「おうちを……購入してしまいました」

「そうでしゅね……」

今日は、ついにミシェルもアホ面になってしまった。いくらララが「勉強する」(値引きする)とはいってくれても、もとの金額が金額である。じつに途方もないローンだった。

ララは、持ち主を四人に提示したが、ルナとミシェルから多額の金を受け取る気はないようだった。ふたりの支払いは、K38区にいたころと同じ、シェアして計算した家賃分の金額。それ以外は、アズラエルとクラウドが支払うのだ。

「どうやって払う気だろ」

「わかんない」

 

ルナとミシェルは、ふたりきりでリズンに来ていた。

ララとシグルスが帰ったあと、アンジェリカはサルビアと一緒にペリドットのもとへでかけたし、グレンはラガーへ向かい、セルゲイはタケルが宇宙船に帰ってきたことを知って、中央区に出かけた。セシルとネイシャは、今日の夜にひらくあたらしい同居人の歓迎パーティーのために、ワインを買いにでかけ、そして、なぜかアズラエルとアルベリッヒ(+サルーン)が、夕食の買い物に出た――。

屋敷内の片付けをしようにも、すでにさまざまな家具は用意されていたし、部屋割りを決めて、数少ない荷物を運びこむだけで終わった。

あいかわらず三階はルナとアズラエル、クラウドとミシェル、ピエトがひと部屋に、セシルとネイシャで一室。

二階には、グレンとセルゲイが一室ずつ取り、アルベリッヒとサルーンが一室、サルビアとアンジェリカで一室となった。

 

ルナたちは、一週間まえ再オープンしたばかりのリズンへ、シグルスが教えてくれた河川敷を歩きながら、やってきた。

リズンはリニューアルオープンしたとはいえ、外装も雰囲気も、なにひとつ変わっていなかった。そのことに、ルナたちはすこしほっとしながら、コーヒーを注文した。夕方の中途半端な時間で、ひとも少ない。

 

「アズはね、役員さんになったら、たぶん危険手当がもんのすごい金額はいるからだいじょうぶって、ララさんはゆってた」

傭兵だったアズラエルは、おそらく派遣役員になったら引っ張りだこで、忙しくなるだろうという話だ。

「クラウドはさ、ぜったい、いくつか、怪しいルートの仕事持ってんのよ。だって、あんなにお金持ってるはずないもん」

ミシェルもぼやいた。クラウドも役員になると言ったが、「派遣役員」ではないと明言したところが逆に怪しかった。

「ルナ! あんた、金塊をお金に換えた分があったでしょ? それで払うってわけにはいかないかな?」

「――あ」

ルナが思い出してアホ面をしたときだった。

 

「オッヒョオオオオオオ! いたあああああ!!!!!」

ものすごくハイテンションな声が、ひともまばらなリズンのオープン・カフェに響き渡った。

「!?」

ルナはうさ耳を立たせ、ミシェルはシッポをビーン! と立たせた。公園のほうから、夕焼けを背に、ひっつめアップ髪の女性が猛然と走ってくる。

「はじめまして二度めまして!! ミシェルちゃんオンリーで! あたしのこと知ってる? おぼえてる?」

ずいぶん使い込んだ、高級そうな赤い革バッグをさげた、ジーンズ姿の飾り気ない女性である。いきおいよく手を取られ、ミシェルは「!?」となったが、やがて、思い出した。

このハイテンション――まちがいない。

 

「アニタさん!?」

「あったり―!!! ウヒョオ、ウレシー!! やっと会えたあああああ!!!」

アニタはブッフォ! と涙を放出させた――「もしかして、もしかして、こっちはルナちゃんかな!?」

ルナは口をO型にあけて、迫力と勢いある女性をながめていたのだが、手をガッシ! とにぎり込まれて、うさ耳はこれでもかと立った。

「はい! あたしるなちゃんです!!」

「嬉しー! マジ嬉しいやっと会えた! やっと会えたあああああ!!!」

アニタの感激の絶叫は、天を突き――空を割った――わけはなかったが、それが可能であるかのような、すさまじい歓喜の叫びだった。

「ご――ご一緒、しても?」

言葉は遠慮がちだったが、目は爛々と光輝き、期待に満ち溢れていた。

「い、いいよ」

「どうぞ……」

ルナとミシェルは、勢いに負けて、空き席をしめした。

 

ミシェルは一度、無料パンフレット「宇宙(ソラ)」の表紙を飾ったことがある。だから、アニタとは顔見知りだ。

「宇宙(ソラ)の編集長さん!?」

アニタのテンションマックスの自己紹介のあと、生クリームを口の端っこにくっつけながら、ルナは叫んだ。アニタのおごりだと言われて、夕食前だというのにハワイアン・パンケーキを注文したのだ。ルナはアズラエルに怒られるだろうが、最近狂暴なうさぎは噛み付くだろう。

 

「ご愛読、ありがとうございます」

アニタは、ハワイアン・パンケーキを五口で片付け、今月号の「宇宙(ソラ)」をふたりに渡した。表紙は、宇宙船から撮ったアストロスの写真だった。

「わあ……ステキ!!」

「これ、帰ってくるときに移動用宇宙船から撮ったの。なかなかうまく撮れてるでしょ?」

カメラマンはにわかだけどね~、とアニタは豪快に笑った。

中身も、アストロスの特集だ。あのメルヴァ騒ぎの中でも、アニタはジュセ大陸を、可能な限りあちこち回っていたらしい。

「マジでメルヴァ到来の事件はすごかったね……あたし、喫茶店のソラにいてさ、マジで生命の危機を感じたね――見た!? アストロスに移動するとき、つぎつぎL20の宇宙船が燃えてさあ――本体が、ホントに燃えちゃったかと思ったもん」

「う、うん――すごかったね」

ルナとミシェルの返事が濁った。ルナはその光景を見たが、ミシェルは見ていない。避難していないからだ。しかし、それをここで言うわけにはいかなかった。

「あたしはメンケントに避難したんだけど、ミシェルちゃんたちはどこにいたの?」

ルナとミシェルは顔を見合わせた。

「え、えっとお――バーダン・シティに」

「バーダンか! あそこも避難民であふれてたもんね――残念ながら、今回はさすがにナミ大陸のほうは行けなかったよ。古代都市クルクスとか、中央都市のオルボブとか、まわりたいところはいっぱいあったのに――」

 

ミシェルはあわてて、話題を変えた。なるべくアストロスのことは話題に出さないようにしないと、どこからボロが出るか分からない。ルナたちは、バーダン・シティにいたということになっているが、ジュセ大陸のことはまったく知らないのだ。泊まっていたホテルはどこ? なんて聞かれたら、こたえようがない。

「そ、それより、ひさしぶりですね! アニタさんが乗ってるなんて思わなかった。ソラが毎号発行されてるとこを見ると、それなりにまだ、編集部のひとは宇宙船にいるの?」

 

「みんな、降りちゃったのよ……」

アニタはいきなりハイからローにギヤを切り替えた。

「え!? じゃあ、毎号のソラ、だれがつくってるの?」

「あたしひとりで」

「アニタさんひとりで!?」

「びっくりされるけど、まァ、なんとかなるもんよ? あたし、今年の一月からはずっとひとりでつくってたの。コラムや四コマ漫画は、降りちゃった仲間にもメールで送ってもらえるし、取材して、原稿を仕上げるのはあたしひとりでもだいじょうぶ。配るのだけは、けっこう大変だけどね。でも、それも広告料くれるお店の人たちが協力してくれるから」

「そ、そうだったんだ……」

「でも仲間がみんな降りちゃったことはさみしくてさ……船内に、だれか知ってる人残ってないかなあって思ってたら、アストロス到着前に、ニックさんがミシェルちゃんたちのこと教えてくれて」

ニックと知り合いだったのか。でも、あちこちに取材に回っているアニタは、知り合いが多くて当然だろうな、と二人は納得した。

まさか、最近知り合ったばかりの関係とは、ルナもミシェルも思い及ばなかった。

 



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