地球のホテルに帰ると、ロビーでアニタが待っていた。 「いま、時間ある?」 ルナとアズラエルは顔を見合わせた。 「先に行ってるぞ」 セルゲイとグレンは、まっすぐ海岸へ向かった。アニタはそれを見ながら言った。 「ふたりがいても、別によかったのよ」 ルナとアズラエルは知っている――グレンは、アニタに尻をひっぱたかれることを恐れているのだ。 朝食を食べたレストランのほうではなく、カフェのほうへ、三人は移動した。 席に着くなり、アニタは「ソルテって傭兵を知ってる?」と聞いた。 「ソルテ?」 ルナもアズラエルも首をかしげた。 「たぶん、きっと、ふたりも知り合いなのよ」 アニタはひとりでうなずき、 「さっきクラウドさんにも話したけど、ルナちゃんたちは、ケヴィンたちがL43にいたのは知っていたのよね――それで、昨夜のうちに、地球の映像を送ってあげたんだけど――えっと、まあ、つまり、結論から言うと、ケヴィンたちも無事だったわ」 「ケヴィン!!」 ルナは叫び――アニタは、 「とにかく無事だった。いま、宇宙船でL52に帰ってるところよ。それで――」 肩をすくめた。 「なにやらもう、よくわかんないことだらけであれなんだけど、ケヴィンたち、ソルテって傭兵とともだちになったらしいのよ」 「……ソルテ?」 ルナはふたたび首をかしげた。アニタは、「えーっと」と考えるしぐさをし、 「フルネーム――なんて言ってたっけ――ああ、そうだそうだ――アンディ・F・ソルテ。知ってる?」 「アンディさん!!」 ルナはついに驚いて、三度目の絶叫をした。アズラエルも、ようやく分かったようだった。 「アイツがどうしたって?」 「ソルテって傭兵と、現地でともだちになったらしいの。アイツはホント、すーぐだれとでもともだちになっちゃうヤツだからね。無料パンフのメンバーも、半分はアイツがナンパしてきたんだよ」 アニタは、ズズズっと音を立ててサイダーを飲み干し、フルーツとチョコレートがてんこもりの豪華なパフェに、やっとスプーンを突っ込んだ。 「どうも、白龍グループの傭兵さんらしい。任務で来ていたらしいんだけど。あたしも、なにがどうなって、ケヴィンたちがL43にいるのかは、聞けなかったわ。あの子たちもへとへとで――それで」 「それで?」 「ルナちゃんがL系惑星群にもどってきたら、質問攻めにするから、覚悟しておいてくれって」 「……!!」 「ソルテさん? と娘のルシヤちゃんを連れて、会いに行くからって、そう伝えておいてくれって言われたわ」 「……ルシヤちゃん」 「薄情よね。地球の映像送ってやったあたしには、ありがとうのひとことで。帰ったらアニタさんも会いましょうぐらい、あったっていいと思わない。電話してきたときは、ギャースカ泣いてたくせにさ」 アニタはぶつぶつ言った。 ルナは呆然としていたが、やがてつぶやいた。 「じゃあ、もうひとりのるーちゃんも連れて行かないと。シュンさんと、オトちゃんさんと、バンビさんも?」 アズラエルはようやく、アニタの目がぎらつき、なにか言いたそうに、ソワソワしているのに気付いた。 「それで――ようするに――おまえも、誘って欲しいんだな?」 「よく!! よく気づいた!! さすが、我らが兄貴!!」 「だれが兄貴だ」 アニタが感激の涙をゴブッシャアと流し、アズラエルの手を取ってぶんぶん振り回したので、そう突っ込んでおいた。 海に行ったら、グレンとセルゲイはゾーイたちにつかまっていた。ゾーイにつかまると長いので、ルナとアズラエルはこっそり、部屋にもどった。 部屋にもどったらもどったで、レディ・ミシェルが待ち構えていた。それで、「話があるから、あたしの部屋にきて!」とふたりは引っ張られていく羽目になった。 クラウドとミシェルのためにとられた部屋では、ツキヨが、ピエロと手遊びをしながらテレビを見ていた。クラウドが、そばで新聞を読んでいる。 いつもの光景。 「おや、おかえり」 「病院に行ったら、おばあちゃんはもう退院したっていわれた。お熱は下がったの」 「もう平気さ」 ツキヨは、元気そのものだ。 「それより」 ミシェルはルナに迫った。 「セシルさんの話、聞いた?」 ルナは、「う、うん、聞いた聞いた」とうなずいた。ルナたちは、さきほど真砂名神社で聞いてきたばかりだったが、ミシェルはどこで聞いたのだろう。 「あたし、アルから聞いたの。セシルさん、ルナの補助役員になるって?」 「うん」 ミシェルは絶叫した。頭を抱えて。 「補助役員!! なんでそういうのがあるって、教えてくれなかったのー!!!!」 「へ?」 ミシェルは、知らなかったのだろうか。 ツキヨが、分かっていないルナのために、苦笑しつつ、説明した。 「ミシェルちゃんも、ルナの補助役員になりたいんだって」 「ふえっ!?」 「だってルナ、あたしが、船内役員になろうかどうしようか、迷ってたの知ってたでしょ!?」 ミシェルはたしかに迷っていた。ルナと同じ派遣役員も最初はいいかと思っていたが、カザマに、派遣役員はあまりに多忙すぎて、おそらく、ミシェルが望むような、絵を描く生活はほぼ無理だとさとされた。シシーも、「やめたほうがいい」と言った。 ならば、船内役員――とも思ったが、真砂名神社商店街につとめるには、まず「長寿」という条件を持っていなければならなくて、紅葉庵のバイトも、なしになった。巫女さんも、特別な資格がいるらしく、「おまえさんには無理じゃ」とイシュマールにも笑われた。 毬色やリズンで、「店員にしてもらえませんか」と相談したら、アントニオには、「絵を描く時間のつくれるバイトを探しなよ。うちはけっこう忙しいよ」と言われ、毬色のオーナーには、「うちでバイトなんかしないで、雑貨どんどん作ってきてよ! 売ってあげるからさ」と遠回しに断られた。 それで、いよいよ切羽詰まっていると、アルベリッヒとシシーが、ようやく言ったのだ。 「ルナちゃんの補助役員になったら?」 と。 「まあ、あの屋敷に暮らしてる人間は、ほぼルナちゃんの補助役員みたいなものだしね」 クラウドは、苦笑した。 「べつに――いいけど」 ルナは言った。 「ミシェルは、それでいいの」 「うん。あたし、絵をかければそれでいい」 「……ふうん」 「なに、その気のない返事」 ミシェルは細目になったが、ルナには分かっている。ミシェルはすぐルナの補助役員からも外されるだろう――なにせ、あと一年もしないうちに、彼女の描いた「マーサ・ジャ・ハーナの神話」の絵が、ララの手によって全世界に公開され、著名な画家として忙しくなり、株主になってしまって、役員どころではなくなってしまうからだ。 すくなくとも、アントニオもイシュマールも、それを知っていて、断わったのだろう。 「よいですよ? ミシェルは、すぐやめると思うけどね?」 ルナが胸を張ると、ミシェルは首をかしげて口をとがらせた。 「じゃ、ひと枠あまったルナの補助役員には、あたしがなろうかね」 「「「「え!?」」」」 ルナだけではなく、ミシェルもクラウドも――アズラエルもおどろいた。 「どうしたの、なにか、ご不満かい」 「不満もなにも――」 アズラエルは言った。 「ばあちゃんは、地球にのこるんじゃないのか」 「ゾーイさんっていう、幼馴染みとも、再会できたのに」 クラウドも言った。これは彼にも予想外だった。ツキヨは地球に来て以来、ゾーイ達役員のところに、毎日顔を出していた。これから、ここで暮らす準備でもしているのだと思った。 「宇宙船に乗った時分は、それも考えていたけどね」 ツキヨはピエロを抱き上げて、言った。 「でも、ばあちゃんは、もう地球より、L77で暮らした年月のほうが長くなっちまったよ」 ユキトを追って、地球を飛び出して――何十年という月日がたった。 「あたし、もう今年、八十歳になるんだよ」 「八十歳!!」 「そんなになりますか」 クラウドの感想は、ツキヨの外見が、とてもそうは見えないということを表していた。 「けっこう、迷っていたものだけどねえ……」 いつ心臓が悪くなるか分からないし、地球に残って、グレンとサルビアと、しずかに暮らしていく道も考えていた。ふたりは、ツキヨが地球に残るなら、ぜひともに、と言ってくれた。だが、ツキヨは同時に、シシーやロイドにも言われた。 「調子が悪くなったら、めんどうをみますから、屋敷にのこってください」とも。 だが、ツキヨはこのとおり、まだまだ身体は動く。そして、ルナがなる、K19区の役員というのは、派遣役員の中でも極めてたいへんな仕事だということは、ツキヨにもわかっていた。 「老い先みじかい命だ。のんびり暮らすのもいいけど、アンさんも、死ぬまで歌い続けると言っているし」 ツキヨはピエロを抱き上げて、微笑んだ。 「あたしも、がんばってみようかなって」 「おばーちゃん……」 「残念だけどクラウドさん、最後の枠は、埋まっちまったよ」 ツキヨのウィンクに、クラウドは苦笑して両手を広げた。 「残念! 俺も入れてもらおうと思ってたのに」 |