二百九話 恋の回転木馬 Ⅳ



 

 翌日のことだ。

 「テオ、おはよ!」

 「あ、おは、おはよう――」

 シシーはテオの顔を見ると、元気よく駆け寄ってきた。シシーはなんとも思っていないようだったが、テオはしっかり尾を引いていた。顔が赤いのを悟られないように、テオは背を向けてメガネの位置を直した。彼の態度はふだんからそっけないので、シシーに違和感はなかったようだ。

 シシーは満面の笑顔を向けた。

 「昨日はありがとう」

 「い、いや、」

 「あの、あとで、ちょっと相談があるんだけど、いい?」

 「――! ああ!」

 

 テオは、昨夜シシーの部屋を飛び出した刹那、たいそうな後悔をした。自分ひとりが気まずくなって出て来てしまったが、そもそもが、いったい彼女に何があったのか、聞いてみるつもりで部屋に行ったのだ。腹ごなしもして落ち着いたところで、切り出してみるつもりでいた。

 (俺は、ほんとうにバカだ……)

 シシーが話すかどうかは分からない。だが、聞くだけ聞いてみよう――そう思っていたのに、目的を果たすまえに退出した自分のバカさ加減を、昨夜はさんざん罵った。

 けれども、あのまま部屋にいたなら、自分がどんな「礼儀に反する真似」をしたか分からない。

 (そもそも、独身女性の部屋で二人きりになるなんて、そのこと自体が礼儀知らずだったな……)

 カルパナを伴って来るべきだったと、テオは猛省した。

 

 「ねえ、テオ」

 シシーは、テオのスーツの裾を引っ張った。テオは我に返った。

 「お昼に、いい?」

 「ああ」

 今度こそはっきりうなずいてから、

 「昼は、ニックさんのコンビニに、いっしょに弁当をもらいに行こう」

 「え?」

 「いっしょに食べよう」

 テオの言葉に、シシーの顔があからさまに輝いた。テオは動揺し、今度こそ、赤面をかくせなかった。

 「うんっ! じゃあ、お昼ね。仕事、がんばろう!」

 「――ああ」

 テオはてっきり、シシーの相談は、金銭にまつわるシシーの身の上相談だと思っていたが、それは違っていたのだった。だが、アンジェリカの言葉どおり、機会はまったく唐突に、訪れた――。

 

 

 

 ルナの部屋のドアには、朝から、「うさぎ以外立ち入り禁止」の札がかけられていた。

 「うさぎ以外……」

 「あたしたち、ネコだからダメね」

 「アンジェに、ルナの勉強だからあまり干渉しないことって言われたしね……」

 「でも、うさぎ以外禁止って――」

 「アズラエルの部屋でもあるのに、アズラエルも入れないってこと?」

 リサとキラ、レディ・ミシェルとサルーン(タカ)は、ルナの部屋のドアの前で、そうささやきあっていた。

 サルーンは、ルナのポケットに入れてもらえないので、ずいぶんしょんぼりしていた。

 「落ち込まないの、サルーン! 代わりにあたしのポケット貸してあげるから――一時間だけね」

 リサがしかたなく、エプロンの前ポケットを広げた。サルーンは喜んで入った。

 「しょうがないね。三人と一羽でリズンにいこっか」

 「ルナには、キッシュおみやげにすればいいよね」

 三人と一羽は、つまらなそうに、三階をあとにした。

 

 そのルナは、朝食を食べて洗濯を終え――日課である、ピエロのうさぎ体操を終了するなり、部屋に閉じこもった。ピエロは、サルビアがベビーカーに乗せて連れて行ってしまった。ルナが集中して、ZOOカードを見ることができるようにだ。

 先日から、アズラエルは朝から晩まで講習を受け続けているので、ピエロの面倒を見てもらうことができない。二週間で、講習をぜんぶ終えるのだと言っていた。ルナは理由までは聞いていない。

 (アズ、どうしてあんなに急いでるんだろ?)

 ルナはアホ面で脱線しかけ、あわててZOOカードに向きなおった。

 昨夜、アンジェリカに指摘された部分を、徹底的に調べなければならない。

 兎にも角にも、ルナは、「“メリーゴーランド”の象意は?」と言われたときに、はっと気づくことがあったのだった。

 ルナは、星柄の日記帳をひらいた。ZOOカードの記録帳にしているものだ。

「ええと、ええと、メリーゴーランドの象意……」

 

 遊園地の遊具には、それぞれ、「意味」がある。

 たとえば、観覧車は「悟り」や「救済」、ジェットコースターは「激動」、「華やか」、「怒涛」、お化け屋敷が「試練」、「困難」――のように。

 メリーゴーランドが意味するものは、「試験」。

 試験、すなわち、テストである。

 

 かつて、フライヤのカードである「布被りのペガサス」は、メリーゴーランドで、エルドリウスの「天翔けるペガサス」と出会った。メリーゴーランドは「試験」の象意。そこから、フライヤの「試験」がはじまった。

 アダム・ファミリーに入社し、エルドリウスと出会い、彼に見初められて結婚することになった――L20に引っ越して、軍属し、庶務部へ。そして、アイリーンと出会い、全部署提出のレポートを仕上げる。そのことで、ミラの秘書室へ大抜擢――。

 そして、メルヴァ討伐軍総司令官として、アストロスへ赴いた。

 フライヤはひとつひとつの「試験」を越えて行った。「試験」をクリアしていったのだ。合格も、不合格もあっただろう。だが、基本的にメリーゴーランドの試験は、合否は関係ない。「試験」そのものが象意だから、受け続けていくことになる。

 「試験」に必要だったものは、ほんのすこしの勇気や、時には思い切った決断、辺境惑星群のことをコツコツ学び続けてきた成果。

 フライヤは、すべての試験を受け続けてきた。

 

 これが、ルナがアンジェリカから遊具の象意を教わったときに、分かったことだ。

 そしてルナ自身の夢にも、メリーゴーランドが出てきたということは。

 「この場合、メリーゴーランドに乗ってる人ってゆうよりかは、あたしに対する、うさこの“試験”なのかも」

 ルナは、そう思ったのだった。「12の預言詩」も届き、ルナが黄金の天秤をつかって、サルディオネになる日が近づいている。そのための「試験」を与えられたのではないのか。

 

 そして、月の女神の象意は、「愛」、「癒し」、「縁」、「革命」。

 アニタとニックのテーマは「愛」と「縁」。

 ルナはみんなの協力を得て、アニタの夢だった、ニックとの結婚までなんとかこぎつけた。このことは、アニタだけではなく、ニックの望みでもあった。ふたりは三千年の時を経て、結ばれたのである。

 ネイシャの場合は、「癒し」――すくなくとも、あれ以来、ネイシャはいつもの元気をとりもどした。完璧にとはいかなかっただろうが、ネイシャの不安や心の重荷は、すこしは軽くなっただろうか、とルナは思った。

 

 (テオさんと、シシーさんは)

 おそらく今回は、「縁」と、「革命」。

 つまり、シシーが抱えている問題を「解決」することが、最終目的ではないのだ。おそらく、アニタとニックを結婚まで導いたように、シシーとテオを。

 放っておいても、テオはシシーを銀色の糸によって救済はするが、月を眺める子ウサギこと、ルナが多少なりとも手を出さなければ、ふたりは結ばれないということだ。

 (革命……)

 ルナはノートを見ながら考えた。

 (革命の象意があるってことは、ふたりのカードは変化するのかもしれない)

 



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