二百二話 新しい家と、新しい同居人



 

「おはようございます」

シグルスがやってきた。ついに、ルナたちの家が出来上がった――地球行き宇宙船がアストロスを出航する、まさに当日であった。

 

昨夜、ルナたちは港町マーシャルからクルクスの居城に帰ってきた。二泊三日の小旅行ではあったが、みんなぐったりくたびれていた。

「――ずいぶん濃い三日だったぜ」

最後の夜が極め付け。グレンの台詞は、皆の言葉を代弁した。やっとラグ・ヴァーダの武神を倒したかと思ったら、一番厄介な事態が残っていた。

「わたしたちに、安穏の日はないのかな」

セルゲイもぼやいたが、ルナとミシェルは、電車内でも気持ちよく寝ていた。

 

「のんきな寝顔しやがって」

アズラエルは、ルナのほっぺたを、むに、とつまんだ。

「ほんとだよね」

セルゲイも恨みがましく、反対側の頬をつまんだ。ルナは「うう~ん」と顔をしかめたが、男たちはほっぺたをぷにるのをやめなかった。

「このアホ面に軍事惑星の命運がかかっているとか、考えたくもねえな」

グレンも、ミシェルのほっぺたをつまんだ。そうすべき事態なのだと勘違いしたサルビアは、遅れまいと、ミシェルの反対側の頬をつまんだ。

「ふふ……柔らかいですね」

サルビアは楽しそうに言った。その笑顔があまりにも素直だったので、男たちは毒気を抜かれて、だまったのだった。「ミシェルお触り禁止令」の立札を出そうとしたクラウドも、しずかにひっこめた。

サルビアは、いつまでも、幸せそうに、ミシェルのほっぺたをつまんでいた。

「もう、いいぞ」

とだれかが止めるまで。

 

翌朝、ルームサービスで朝食を取っていると、シグルスが顔を出した。カザマも一緒だった。

「皆様の住宅が完成しましたので、お移りいただきます」

「やったー!!」

「おうちができた!!」

ルナとミシェルは手を取りあって跳ね、

「やっと地球行き宇宙船にもどれるのか」

とアズラエルも背骨を鳴らしながら立った。

 

彼らは、ようやくVIPホテルを――アストロスを後にすることになった。

ザボン市長をはじめ、大勢が、ルナたちを見送るために、城の外に集まっていた。城を管理する者たちだけでなく、クルクスの街からも、守ってくれた英雄たちを見送ろうと、城につめかけていた。

そのあまりな人数に、ルナたちは怯んだ。城の入り口から、アストロスの武神像のところまで、ひとの行列ができている。

「どうかふたたびアストロスを訪れたときは、この城にご宿泊してください」

ザボンは、一ヶ月の宿泊費を、だれからも取らなかった。地球行き宇宙船からもだ。

クルクス総出の見送りに、気恥ずかしい思いをしつつ、それでもザボンたちにしっかりと別れを告げ――ルナたちは、シグルスが手配したリムジンで、古城を出た。

「お元気で!」

ザボンは、いつまでもいつまでも、手を振っていた。

 

この一ヶ月、訪問者と会うのが役目だと言われたルナは、ほとんど城の外に出られなかったわけだが、それでも、城内にいることを条件に、ジュエルス海沿岸まで散歩に出たりした――そのジュエルス海とも、しばらくおさらばだ。

ルナは車の窓にべったり貼りつき、ふた柱の武神像を見送り、海を見送った。

役員になりでもしなければ、二度と来ることはないだろうアストロス。

(またくるね。アスラーエルに、アルグレン)

ルナだけではなく、皆が感慨深い気持ちで、クルクスを出発した。

 

ジュエルス海を船で渡らず、ガクルックスの空港からケンタウル・シティへ入った。戦いが終わって一ヶ月――建設工事中の建物だらけだったが、ひとは大勢いた――街は、もとの活気をとり戻していた。ほかの星へ避難していた住民が、もどりはじめているのだった。

ケンタウルの中央街オルボブは、最先端都市で、L5系の街並みとまったく変わらない。ここがいちばん、修復が早かった。

空中には入り組んだ通路が混在していて、飛空車が停車場で大ぜいを乗せて運んでいた。マルカで見たスクアーロ型の空中浮遊バスもたくさん運航している。先日は空港に立ち寄っただけだが、今日は宇宙港だ。

宇宙港のロビー壁面一列にならんだシャイン・システムからは、ぞくぞくと人が押し寄せる。

肌が青かったり赤かったり、頭に髪がなくて、とげがついていたり――S系惑星群や、L系惑星群の少数民族にいる、ルナたちとはちがう人種も混在していた。

大勢の観光客でにぎわうスペース・ステーションは、これが本来の姿なのだろう。

ルナたちはまっすぐ、地球行き宇宙船直通の小型移動用宇宙船が停車する出航ロビーへ移動した。

ルナは、青空をボケっと眺めていたので、容赦なく、アズラエルに所持されて、先へ進んだ。

(さよなら、アストロス)

役員になって、また来ます。

ルナは、アズラエルに運搬されつつ、誓った。

 

移動用宇宙船で、地球行き宇宙船に――果てのない宇宙を進む灰色の機体は、このあいだ太陽となって燃えていたのがウソのように、滑らかな外壁を取りもどしていた。

十五分ほどで、なつかしいK15区の、玄関口通路に降り立つ。アナウンスが、一定の間隔で、くりかえし放送されていた。

 

『アストロス出航は今夜21時38分――――次の停車は、エリアC153――エリアC153――三日後の到着となります。一般船客の降船はありません』

 

シグルスは、通路内のシャイン・システムに皆を案内した。彼がK27区のボタンを押すのを、ルナとミシェルは見逃さなかった。

(K27区?)

(38区じゃなくて?)

数秒も経たず、開いた扉の向こうには、オープン前の、巨大ショッピングモールが現れた。ルナたちは、一瞬、K12区に降り立ったのではないかと勘違いした。

 

「K27区にこんなのができたの!」

ルナとミシェルは、背を伸ばして広大な敷地をながめた。

「少し歩きますが、よろしいですか?」

出た場所は、モール駐車場のシャイン・システムだった。シグルスは、あたらしい街並みを見せたいようだった。

 

「ここ、どこかわかります?」

オープン前で、ひと気のない駐車場を歩きながら、カザマが聞いた。ルナたちは本当に分からなくて、首を振った。

「ここは、ルナさんたちが最初のころ住んでいたアパートがあったあたりです」

「ほんと!?」

言われなければ気づかなかった。ルナたちが宇宙船に入ったときに住みはじめたアパートの近辺らしい。ちかくにあったスーパーやコンビニエンスストアなどはすべて撤収され、この巨大複合施設ができている。

 

「ここは、K21区との境界線なんですよ」

シグルスは、広大な駐車場に運び込まれていたリムジンに、もう一度皆を乗せた。そして、K21区方面ではなく、反対側のK40区方面に向かって走り出した。

「南地区では、一番おおきな複合施設になります」

川を越え、見覚えのある公園が見えてきた。――リズンも見える。

シグルスは道路を右折し、住宅街のほうへまわった。公園沿いに、ちいさなアパート群や、住宅が立ち並んでいた。

「このあたりは、住宅街になったんだな」

かつて、大型スーパーや商店街があったあたりだ。セルゲイはすっかり変わった景色をながめながらつぶやいた。

「知らないラーメン屋さんができてる……」

「おそばやさん、おそばやさん!!」

「リサがまえ、通ってた美容室だ」

「毬色ってどこに移転したの」

ルナたちは、せわしなく窓の外を指してわめきあった。

「あっ! マタドール・カフェだ!」

住宅街にまぎれるように、マタドール・カフェは、もとの店舗の姿を保ったままそこにあった。

「ほんとだ!」

「リズンはすこし遠くなりますが、マタドール・カフェは近くなりますね」

 



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