さて。

 マーサ・ジャ・ハーナ遺跡への旅行は、一ヶ月後に伸びた。アンジェリカと、その子マリアンヌの同行について、さんざん揉めたためだった。最終的に、旅行は長期にはならず、三泊四日の海遊旅行に落ち着いた。

 そもそも、遺跡は数百キロ沖合の場所なので、一泊二日で帰還できるのだが、周辺の島々をめぐったり、遺跡博物館へ行くための時間を取ったのだった。

 敏腕派遣役員カザマは、ララの私有豪華客船を、船客のために(おもにアンジェリカのために)融通させることに成功した。

 最新式の豪華客船は、揺れもなく、地上とほぼ同等の足場である。

 船内の、ありとあらゆる施設は、ルナたち船客のためにあった。ララは、ルナとレディ・ミシェルからの、ほっぺたのキスひとつで気前よく、屋敷のメンバーの友人や仲間、船内役員や派遣役員の参加も認めたため、船内はたいそうにぎやかになった。

 

 「見て! イルカよ!!」

 船主で、ルナたち四人とアニタ、ネイシャ、ピエト、ルシヤは、船と一緒に飛び跳ねながら泳ぐイルカたちを見て歓声を上げた。

 「ピエト、ネイシャ、探検するぞ!!」

 ルシヤを先頭に、子どもたちは、ドタバタと船の端から端へと走り、セシルに、「頼むから、なにも壊さないでね!」と悲鳴のような声を上げられていた。

 「ちょ、ララさんがブランドのアクセサリー半額にしてくれるって」

 リサとキラは大興奮でショップに走り、アニタは目をぎらつかせて取材をするために消えた。ルナとミシェルは、ずいぶん長いこと、船主でイルカやカモメを眺めていた。

 

 「じいちゃん、こづかい!」

 ルシヤがたかりに来た。シュナイクルは何枚かの小銭を手のひらに乗せてやった。

 「こんだけ? ピエトとネイシャは自分の財布も持ってるぞ」

 ぶうたれたが、シュナイクルは首を振った。

 「財布は、十二歳になったら買ってやる」

 「行こうぜルシヤ! 巨大パフェ、三人で食おう!!」

 子どもたちは、ドタバタと走っていった。

 「元気だな……ガキは」

 アズラエルは、ペリドットとシュナイクルといっしょに、テラスにあるバーにいた。

 「おまえらのおかげで、今期はずいぶん変わったことがたくさんできたから、ルシヤも喜んでる」

 この中で最年長ではあるが、ずいぶん若いジジイは言った。

 「俺も、こんなに長く宇宙船にいたのは、久しぶりだな」

 ペリドットも思い出したようにつぶやいた。アズラエルは言った。

 「おまえ、地球の涙見なかったろ」

 みんなで見てるときに、いなかった気がする、というと。

 「見たくないんだよ」

 ペリドットは苦い顔をした。

 「あれを見ると、この地を離れがたくなる」

 シュナイクルは「マジで!? おまえが」と涙を流して大笑いし、アズラエルは苦笑した。

 

 朝早く出航した船は、その日の午後三時過ぎには、目的地へ到着した。

 潜水艦で水中深く潜り、遺跡を観光するコースもあったが、そちらはヤン達五人やアニタ、セシルとネイシャ、ピエト、ベッタラ、ルシヤたちが参加した。

 ルナは、ピエロがいるので、ボートで遺跡の真上だという沖合に漕ぎ出すコースにした。観光用のボートは一隻しか積んでこなかったので、五人ずつ、順番に乗るのだ。

 「だれか、先に行ってよいよ」

 ルナはピエロとセットなので、後ろでならんでいる皆に向かって言ったが、カザマがピエロを預かると言い出した。

 「どうか、この五人で行ってらしてください」

 「五人で、行っておいで」

 ツキヨも言った。

 ルナとアズラエル、セルゲイと、車いすがいらなくなったグレン、そして、サルビア。

 「……じゃあ、行ってきます」

 ルナは目をぱちくりさせ、うなずいた。

 案内人が、ルナたちを、ちいさなボートに乗せて、沖合まで漕ぎ出した。

 

「ルーナーッ!!」

「行ってくるぜーっ!!」

ピエトとルシヤが手を振っている。彼らはこれから、潜水艦に乗って、遺跡の近くまで行くのだ。ルナはボートから手を振り返した。

 

 「このあたりが、遺跡の真上です」

 ボートは、客船から十数メートル離れたところで、止まった。周囲は、見渡すかぎりの大海原――。

 「何万年も大昔、ここには、島があったんですよ」

 

 地殻変動なのか、それとも、夜の神の怒りなのか。

 島は沈んだ。

 楽園の島と言われた、マーサ・ジャ・ハーナは。

 

 ルナは、水面をのぞき込んだが、濃い青の向こうには、なにも見えなかった。しかし、この、ずっと奥底にはしずんでいる――ルナたちが暮らした、マーサ・ジャ・ハーナが。

 

 「――この五人から、はじまったのですわね」

 サルビアが、ぽつりとこぼした。

 

 夜の神はセルゲイ。

 月の女神はルナ。

 船大工の兄は、アズラエル。

 弟は、グレン。

 船大工サルーディーバは、サルビア。

 

 何万年を越えた物語が、いま、ひとつの終わりを迎えた気がした。

 それはこのあとも、ずっとずっと――紡がれていくのだけれども。

 

 五人は、だまって、かつてあった島の姿を思い浮かべていた。それは意外なほど鮮明に、よみがえってくるのだった。

 

 (――ああ)

 ルナは、耳を澄ませた。

 (海の音が、聞こえる)

 

 

 

 遺跡から帰ったルナは、おそろしくぬぼーっとしていた。アホ面の極みも極みで、ものすごく、ぼーっとしていた。

 日がな一日、砂浜に座って、海ばかり見ているのだった。

 ルナがあまりにもアホ面なのは、皆が仕方ないと思っていた。なにせ、世界を救ったあとなのだから。地球に着いたテンションで、いろいろ動き回ってはいただろうが、ついに電池が切れたという感じだった。

 ピエロは、リンファンにツキヨ、アルベリッヒとシシー、キラとロイドが、交代で預かってくれた。ルナは海岸に連れ出そうとするのだが、アホ面のうさぎには、あぶなくて任せておけない。

 そして、おかしいのは、ルナだけではなかった。レディ・ミシェルも同じ感じだった。

 アニタは取材、リサとキラは、けっこう頻繁に、街中や大都市に繰り出し、地球を満喫しているのに、このふたりときたら、とりあえず砂浜で、ぼーっとしていた。

 ネコとウサギが、無言で砂浜に座り込んでいるのを、アズラエルとクラウドが夕方に来て、回収していく日々がくりかえされていた。

 



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