ピエトが発った翌日の、午後一時だった。 地球行き宇宙船がアストロスに到着して、五時間。 その日、ルナはやっと、いつもどおり朝早く起きてきて、バーガスと一緒に朝ごはんをつくった。口数は相変わらず少なかったが、 「ルナちゃん、ぜったい、アズラエルはもどってくるからな」 というバーガスの励ましに、「うん」とちいさく笑みを見せるくらいには、なっていた。 そして、いっしょに朝食を食べ、皆を送り出した。 午前中に、セルゲイと一緒に荷造りをし、屋敷を軽く掃除した。そして、セルゲイがつくってくれた、レトルトのパスタの昼食を食べ終わったところだった。 ふと、屋敷が、一瞬だけ、ぐらりと揺れた気がした。 パスタを食べ終え、皿をシンクに運んで洗おうとしていたルナは、不思議そうな顔であたりをきょろきょろ見回した。 「ルナちゃん、いま、揺れなかった?」 野菜ジュースのパックを始末していたセルゲイも、言った。 「う、うん? いま、やっぱり揺れた?」 ヴーッ!! ルナが返事をしたとたん、けたたましいサイレンが、響き渡った。 「むきゃ!?」 ルナはもちろん、セルゲイに飛びついた。 「どうしたんだ!?」 テレビをつけようとしたセルゲイだったが、その必要はなかった。大広間のテレビが、自動でついたのが分かった。大広間の方から、ニュースの音声が聞こえてきたからだ。 外からも、警報の音にまじって、アナウンスが聞こえてくる。 セルゲイは腰に飛びついたルナを抱え上げて、大広間に走った。 『船客のみなさま、今いる場所を動かないでください。ただちに、担当役員が皆様のもとへ参ります。落ち着いて、落ち着いて、行動してください』 「なんなの!?」 ミシェルも、警報の音に跳ね上がった。 「なんの警報……?」 セシルが不安げに周囲を見まわしていると、アナウンスが流れはじめた。 「落ち着かれよ。セシルどの、ミシェルどの」 マミカリシドラスラオネザが、冷静に言った。 「メルヴァの来訪よ――なにがあっても、おかしくはない」 真砂名神社の拝殿には、二枚の絵が、まるでご神体のように飾られていた。ミシェルとセシル、セシルの担当、カルパナと、マミカリシドラスラオネザは、朝から、この絵のまえで、今後の計画を話し合っていたのだった。 アナウンスは、船客の避難を誘導している。だが、真砂名神社では、しずまりかえったようにだれも動かなかった。 真砂名神社の本殿のほうから、イシュマールとサルーディーバがやってきた。 「予定より早く、位置につきましょう」 サルーディーバの言葉に、マミカリシドラスラオネザはすぐに立った。 「よろしい。では、わたくしはK33区へ」 「じゃ、じゃあ、あたしは、K21区に――」 セシルは緊張のあまり青ざめていたので、サルーディーバが手を取って励ました。なにしろ、セシルは、前世が呪術師と言えど、今世は傭兵である。なにをどうすればいいのかなど、さっぱりわからなかった。 「そう、緊張なさらずともよい。いざとなれば、あなたの前世がすべて成し遂げてくれましょう」 「は――はい!」 「みんな」 ミシェルが、手を出した。 「力合わせて、ラグ・ヴァーダの武神から、この宇宙船を守ろうね!」 セシルとカルパナは、ミシェルの手に手を重ねたが、サルーディーバとマミカリシドラスラオネザは分かっていないようだったので、イシュマールが、「ホレ、こうして手を重ねて、誓うんじゃ」と見本を見せた。 「なるほど」 マミカリシドラスラオネザが重ね、サルーディーバが重ねた。さいごに、ミシェルがもう片方の手を乗せて。 「太陽の火からも、ラグ・ヴァーダの武神からも、みんなを守れるように!」 「うむ、誓おう」 「今度こそ、三千年前、二千年前、千年前からの誓いが成し遂げられますように――」 重なり合った手が離れたあと、セシルが、 「なんだか、元気が出てきた気がする……!」 とやっと笑顔を見せた。 「素晴らしい誓いですわ」 サルーディーバも微笑んだ。 「よき誓いよ――ミシェルどの、セシルどの、カルパナどの――そしてイシュマール、サルーディーバさま」 マミカリシドラスラオネザは言った。 「すべてが終わったら、ふたたび宴会を催したいものだ。エビフライの宴会を」 ミシェルとセシルは、顔を見合わせて笑い、かならずそうしようと誓った。 サルーディーバたちは、それぞれの持ち場へ去っていく。 真砂名神社拝殿には、ミシェルだけが残った。 「おまえさんは、拝殿におれ。すぐ、外に出られるようにな」 「うん!」 ミシェルは力強く返事をした。 「いよいよだね、おじいちゃん……!」 「うむ」 『貴重品をお持ちになり、ただちに避難を開始してください。担当役員が参ります。店内におられる方々は、その場の役員の指示に従ってください』 「アン! ネイシャ! 避難するぞ、ジュセ大陸の、メンケント・シティだ」 アナウンスを聞いたオルティスは、店にいたネイシャに、そう言った。 「う、うん!!」 ネイシャは大きな声で返事をし、チロルを抱きかかえた。 「いま、けっこう大きく揺れたわね……」 アンも、ネイシャを安心させるように肩を抱いてやってから、孫のヴィヴィアンを背負う用意をはじめた。 店内は、大パニックと化していた。 「なんだ!? なにが起こった」 「宇宙船が故障したのか?」 オルティスが客に向かって怒鳴った。 「ちがう! 安心しろ!」 「落ち着け! 焦るな! このなかに、船客はいるか!?」 フランシスの声に、返事はない。 「なんだ、ぜんいん役員じゃねえか。――それじゃ、いいかあ、みんな落ち着け。避難マニュアルに従って、避難するぞ」 「フランシス、こいつら頼んでいいか」 「ああ、おめえは、アンさんやネイシャちゃんを無事に避難させろ。みんな、行くぞ!」 フランシスが客たちと出ていくのを目で追い、ネイシャはオルティスのジーンズを引っ張った。 「もしかして――メルヴァが?」 ネイシャの顔は、気丈だったが、不安に揺れていた。 「そうだ。ネイシャ、おめえも傭兵だろ、みんなは宇宙船を守るんだからな。おめえも、しっかりチロルを守れ。おめえの任務だ」 「う、うん!」 「よし、チロルをしっかり結わえてな――アン、玄関と勝手口を施錠してくれ」 「だいじょうぶよ、ぜんぶ終えたわ」 オルティスは、しっかりとチロルのおんぶひもをネイシャに結びなおし、ヴィヴィアンを背負った、アンのおんぶひももたしかめた。ネイシャのものと、アンと自分の荷物が入ったボストンバッグを持つと、店内のシャイン・ボックスに入った。 |