「馬たちはどんな動きをしてたっけ? ――うん、ギクシャクしてた」 ルナはまるで、みんなのぎこちない恋愛模様のようだと思ったのだった。シシーとテオも同じだ。 だれもがアズラエルやクラウドのように、好きとなれば一直線、というわけではないし、セシルとベッタラのように、結ばれるまで、ずいぶん時間がかかるカップルもいる。だが、ルナには分かっていた。 いま、ふたりのカードが出て来たということは、どんな形であれ、二人の仲の進展を導くチャンスだということだ。 ルナはふたりのカードを呼び出した。ふたりを結ぶ真っ赤な糸も、テオのほうから銀色の、「救済の糸」が出ているのも変わらない。 ルナは、カードに連なる縁の糸をすべて出してみた。 「うん……テオさんはそれなりにあるけど、シシーさんのほうは、少ないな」 全体的に少ないが、シシーに向かって伸びる糸は、ほとんどがドス黒かったり、グロテスクな赤色をしていたりして、どうも、いい縁ではなさそうに見えた。おまけに、その不気味な糸の先にあるカードは見えない。アンジェリカは、「悪党どもは、かくれているものだよ」と言った。 「これらが、コヨーテたちかも」 ルナは確信した。気持ち悪い色の糸は、かなりの本数があった。 「これ、ぜんぶはさみで切っちゃいたいかんじ」 それほど、気味の悪い色だった。ルナはほっぺたをぷっくらさせたが、はさみは現れなかった。 「シシーさんの問題はともかくとしても」 アンジェリカの話によれば、それらはだまっていても、テオが解決する。 「あたしが、あの夢を見た意味……」 ルナがとくに気になったことと言えば、テオの「礼儀正しいハクニー」は、背にシシーの「怖がりなシマリス」が乗っているのに気付いていない感じがしたこと。そして、「郷に入っては郷に従え」という、テオの言葉。 (テオさんは礼儀正しすぎて、シシーさんは怖がりすぎて、二人の仲が進展しない、とか?) 「郷に入っては郷に従え」の言葉があったように、テオのハクニーは、ギクシャクした恋愛模様に合わせている? (ほんとは、ギクシャクしない? ギクシャクしないで、スマートな恋愛できるけど、合わせてギクシャクしてたの?) なにに? テオはなにに合わせて、ギクシャクしてるの? 「わかやない……」 ルナはぺったりと、絨毯に突っ伏した。うさ耳もいっしょに、絨毯に垂れた。 「真名、真名……あたしが唱えたって、出てくるかなあ?」 ルナはうさぎのように口をもふもふさせ、半ばあきらめ顔で、「オリヘン!(原初)」と叫んでみた。 すると、シシーのほうは変わらなかったが、テオのほうは白銀色の輝きをまとって、変化した。 「ウソ!?」 ルナは飛び起きて、変化したカードを見つめた。 「――“特別なハクニー”?」 カードには、蝶ネクタイをつけてキリリとした顔の馬がいた。 「ん? 背景がない?」 背景が、真っ白だ。 ふつう、ZOOカードには、カードにしめされた動物にまつわる背景が描かれている。キラの“エキセントリックな子ネコ”には、趣味の雑貨やチョウチョ、カレーがあったり、リサの「美容師の子ネコ」は、背景が美容室だ。 背景が真っ白なのは、フローレンスのカードが「ベベ(赤子)」にもどったときしか、見たことがない。 「テオさんもベベ?」 カードは、ルナが首をかしげているうちに、もとの「礼儀正しいハクニー」にもどった。 「……」 今度は、カードの背景がある。――これは、学校だろうか。ずいぶん豪奢な、王宮のような学校が背景にあって――。 「ん?」 馬がしている蝶ネクタイは、蝶ネクタイではないかもしれないことに、ルナは気づいた。白い蝶ネクタイの、タキシードか何かだと思っていたが、ちがう。 (これって、制服?) もしかして、馬が着ているのは、学校の制服かもしれない。蝶ネクタイの中央に、トゲトゲの花のようなピンがある。 「ん?」 ルナは目を細め、鼻がくっつくほど、カードに顔を近づけたが、学校の門のところにある文字は、ちいさすぎて見えない。 「ア? ア? ア――ロ?」 ハクニーは、学校に背を向けている。そっぽを向いて、まるで、そっちのほうを見ないようにしているかのようだ。 「テオさん、学校とか勉強が嫌いなのかな?」 これが、「礼儀正しい」という言葉となんの関係があるのだろう。ルナにはさっぱりわからなかった。 「……」 ルナはあきらめ、今度は、シシーの「怖がりなシマリス」に向かって叫んだ。 「オリヘン(原初)!」 カードは変わらなかった。 「う~ん、真名よ出て来い! ちがうな~、シシーさんのカード、変化しますか? 変化の予感がしますか? 変化する? う~ん。次の名前――そ、そうだ、フトゥロ(未来)! だめか、デサストレ(災難)とかは? クリシス(危機)!」 ルナが叫んだとたんに――なんの呪文が功を成したのかは分からないが、急にシシーとつながるどす黒い糸たちが、気味の悪い光を灯しはじめたので、ルナは「ひええ!」と叫んだ。 それは、ルナのせいではなく――ちょうどその時間に、「シシーの携帯電話が鳴る」という、事件解決の糸口がはじまった合図であったのだが、ルナは自分のせいだと思って慌てふためいた。 「ど、どどどどうしよう!?」 カードの中のシマリスが、泣き出した。恐怖に震えている。背景にあったクルミやアーモンドなどのナッツが消え、不気味な、真っ黒い怪物たちが姿を現す。 「なにコレ!?」 ルナは絶叫した。 「どうしよう!? どうしたらいいの、うさこ、助けて! うさと、黒うさちゃあん……!」 だれも出てこなかった。ルナの勉強だからなのか、メリーゴーランドの夢以降、彼らはまったく出てこなくなってしまったのだった。 「どうしよう! ア、アンジェ――サルビアさん!」 アンジェリカは中央役所だし、サルビアは、ピエロを連れて、リズンのほうまで散歩に行ってしまった。 一刻を争う事態だ。カードの中の化け物たちが、泣きじゃくっているリスに手を伸ばす――ルナは電話に走りかけたが、カードの中の物語が急展開していくのを見て――なにを思ったか、シシーのカードをつかんで、クローゼットを開けた。 「うさこ、助けて!!」 黄金の天秤の皿に、カードを乗せた。 「プギャー!?」 とたんに銀白色の光がほとばしり――ルナの顔色がさらに蒼白になった。 『コラーっ!!!!!』 おそろしい声が、響きわたった。 「ぴぎっ!!!!!」 ルナは悲鳴をあげてちいさくなった。いきなりZOOカードから、月を眺める子ウサギ――ではなく、月の女神が現れたからだ。うさぎの姿ではなく、美しい、等身大の女神の姿が。 『そろそろ、なにかしでかすところだと思っていたわ! あれほど忠告したのに! 黄金の天秤を軽く扱うなって!!』 月の女神は激怒していた。美しい眉はつりあがり、自分の顔ながら、すごく怖い顔だとルナは思った。すっかり涙目で、「ごめんなさい、ごめんなさい」とうさ耳をぺったり垂らして何度も謝った。 『謝ったって遅いわ! カードを乗せてしまったんだから――ルナ、急いで天秤を持って、真砂名神社に向かいなさい!』 「はいい!!」 |