カザマの言葉が終わるか終わらないかのうちに、リムジンはまた右折した。住宅街の奥まった通り――並木道を過ぎ、河川に面した通りはそこだけ道路も広く、標識が立っていて、「227ストリート」と書かれた、洒落た看板がかかっていた。あきらかに、他の住宅街とは建物も光景も、一線を画していた。

一気に、視界にはいる緑が増えた。

227ストリートの道路は幅広く、通りには、四件しか屋敷が建っていない。そのどれもが広大な敷地だった。

リムジンは、一番奥の、左手の屋敷まえに停まった。

 

「これがあたらしい住居です」

シグルスが車のドアを開け、外へ促した。

「は……!」

「わ……!」

ルナたちは、口を開けて、お屋敷を見つめた。アズラエルたちも、口を開けた。

「おいおい――マジかよ」

「グレードアップしてる……」

 

K38区のお屋敷と、ほぼ変わらない豪邸が、めのまえに建っていた。しかし、K38区の屋敷とは比べ物にならないほど敷地は広い。

広めの庭と野外プール――庭は、子どもたちが全力ではしゃぎまわれるほど広く、花々と庭木で囲まれていた。プールは二十五メートルプール。目に痛いほど真っ白なプールサイドがここから見える。K38区の屋敷では暖炉があった側が、一面ガラス張りになっていて、プールサイドへ移動できるようになっている。

はなれにある車庫は地下と一階で四台収納OK、車庫のうえに、バーベキューができるテラスがあるのは、まえの屋敷と同じだ。

屋敷の二階には、テラス側に、ひろいベランダがあった。

周囲には、似た形状の屋敷が、ほかに三軒建っている。家々を区切るのは、白いガーデンエッジとレンガ、小川、そしてゆたかな木々だ。家々のすきまには、ちいさな森ができていた。

家々の側面を流れる小川のせせらぎと、小鳥の鳴き声。

 

口を開けっ放しのルナたちに、説明を始めたシグルスだったが。

「この河川敷をまっすぐあちらに降りていきますと、リズンのほうへ出られ――」

「ルウウウシイイイ!!! ミーシェルウウウウウウ!!!!」

「「ぷぎゅ!!」」

屋敷から飛び出してきたオーナーに、ウサギと子ネコは相変わらず羽交い絞めにされた。

「よくがんばったよ! 無事でよかった――ああ、よかった! あんたたちに何ごとかがあったなら、あたしがこのラグバダやらなんやらの化石をぶっ壊しに行くところだったよ――顔を見せておくれ」

ララは、ふたりの顔を交互に見、

「肝が据わった顔になった気がするね! もちろん、可愛さはそのままで! さあさ、屋敷に入っておくれ」

クルクスであったときも、ララに同じことを言われた気がしたルナたちだった。

ララはせわしなく叫びながら、ドアを開けた。

「なにもかもというわけにはいかないけどね! だいたい、そのまんまだよ!!」

 

ララが言ったとおり、屋敷の中は、K38区のかつて暮らしていた屋敷とおなじつくりだった。

入ってすぐの、三階まで吹き抜けの大広間――ララが引っ越し祝いにミシェルにくれた絵画も、ルナがもらった自動車も、すっかり焼失してしまったのだが、大広間の壁にはあたらしい絵画がかけられていた。

以前暖炉があったほうは、ガラス戸になっているので、暖炉があるのはガラス戸の真向かいだった。

暖炉の横には、セプテンの古時計がかざられている。以前と違うのは、いくつかのアンティークの品物と一緒に、サイドボードにかざられていたことだった。古時計は、避難前に耐火金庫に入れてあったので、無事だった。

天井に飾られたきらびやかなシャンデリアは、アンジェラがデザインしたものだ。

 

「同じだけど――同じだけど!?」

「なんかすごくなってる!?」

「気に入ってくれたらうれしいよ」

ララはふんぞり返りすぎて、真後ろに倒れそうだった。

「前の屋敷と同じ、三階建てで、三階の部屋はロフトつきだよ。三階には六部屋、二階は五部屋。一階は、書斎と応接間、そうそう、シャイン・システムは応接間にあるからね――ふだんは自動でロックされるから、防犯のために――それから浴室とダイニングキッチン、そしてこの大広間――各階にあったトイレはそれぞれの部屋につけたし、シャワールームもつけた」

「間取りにゃァ、地下室もあるぜ?」

アズラエルが、手渡された間取り図を見て言った。

「ああ。地下はトレーニングジムを置いた。あとで見てみな」

ララは付け加えた。

「トレーニング・ルームにも、シャワー室がついてる」

「最高じゃねえか」

K07区まで通わなくてよくなる、とグレンは笑った。

 

ダイニングキッチンには、食器や調理用具もすっかりそろっていた。浴室といっしょになった洗面所には、全自動洗濯機が三台ならんでいたし、書斎にはパソコンが三台、そなえつけられていた。

なによりも、最先端の様式とアンティークが混在したデザインは素晴らしいというほかなかった。口角が上がっていくのを、だれも止められなかった。

応接間は、大広間から続き、壁面がガラス張りで、ガラス戸を滝のように流れる水と音に、ルナたちは見とれた。応接室のガラス戸は開かないが、大広間は出入り自由だ。ガラスの向こうは森と小川。大理石の石が等間隔にならべられ、プールサイドまでの道をつくっている。

「しゅごいでしゅ」

一階の部屋をひととおり巡って、大広間にもどってくる間に、皆は感嘆のため息ばかり――ルナはそれしか言えなくなっていた。そこへ、インターフォンが鳴った。玄関ドアはカギがかかっていない。だれかが出るまえに、扉は遠慮がちに開けられた。

 

「こんにちは――みんな、いるのかな?」

玄関に立っていたのは、セシルとネイシャ、カルパナだった。

「セシルさん! ネイシャちゃん!!」

ルナがまっしぐらに玄関に向かって駆け、ミシェルに追い越された。ネイシャが、呆気にとられて天井を見上げていた。

「……すげえ。前の家とおんなじだけど、ますますすごくなってる」

「おはよう、みんな。なんだか、庭がすごかったね」

セシルも、興奮を隠せない声で言った。

「ここまで来るのに、だいぶ歩いたよ――今度は右手側に駐車場とテラスがあるんだね」

「プールを見た?」

セルゲイが二人のトランクを引き取りながら聞いた。

「見た見た! ありがとうセルゲイさん――今日から、またよろしく」

「こちらこそ」

 

「おまえらふたりだけか。ベッタラはどうした」

アズラエルは不思議に思って、尋ねた。

「ベッタラさん? ベッタラさんは一緒に住まないよ。まえから言っていたじゃないか」

ベッタラは、「文明人の生活に慣れると、故郷に帰れなくなる」と前々から言っていて、この屋敷に住むことは断っていたのだが、それは決戦が終わった今も同じだった。彼は今まで通り、K33区で暮らす。

セシルとネイシャは、とりあえず地球旅行が終わったら、ベッタラの故郷に向かうことになっている。だから、それまでは――地球到達までは、ルナたちと暮らしたいと言って、ルーム・シェアをつづけることにしたのだ。

「おかしいな……あたらしいルーム・メイトって、ベッタラじゃねえのか」

アズラエルは首をかしげた。

 

「これから一緒に暮らすサルビアさんだね。話は聞いています。あたしセシル。こっちは娘のネイシャ。どうかよろしく」

「よろしく!」

「まあ――お可愛らしい。わたくし、サルビアと申します。分からないことばかりで、ご迷惑をおかけするかもしれませんが、どうか、よろしくお願いいたします」

サルビアは、セシルたちと握手をしたあと、深々と礼をした。

 

「全員揃ったら、部屋割りを決めよう――アンジェは、まだ?」

「来ないね。宇宙船にはもう入ってるはずなんだが」

ララも腕時計を見ながら言った。そこへインターフォンが鳴ったので、ルナは「はいはーい!!」と叫んで、ドアを開けた。

 

「アンジェ、いらっさ――」

「こんにちは」

「――!?」

 



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