クラウドがあわてて話題を変えた。

「じつは、あたらしいルームメイトが、あとふたり増えることは、ルナちゃんが“予言”したんだけど、それがだれかは、分からなかったんだ」

「ええっ!? そうだったの!?」

アルベリッヒは、困惑顔で言った。

「ペリドットさんが、どうせなら、おまえもルナたちと住んだらどうだって言ってくれたんで、とっくに話は着いているものだと……」

「ペリドットは、適当なところはすごく適当だからね」

だいたい想像がついていたクラウドだ。アルベリッヒはあきれ顔で言った。

「じゃあ、君たちは、わたしのことを、なにひとつ聞いちゃいないんだな。やれやれ――もし迷惑だったら、無理にとは言わないよ」

 

「べつに迷惑じゃねえよ。おまえは俺たちも知ってるヤツだし」

アズラエルは言い――その言葉に、異論を唱えるものはいなかった。

「おまえこそ、俺たちとすむことに、とくに違和感はないのか?」

アルベリッヒはリュナ族――どちらかというと、ベッタラと同じく、文明人の生活は嫌がるものだと勝手に考えていた――クラウドも言うと、アルベリッヒは肩をすくめた。

 

「わたしはもともと、中央区に住んでいたんだ」

「――君が!?」

 

おどろくのも無理はなかった。ルナたちが初めて会ったときのアルベリッヒは、K33区の、山奥も山奥に住み、リュナ族の衣装を着て、文明とはほど遠い生活をしていたのだ。

しかし、中央区にいたというのを証明するように、アルベリッヒの服装は、ルナたちと同じ若者の服装――しかもかなりオシャレな方だ。両腕のトライバルも、ファッションと言ってさしつかえなかった。

 

「これはリュナ族のまじないだ。わたしのこれは、交通安全のまじないといったらいいか――旅をする人生と決めていたからね。ノワのように」

ノワの名前に、ルナのうさ耳がぴこたんと揺れた。

「わたしは、都会で暮らしてみたくて、この船に乗ったときは中央区に居を構えたんだけど、サルーンが、都会の空気はダメだったみたいで」

都会の喧騒と、夜でも明るい街並み。ほとんど自然のない環境に、サルーンは慣れることができなかった。徐々に元気を失っていくサルーンを見かねて、アルベリッヒは、K33区に移り住んだ。故郷と変わらない土地に――そうしたら、サルーンはみるみる回復した。

「K27区は、ひろい公園もあるし、自然が多いから、サルーンにもわたしにも、ちょうどいいんじゃないかって――勧めてくれたのは、ペリドットさんなんだけど」

アルベリッヒの台詞の最後は、苦笑交じりだった。

 

「あたしたちは、だいじょうぶだよ。アルベリッヒさんがだいじょうぶなら」

ルナとミシェルも、アルベリッヒの同居に賛成し、とくに反対意見は上がらなかった。

「サルーンも、ここなら大丈夫?」

ミシェルが尋ねると、リボンをつけたタカは、ぴょこん! と首を縦に振った。

「賢いタカだなあ」

アンジェリカも目を丸くしていた。アルベリッヒは、うれしげに言った。

「じゃあ、サルーンともども、お世話になります。あ、わたしのことはアルって呼んでくれ」

 

「もとサルーディーバに、サルディオーネに、リュナ族ね――ますます屋敷がカオス化してきたな」

ララが、楽しげに言った。

「ところで、K27区の街並みはどうだった?」

「おっきなショッピングセンターができてた!」

「住宅街が多くなったね」

ルナとミシェルがかわりばんこに言うと、ララは満足げに笑った。

「じつは、今回区画整理で、K24区とK27区が入れ替わったのさ――」

ララの合図で、シグルスが、テーブルに大きな船内の地図をひろげた。

 

「いつも思ってたけど、区画は上からとか、玄関口から順番に数字が振られているんじゃないんだね」

アンジェリカが常日頃思っていた疑問を口にすると、ララは言った。

「区画のナンバリングは、宇宙船ができた当初、街が出来上がった順番につけられたんだ」

ララは、地図を指して、説明した。

「完成最初は、ここに家族で来た船客を住まわせようとか、ここは親子連れだとか、明確に決まってはいなかったって話だ。――まあ、ざっくり、原住民やS系惑星群、軍人たちや貴族のセクションは決められた。治安の意味もあって、L4系のチンピラと、L5系のお嬢様の屋敷を、隣同士にするわけにゃァいかないからねえ――でもまあそのうち、ひとってのは似たような人間がまわりにいると住みやすいのか――自然と、似たような生活環境の人間があつまるようになって、徐々に区画割りは細分化されていったんだけど、いまだって、ぜったい決められた区画に住まなきゃいけないって決まりはない」

 

ララは、K27区を示した。

「まあ――ここ」

コーヒースプーンで、K27区をつついた。

「今回、あたしがそっくりK27区をつくりなおしたんだけど、 “家族が住む町”をテーマにした」

「――家族?」

ルナが聞いた。

「うん。いままでK24区が“ファミリー向け区画”だったんだけど、K24区は、中央区に近いだろ。で、となりにK14区。ここは役員居住区も多いけど、資格取得の学校が多くてさ――K27区の若いヤツラがここに通うことが多い。だったら、となりのK24区を若者の街にしたらどうだって意見が、株主の間でも多くてね」

「なるほど」

クラウドが腕を組んだ。

リサもキラも、よくK14区の講習会場に通っていた。リサはK27区からだと遠いので、多少家賃はたかくなるが、中央区に住むことにしたのである。

「逆にK27区は公園もあるし、河川敷や並木道が多くて、家族連れにいい環境だという意見が多かった。――だから、今回作り直すならいい機会だと、区画移動をした」

ララはソファに座りなおしてコーヒーを手にした。

「来期のツアーからは、K27区に家族連れが住むことになる」

「家族連れ……」

ルナは口を開けてつぶやいた。

 

「さてここからが本題――ルーシー、アズラエル。それからクラウドとミシェルもか? もし、あんたたちが役員になり、これから地球行き宇宙船に永住するってンなら――この物件、買わないか?」

 

「――え?」

思いもかけない申し出だった。

「べつに提供したってあたしはかまわない。だけど、タダで受け取る気はないんだろう? おまえらは」

「タダより怖いものはねえっていうだろうが」

アズラエルは、ララの言葉を肯定した。

「でも、正規の値段じゃァ売らないよ。あんたたちには、これからも世話になるだろう。そういった無形の価値も含めてもちろん、勉強させてもらう。――この家が借家のまンまじゃァ、あんたたちが今季のツアーを終えて資格取りに行ってる間に、この家には別の連中が住むことになっちまう――押し付けるわけじゃないが、この家は、あんたたちのためにつくった。できれば、あんたたちに所有してもらいたい」

 

「そうしよう」

あっさり答えたのは、クラウドだった。

「クラウド!?」

ミシェルがびっくりして恋人を見た。

「俺は、この船の役員になるつもりだ――派遣役員ではないけど」

「クラウド……」

「あたしの秘書になる気はないってことかい――まァいいさ。そうだと思っていた。ミシェルもどうせ、この船で暮らすんだろ?」

ミシェルは迷い顔だったが、これだけは分かっていた。ツアーが終わって、L77にもどり、ガラス工芸教室に通いなおす自分の姿より、この宇宙船で暮らしていく自分の姿のほうが、はっきりと形になっていた。

「きっと――そうなる感じがする」

「なら、話は早い。――ルーシー、アズラエル。あんたたちは派遣役員かい」

「うん!」

ルナは力強く返事をした。

「そうなるだろうな――船内役員になったって、することはねえからな」

アズラエルもうなずいた。

「ほかに、役員になることを予定しているヤツらはいるかい?」

グレンとサルビアは地球に住むことになるだろうし、セルゲイはカレンのもとにもどる。アンジェリカは、アントニオと結婚後、十年ばかりは宇宙船に住むことになるだろうが、そのときは彼と一緒だ。セシルはベッタラと彼の故郷へ。ネイシャは軍事惑星群に行く。アルベリッヒは、先のことは分からないと言った。

ララの質問に、とりあえず手を挙げる人間はいないようだった。

「じゃあ、いまのところ、四人ってことだな」

「四人のほうがいい、これ以上増えると、金の問題が起こりそうだ」

アズラエルは言い――そして、決断した。

「俺たちは、この家を買うよ」

ララは不敵に笑った。

「決まったな」

シグルスは、ブリーフケースから、書類を出した。

「今日からここは、あんたたちの家だよ」

 

 



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