「おはようございます」 シグルスがやってきた。ついに、ルナたちの家が出来上がった――地球行き宇宙船がアストロスを出航する、まさに当日であった。 昨夜、ルナたちは港町マーシャルからクルクスの居城に帰ってきた。二泊三日の小旅行ではあったが、みんなぐったりくたびれていた。 「――ずいぶん濃い三日だったぜ」 最後の夜が極め付け。グレンの台詞は、皆の言葉を代弁した。やっとラグ・ヴァーダの武神を倒したかと思ったら、一番厄介な事態が残っていた。 「わたしたちに、安穏の日はないのかな」 セルゲイもぼやいたが、ルナとミシェルは、電車内でも気持ちよく寝ていた。 「のんきな寝顔しやがって」 アズラエルは、ルナのほっぺたを、むに、とつまんだ。 「ほんとだよね」 セルゲイも恨みがましく、反対側の頬をつまんだ。ルナは「うう~ん」と顔をしかめたが、男たちはほっぺたをぷにるのをやめなかった。 「このアホ面に軍事惑星の命運がかかっているとか、考えたくもねえな」 グレンも、ミシェルのほっぺたをつまんだ。そうすべき事態なのだと勘違いしたサルビアは、遅れまいと、ミシェルの反対側の頬をつまんだ。 「ふふ……柔らかいですね」 サルビアは楽しそうに言った。その笑顔があまりにも素直だったので、男たちは毒気を抜かれて、だまったのだった。「ミシェルお触り禁止令」の立札を出そうとしたクラウドも、しずかにひっこめた。 サルビアは、いつまでも、幸せそうに、ミシェルのほっぺたをつまんでいた。 「もう、いいぞ」 とだれかが止めるまで。 翌朝、ルームサービスで朝食を取っていると、シグルスが顔を出した。カザマも一緒だった。 「皆様の住宅が完成しましたので、お移りいただきます」 「やったー!!」 「おうちができた!!」 ルナとミシェルは手を取りあって跳ね、 「やっと地球行き宇宙船にもどれるのか」 とアズラエルも背骨を鳴らしながら立った。 彼らは、ようやくVIPホテルを――アストロスを後にすることになった。 ザボン市長をはじめ、大勢が、ルナたちを見送るために、城の外に集まっていた。城を管理する者たちだけでなく、クルクスの街からも、守ってくれた英雄たちを見送ろうと、城につめかけていた。 そのあまりな人数に、ルナたちは怯んだ。城の入り口から、アストロスの武神像のところまで、ひとの行列ができている。 「どうかふたたびアストロスを訪れたときは、この城にご宿泊してください」 ザボンは、一ヶ月の宿泊費を、だれからも取らなかった。地球行き宇宙船からもだ。 クルクス総出の見送りに、気恥ずかしい思いをしつつ、それでもザボンたちにしっかりと別れを告げ――ルナたちは、シグルスが手配したリムジンで、古城を出た。 「お元気で!」 ザボンは、いつまでもいつまでも、手を振っていた。 この一ヶ月、訪問者と会うのが役目だと言われたルナは、ほとんど城の外に出られなかったわけだが、それでも、城内にいることを条件に、ジュエルス海沿岸まで散歩に出たりした――そのジュエルス海とも、しばらくおさらばだ。 ルナは車の窓にべったり貼りつき、ふた柱の武神像を見送り、海を見送った。 役員になりでもしなければ、二度と来ることはないだろうアストロス。 (またくるね。アスラーエルに、アルグレン) ルナだけではなく、皆が感慨深い気持ちで、クルクスを出発した。 ジュエルス海を船で渡らず、ガクルックスの空港からケンタウル・シティへ入った。戦いが終わって一ヶ月――建設工事中の建物だらけだったが、ひとは大勢いた――街は、もとの活気をとり戻していた。ほかの星へ避難していた住民が、もどりはじめているのだった。 ケンタウルの中央街オルボブは、最先端都市で、L5系の街並みとまったく変わらない。ここがいちばん、修復が早かった。 空中には入り組んだ通路が混在していて、飛空車が停車場で大ぜいを乗せて運んでいた。マルカで見たスクアーロ型の空中浮遊バスもたくさん運航している。先日は空港に立ち寄っただけだが、今日は宇宙港だ。 宇宙港のロビー壁面一列にならんだシャイン・システムからは、ぞくぞくと人が押し寄せる。 肌が青かったり赤かったり、頭に髪がなくて、とげがついていたり――S系惑星群や、L系惑星群の少数民族にいる、ルナたちとはちがう人種も混在していた。 大勢の観光客でにぎわうスペース・ステーションは、これが本来の姿なのだろう。 ルナたちはまっすぐ、地球行き宇宙船直通の小型移動用宇宙船が停車する出航ロビーへ移動した。 ルナは、青空をボケっと眺めていたので、容赦なく、アズラエルに所持されて、先へ進んだ。 (さよなら、アストロス) 役員になって、また来ます。 ルナは、アズラエルに運搬されつつ、誓った。 移動用宇宙船で、地球行き宇宙船に――果てのない宇宙を進む灰色の機体は、このあいだ太陽となって燃えていたのがウソのように、滑らかな外壁を取りもどしていた。 十五分ほどで、なつかしいK15区の、玄関口通路に降り立つ。アナウンスが、一定の間隔で、くりかえし放送されていた。 『アストロス出航は今夜21時38分――――次の停車は、エリアC153――エリアC153――三日後の到着となります。一般船客の降船はありません』 シグルスは、通路内のシャイン・システムに皆を案内した。彼がK27区のボタンを押すのを、ルナとミシェルは見逃さなかった。 (K27区?) (38区じゃなくて?) 数秒も経たず、開いた扉の向こうには、オープン前の、巨大ショッピングモールが現れた。ルナたちは、一瞬、K12区に降り立ったのではないかと勘違いした。 「K27区にこんなのができたの!」 ルナとミシェルは、背を伸ばして広大な敷地をながめた。 「少し歩きますが、よろしいですか?」 出た場所は、モール駐車場のシャイン・システムだった。シグルスは、あたらしい街並みを見せたいようだった。 「ここ、どこかわかります?」 オープン前で、ひと気のない駐車場を歩きながら、カザマが聞いた。ルナたちは本当に分からなくて、首を振った。 「ここは、ルナさんたちが最初のころ住んでいたアパートがあったあたりです」 「ほんと!?」 言われなければ気づかなかった。ルナたちが宇宙船に入ったときに住みはじめたアパートの近辺らしい。ちかくにあったスーパーやコンビニエンスストアなどはすべて撤収され、この巨大複合施設ができている。 「ここは、K21区との境界線なんですよ」 シグルスは、広大な駐車場に運び込まれていたリムジンに、もう一度皆を乗せた。そして、K21区方面ではなく、反対側のK40区方面に向かって走り出した。 「南地区では、一番おおきな複合施設になります」 川を越え、見覚えのある公園が見えてきた。――リズンも見える。 シグルスは道路を右折し、住宅街のほうへまわった。公園沿いに、ちいさなアパート群や、住宅が立ち並んでいた。 「このあたりは、住宅街になったんだな」 かつて、大型スーパーや商店街があったあたりだ。セルゲイはすっかり変わった景色をながめながらつぶやいた。 「知らないラーメン屋さんができてる……」 「おそばやさん、おそばやさん!!」 「リサがまえ、通ってた美容室だ」 「毬色ってどこに移転したの」 ルナたちは、せわしなく窓の外を指してわめきあった。 「あっ! マタドール・カフェだ!」 住宅街にまぎれるように、マタドール・カフェは、もとの店舗の姿を保ったままそこにあった。 「ほんとだ!」 「リズンはすこし遠くなりますが、マタドール・カフェは近くなりますね」 |