「あたし……ここで飢え死ぬの」 アニタは、絶望的な目で、一台も車がとおらない山道を見つめた。 思い立ってK07区の山中にあるコンビニエンスストアに向かったアニタは、だだっぴろい駐車場に入った途端に、気ぜわしく、タクシーから降りた。 アニタには、コンビニに明かりがついているように見えたのである。 「やった! 今日は開いてる!」 大興奮のために、ひろい駐車場にタクシーが入った時点であわただしく止めてもらい、金を払って、運転手がなにか言うまえに、「どうもありがとう!」とコンビニ向かって走っていった。 運転手は仕方なく、アニタを置いて、去った。 山中ではあるが、バスが一時間に一本は通る。タクシーだって、とおらないことはないだろう――彼はそう思って、去った。 コンビニエンスストア真ん前まで来て、アニタはがっくりと膝をついた。 「明かり……ついてると思ったのに」 陽の光が反射しているだけだった。コンビニは、いつもどおりシャッターが閉じられていた。 「マジかよ……」 ふりかえれば、タクシーもない。 「帰りやがった、薄情もの!」 待っていてくれというべきだったかもしれない――たしかに、今日のアニタはうっかり屋だった。 アニタは、寒空のなか、バス停で、次のバスが来るのを待つことになった。だが、バスは一向に来ない。バスどころか、タクシーも、自家用車も、一台も通らない。 よくよく、時刻表を見直してみると、驚愕の事実が発覚した。 「は!?」 船客が激減してきたため、三ヶ月前から、この通りのバスは、一日一本だけ。今日の分は、もう出ていた――午前十時に。 さっきのタクシー運転手も知らなかった事実だった。 「ちょ、え? マジか」 アニタは慌てた。この宇宙船は携帯電話がつかえない。狼狽してコンビニへもどると、野外のトイレは解放されていて、となりに公衆電話はあった。 アニタは受話器をひっつかんでから、また困惑した。 「だれに、電話すりゃいいの……」 もう、編集部の仲間はみんな宇宙船を降りてしまった。こんなとき、迎えに来てくれないかと頼める、気安い友人は、いまはいなかった。 ゆいいつの親しい友人――アニタが勝手に思っているだけだけれども、ソラのクシラは、今日定休日で、店には不在だろう。 担当役員は、二度と顔も見たくないヤツである。 ここで、タクシーを呼べよ、とだれも突っ込んでくれるひともおらず、気が付きもしなかったことこそが、厄日極まれり、であった。 「どうしよ……」 アニタは、コンビニに向かって叫んだ。 「す、すいませ~ん! だれかいませんか!」 返事はなかった。 アニタは真剣に悩んだ。K05区へ行くか、K07区の入り口へもどるとしても、徒歩で、何時間かかるのだろう。どちらが近いのだろう。 パンフレットを取り出して調べているうちに、雨が降りだした。 「なんなんだよ……今日、サイアク」 アニタは、コンビニの軒下に逃げ込んだ。 結局、そのまま五時間も――日が暮れそうになるまで待つなんて、アニタは思いもしなかった。 (雨、やまねえ……) 五時間、凍えながらアニタは、軒先で過ごした。雨がやんだら、何時間かかってでも、K05区のほうへ歩いていくつもりだった。担当役員にだけは、ぜったい助けをもとめたくなかった。 (寒いし、はらへった……) アニタが、うつらうつらとしかけたころ――一台のタクシーが、駐車場に入ってきた。車のライトが、アニタの目を刺す。 「天の助けー!!」 アニタは飛び上がって絶叫した。 傘を持って、タクシーから出てきたのは、金髪で背の高い、30代くらいのお兄さんだった。グリーン☆マートの制服を着ている。 「え? あ、あれ!?」 ニックは、コンビニの軒先に、女の子が雨宿りしているのを見て仰天した。 「ご、ごめんね! すぐあけるから!!」 凍え死にまたは飢え死にを免れたアニタは、「いやもうほんと! ありがとうございます!」と、おにぎりとサンドイッチ、揚げたてのからあげをむさぼった。 淹れたてのコーヒーも、アニタのまえに置かれる。アニタは、舌を火傷する勢いで口をつけた。 「死ぬかと思った。あたし、あそこで夜越すのかと思いましたよ」 今度から、寝袋持ち歩かなくちゃと騒ぐアニタは、ひっきりなしにしゃべりまくっていた。 ニックは、アニタが選んだ、新発売のトロピカル☆カレーらー麺とかいう、いまいち味が想像できないカップ麺にお湯を注いであげながら、 「いや、ほんとに申し訳なかったね」 と謝った。 「ここ数ヶ月、別口の仕事が入っていて、ほとんどコンビニは開けてなかったんだよ」 もともと、一週間に一度くらい、寄る人間があればいいコンビニだ。 ほんとうに――ごく、ごくたまに、二ヶ月に一度くらい、ツアーバスなんかが止まって、集団が来ることもあるが、それも、二年目くらいまで。船客もほとんど降りてしまった今、ますます寄る人間はすくなくなった。 たいてい、ここはバスも素通りだし、客が来ることはほとんどないから、閉めっぱなしにしていたと、ラーメンに湯を注ぐあいだ、アニタに負けず劣らずおしゃべりな彼は、それだけ言った。 「船客って、いま、何人くらい残ってるんですかね」 アニタは、おにぎりを貪ると同時に、髪や服を拭き終えたタオルを、礼を言ってかえした。 暖房が効いて、やっとあたたかくなってきた。 「そうだね。たぶん――二十人くらいかな」 「え! まだそんな、残ってるの」 「もしかして、君も船客?」 ニックは驚いたように言い――アニタは、気が緩んでこの話題を出してしまったことを後悔しながら――次に来る言葉に身構えたが、ニックはほがらかに笑った。 「そっか! すごいなあ。このままぜひ、地球に行ってね」 「……」 珍獣扱いされない。されなかった。彼が、クシラたちとおなじく、アニタを珍獣扱いしなかったことで、アニタは「ボッファ!!」と、涙と鼻水を、一気に目と鼻から吹きだすことになった。 |