「アニタ、避難するぞ。おまえの貴重品は、どうせそのバッグにぜんぶ入ってんだろ」 「そりゃ入ってるけど、あたしが服これしか持ってないような言い方だよね!?」 「おまえの服、それ以外見たことねえもん」 「乱暴な意見だよ? ちょっとそれ乱暴!!」 K07区の入り口に存在する、ほこりくさいドライブイン・ソラ。コンビニエンスストアと給油スタンドがいっしょになった、錆びた店の、真っ赤な頭で顔じゅうピアスだらけの店長、クシラと、それから薄幸の船客アニタは、ふたりとも、毎日変わらない格好で、いつもどおりの掛け合いをしながら、シャイン・システムに乗り込むところだった。 「しょうがねえな。ありがたく思えよ。シャインつかわせてやる。いますぐアパート帰って荷造りして、五分でここへもどれ。俺が避難させてやる」 「船客にその態度横暴!!」 「なんなら、おまえの担当呼びつけてやってもいいが?」 「ありがとうございます、クシラさま」 アニタは、シャインに入りかけ、それから戸惑ったように振り返り、聞いた。 「でも、船客は今いる場所を移動するなってアナウンスしてなかった?」 担当が呼びに来るんでしょ――そういったアニタに、またしても、暴言らしきセリフが与えられた。 「おまえの担当、クビになったぜ」 「ファ!?」 「だから、ここで待ってたって、だれも来ねえよ」 「フォ!?」 中央区の役員執務室の大スクリーンに、映像が映し出された。それは、役員たちですら、パニックになりそうな光景だった。 クラウドもグレンも、バグムントとチャンも、それを見た。 エーリヒも見ていた――三階ロビーの映像で、その場にいたおおぜいの役員とともに。 「きゃあ……!」 画面から上がる爆発音に、バグムントの隣の女性役員が、小さく悲鳴を上げた。 『担当役員は、ただちに、マニュアルに従って、担当船客を避難させてください。ただちに、避難させてください。行き先は、アストロス・ジュセ大陸方面――バーダン、およびメンケント――』 「冗談だろ……」 役員からですら、不安の声が漏れる。無理もなかった。 画面に映っているのは、まさしく、いま彼らが乗っている地球行き宇宙船で、宇宙の中で、爆発炎上し――崩壊しているのは、すぐそばで地球行き宇宙船を守っている、L20の軍機なのだから。 「見ろ! また突っ込んでいく!」 白いライオンのマークがついた小型宇宙船が、まるで隕石のように、つぎつぎL20の軍機に突っ込んでいく。小型宇宙船は、目を見張るほど数が多かった。L20の軍機も、それらを破壊していくが、数が多すぎて破壊しきれない。 また一隻、体当たりしてきた無数の小型宇宙船に巻き込まれるようにして、L20の護衛艦が爆発した。 「なんてやつらだ……」 バグムントが息をのんだ。 「みなさん、落ち着いてください! メルヴァ軍の軍機は、旧式のバレハ106で、軍事惑星群でもかなり昔のものです。あれらが一斉にぶつかってきても、地球行き宇宙船の重力バリアですら突破できません。それに、避難用の宇宙船には、距離が離れすぎていて、ビームも届きませんし、メルヴァの軍機は近づくこともできません。だから、安心して、乗客を避難させてください!」 軍事惑星出身者であるチャンの言葉は、執務室に残っていたすべての役員に安心を与えた。残っていたわずかな役員も、あわただしく執務室を出ていく。 バグムントとチャン、クラウドとグレン、執務室の総責任者と、三人ほどの役員を残して、みな、避難した。 『アース・シップ、アース・シップ、こちらL20護衛本艦イシス。メルヴァ軍の攻撃です。ただちに、アストロスへ乗客を避難させてください』 『アストロスへ移動する乗客用宇宙船には、メルヴァの軍機は近づけません』 『メルヴァ軍の宇宙船で、地球行き宇宙船を傷つけることはできません。過度の心配はなさらないでください。役員は、乗客の避難を優先してください』 艦長室からの音声案内と、地球行き宇宙船を守っているL20の護衛艦本船、イシスからの案内は、執務室だけでなく、地球行き宇宙船全域に、くりかえし放送された。 「なんてこった……こんな攻撃は、予定外だぞ」 バグムントの呆然とした声が、クラウドの耳にも届いた。 「あいつら、いったいどこから、これだけの宇宙船を、」 旧式のバレハとはいえ、これだけの数をそろえるのは、よほどの資金が必要だ。 (やはり、メルヴァの背後には、ドーソンの力があったのは間違いない) クラウドは確信した。 すべてが計画通りにいくとはだれも――クラウドも思ってはいないが、まさか、メルヴァ軍が宇宙船をあやつれるようになっているとは、いちばんの想定外だった。 L系惑星群では、下手をすれば先進的な原住民より文化の遅れがきわだつL03の王宮護衛官たちが、これだけの宇宙船をつかいこなし、攻撃をしかけてくることなど、だれも予想できなかった。 クラウドは、この戦いが、想像以上にくるしい戦いになるかもしれないことを、予感した。 「ルナさん!」 警報が鳴って、十分もしないうちに、カザマが姿を見せた。あの放送があってから、ルナもセルゲイもあわてて準備を終え、大広間で、カザマを待っていた。 「カザマさん!」 飛び込んできたカザマは、いつものスーツ姿ではなく、ジャケットにジーンズ、スニーカーのスタイルだった。 彼女は、ルナとセルゲイの服装も確認した。彼らも、ジャケットにカーゴパンツ、スニーカーと、動きやすく、汚れてもいい格好だ。 「よかったわ。動きやすい格好をしてらして。クルクスは寒いですから、厚いコートは」 「だいじょうぶです。用意してます」 セルゲイは、二人分のダウンコートを手にしていた。 「カ、カザマさん――いまの放送なに? なにが起こったの?」 ルナが聞くと、カザマは、真剣な顔で告げた。 「いよいよ来ました。メルヴァ軍の総攻撃がはじまったんです」 「ええっ!?」 「じゃあ、今の地震は、もしかして――」 セルゲイがきくと、カザマはうなずいた。 「メルヴァ軍の小型宇宙船が、地球行き宇宙船に攻撃をしかけているんです」 「――!」 船客をパニックにさせないためか、中央区役所で流れている映像は、テレビには流れていなかった。 「だいじょうぶ。地球行き宇宙船が破壊されるような攻撃ではありません」 カザマは、ルナとセルゲイに向かって言い、 「さ、こちらへ!」 屋敷外のシャイン・ボックスに、三人は急いで乗り込んだ。 「み、みんなは? だいじょうぶ?」 ルナは思わず聞いた。カザマは、ルナを安心させるように言った。 「ツキヨさんとリンファンさんは、一週間前に、シシー担当役員とともに、メンケント・シティへ降りています。キラさんとロイドさんご家族は、ユミコさんが避難させますし、それから、ネイシャちゃんたちも、オルティスがいっしょですから大丈夫ですよ」 「う――うん、」 |