるようにして、かつて星の中心地であった、古代都市クルクスがある。

 アストロスの神代の時代を、現代にまでのこす遺跡だ。

 いまは、アストロスの有名な観光名所となっており、「サルーディーバ遺跡記念公園」がある場所として、一般観光客に開放されている。

 古代都市クルクスには、高い城壁がそびえたっており、ジュエルス海に隣接していながら、海岸から直接はいることはできない。古代には、交易の港があったらしいが、ラグ・ヴァーダの武神とアストロスの兄弟神のたたかいがあったときから、港は閉ざされ、遺跡として残るのみとなった。

 現在、クルクスに入るには、ジュエルス海から船でアクルックスに上陸し、クルクスの玄関にたどりつくか、アクルックスを縦断していくか、道はふたつだ。

 兄弟神が門のようにそびえたつ正面門だけが、ひとびとに解放された玄関口だった。

 

 そして、北極海域と呼ばれる氷の大陸と、ひとが住める陸地をへだてるかのようにそびえたつエタカ・リーナ山岳。

 峻険にして、生きとし生けるものをまったく拒むかのような山脈である。吹雪がひとの侵入を常に阻み、夏でさえ草ひとつ生えず、ひとびとに、わずかな恵みももたらそうとしなかった。

 古来より霊峰と崇め奉られる山脈――なによりも、この山岳のガクルックス・シティ側に、かの不吉の象徴――ラグ・ヴァーダの武神の剣を封印した箇所がある。

 山岳の、おそろしい霊威が、ラグ・ヴァーダの武神の剣を鎮めているという伝承があった。

 

 畏怖の歴史しかない山脈である。そもそも、さだめられた人間しか、この山岳には入ってはいけないという言い伝えは古くからある。ゆえに、山脈に住む人間はいないし、動物も存在しない。

 草木すら生えない、氷河に覆いつくされた山岳なのだ。

そういうわけで、まさか、その山岳にメルヴァたちが身をひそめ、シャトランジの起動装置がある洞穴があるなどとは、だれも思いもしなかった。

 アストロスの民も――L20の軍勢も、である。

 

 今年の初めに、メルヴァは、エタカ・リーナ山岳のふもとに暮らす狩人のまえに、しばしば顔を見せた。――挑発でもしているかのように。

アストロスにいたL20の軍と、アストロスの軍は、すぐにメルヴァ逮捕に向けて行動を開始した。

 だが、山岳は、アストロスの軍人でも二の足を踏むほど峻険であり、夏冬関係なく猛吹雪に見舞われる。特殊部隊で編成された調査隊が、メルヴァ発見の知らせを受けた場所まで調査しに行き、その目で見たのは、想像を絶する人数の軍隊だった。

 ひとの侵入を許さないエタカ・リーナ山岳に、こんなにも長い間潜伏していたこと自体も驚愕に値し、食糧はどうしているのかとか、どこから、この大軍勢が、だれにも気づかれずに入り込んだのかなど――疑問はあげればキリがなかったが、ともかくも、調査隊が逮捕できる人数ではなかったし、アストロスの軍隊だけでも、どうすることもできなかった。

 

アストロスで、メルヴァの所在が発覚したのは、1416年の1月である。

 すぐに救援要請が出され――フライヤに全権が託され、L20の「メルヴァ討伐隊」がアストロスに向けて出港したのは、2月であった。

 そして、L20の軍隊がアストロスに到着したのは、地球行き宇宙船がアストロスに到着する、二ヶ月前だった。

フライヤたちの大隊が到着するまで――六ヶ月ものあいだ、アストロスの軍隊と、先にアストロスに入っていた調査隊がなにもしていなかったというわけでは、ない。

 

 アストロスに待機していた軍隊は、ただちに厳戒態勢に入ったが、メルヴァが攻めてくる様子はなかった。

 こちらが、山岳へ軍を寄せることはできない。メルヴァが降りてくるのを待つしかないが、あの大軍勢で攻めかかってこられては、こちらも、ひとたまりもない――アストロスの軍とL20の調査隊は、戦々恐々として、メルヴァ到来にそなえた。

 だが、メルヴァは、一向に動かなかった。

どこから調達しているのか、彼らは水にも食糧にも困らず、極寒の山岳で、悠々自適に暮らしている。

 メルヴァは逃げているだけなのか――それとも、L03の者や、アストロスの歴史ある民たちがいうように、ラグ・ヴァーダの武神をその身に宿し、L系惑星群を破滅させるために、よみがえったのか。

 それならばなぜ、それを実行に移そうとしないのか。

 なにを企んでいるのか。

 どうして、アストロスにいるのか。

 だれにも、メルヴァの目的は分からなかった。

 

 だが、まったく変化がないわけではなかった。アストロスに、メルヴァ発見のニュースが流れようとも、ひとびとは普段通りに暮らした――わけではなかった。

アストロスでは、メルヴァ発見後から、避難する市民が続出したのである。

 ちかくのE002に逃亡するものもあれば、マルカまで旅立つものもあった――だが、ほとんどの住民は、ジュセ大陸のほうへ移動した。

だが、何ヶ月経っても、メルヴァとの交戦がはじまったという話はない。

 地球行き宇宙船が近づくころには、もといた都市にもどる人間も、出てきた。

メルヴァ発見はただのウワサで、幻でも見たのではないかと思う者が増えてきていた。

 

 だが、古代都市クルクスの民だけは、避難もしなかったし、メルヴァの目撃情報を、ウワサだとは思わなかった。

 

 「ラグ・ヴァーダの武神は、二千年前も、千年前も、L系惑星群でよみがえった」

 クルクスの市長、ザボン・MJH・サルーディーバは言った。

 「いま、三千年後、ラグ・ヴァーダの武神がアストロスの地を再び踏んだということは、アスラーエルとアルグレンの兄弟神とメルーヴァ姫様が、導いたにほかならない――つまり」

 フライヤは、クルクスの王宮をともに歩きながら、エルドリウスとほぼ変わらない年齢であろう、スーツ姿の市長の話を、真剣に聞いた。

 

 「三千年前の戦いが、ふたたび、この地で行われるということだ」

 

 



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