二百二十九話 月を眺める子ウサギ
質問系だったのは、なにがなんでも、ルナのほうから「結婚しよう」という言葉をもらうためだった。それくらい願っても、罰は当たらないだろう。 アズラエルは、これからも、このちびボケうさぎに振り回されていくのだから。 「する!!」 かえってきたのは、ごきげんうさぎの陽気なアホ面だった。アズラエルはこれ以上しかめようのないしかめっ面で言った。 「ああそう――なら、指を出せ」 「ぷ」 酔っぱらいうさぎは右手を出したので、アズラエルは、左手をつかんだ。そして、薬指に、指輪をはめた。ツキヨからもらった指輪を、ルナの指の太さに、調節してもらったものを。 そう――ずっと、渡しそこねていたものを。 「ゆびわだ!」 「そうだ。ツキヨばーちゃんが、ユキトじーちゃんにもらった、結婚指輪だ――たいせつにしろよ」 「……」 ルナはマジマジと指輪を見つめ――それから、いきなりシャキーン! と立った。そして、空瓶を放り出し、アズラエルの手を取って、駆け出した。 「ルゥ!?」 指輪のおさがりが、気に入らなかったのだろうか。だが、それはちがうようだ。ルナは、アズラエルのひとさしゆびを握っている。 ドアは、閉まれば勝手にロックがかけられるので、カギの心配はなかった。ルナはアズラエルの手を取り、エレベーターに乗り、ホテルを脱出した。 「どこに行くんだ」 アズラエルは、ペットうさぎに手を引っ張られるまま、ロビーを出、道路をわたり、砂浜に連れてこられた。波打ち際まで、足を取られそうになりながら、走る。いつも低速のうさぎは、なぜか今日に限って、北極うさぎのように速かった。 時刻は夕方だった。今日もすこやかな快晴で――しずむ夕日は、はじめてこの地に降り立ったときとくらべたらそれほどでもないが、波間をキラキラと輝かせていた。 ルナはやっと、波打ち際で止まった。ぜいぜいと、息を整えている。 「おじいちゃんとおばあちゃんは、ここで出会ったよ」 ルナは、打ち寄せる波を見つめながら言った。 「……あたしは、ここでアズに会ったら、おばあちゃんみたいに、アズを追っかけるかな?」 ルナの言葉に、アズラエルは驚いて。 「でもね、あたしね、アストロスの到着前に、アズが宇宙船を降りちゃったときは、迎えに行くつもりでいたよ」 「……マジで?」 アズラエルは、信じられない言葉を聞いた。 「まじで」 ルナは重々しくうなずいた。 「トロヌスの、兄弟神さんの像のまえで、誓ったよ」 彼がなにか言うまえに、ルナは言った。 「ねえ、知ってる?」 ルナのほっぺたはまだ赤い気がしたが、それは、走ったせいと、夕日に照らされたせいのような気がした。すくなくとも、アホ面ではない。 「ロメリアとアシュエルだったとき、あたしたちはまだ、もっともっと子どもで、革命が成功したら、みんなで地球行き宇宙船に乗る算段をしていたよ。それでね、ここであたしは――というかロメリアは、マリーにプロポーズする気でいたの」 アズラエルは、ようやく悟って、笑った。 「俺が、ここでおまえに、プロポーズを?」 「うん」 うさぎは、ぴょこんとうなずいた。 「……どちらかというと、追っかけるのは、俺だって気がしねえか」 「へ?」 「ここでおまえと出会ったら、L系惑星群まで追いかけるのは、俺だ」 ルナは、くしゃりと笑った。 「ツキヨおばーちゃんみたいだね」 「じゃ、おまえが、『地球には、こんなにカッコイイ人がいたんですね』って言わなけりゃ、」 「ばばーん!!」 ルナは、アズラエルのたわごとを聞いてはいなかった。盛大な効果音をつけ、ワンピースのポケットから、いそいそと取り出した。 ――それは、指輪だった。 けっこうごつめの、ワイルドなデザインの。 「……!?」 あきらかに、男物だ。 ルナは、驚愕のあまり固まっているアズラエルの左手を「うんしょ」と言って持ち上げ、薬指に指輪をはめた。 それは、ぴったりだった。ルナの指にはめたものと同様――。 「あじゅ、結婚してください」 「おまえが言うの!?」 思わず突っ込んだ。 「あたしもゆうよ!? あたしはあじゅに、結婚、けぽっ、――っぴぎ!!」 くしゃみをした。 「だいなしだ!!」 「……俺の気持ちが分かったか」 アズラエルは、平たい目で、ルナを見下した。 ――いろいろ、台無しだった。 アズラエルは、引いていく波に、ため息とともに、いろいろと流した。 だが、思った以上に、しあわせだった。ほんとにもう、いろいろ台無しなのだが、カオスうさぎ相手では、ステレオタイプのプロポーズなど、存在しない。 ペットうさぎは、アズラエルの膝におさまって、海を眺めた。 「アズ、結婚しようね」 「ああ」 「結婚、」 「分かったから」 「けこっ」 「くしゃみとしゃっくりが同時に来ると、ヤバいぞ」 「ほんとだ!!」 「けっこっ、」 「よし、だまれ」 ルナとアズラエルは、てんでバラバラの指輪をはめた手を、重ね合わせた。ペアリングとは呼べない、ブランドも、デザインも、大きさも違う、指輪をはめた手を。 「クラウドとミシェルの、おそろいが羨ましかったときもあるけど」 ルナはそれを眺めて言った。 「あたしと、アズは、きっと、ずっとこんなだね」 「だろうな」 バラバラだけれど、互いを思って送りあったもの。 「あたしは、あじゅが、大好きです!!」 ルナは、海に向かって宣言した。 ムードに浸されるとはいいがたいが、アズラエルも、歯の浮くようなセリフを、言おうとしたときだった――。 「ルナーっ!!!!!」 レディ・ミシェルの悲鳴らしき声が聞こえて、アズラエルはガクーっとうなだれた。 分かっている――きっと、自分とルナの周囲は、これかもきっとこうなのだ。 「ルナ! ルナルナルナ!! たすけて!!!」 「ミシェル! 待って! 待ってくれ――お願いします!!」 走ってくるのはミシェルだけではない。半泣きのクラウドも、後ろから駆けてくるではないか。 「クラウドが、『結婚しよう』なんていうの!! マジさいあく!!」 「最悪って――最愛の女性にプロポーズして、サイアクって言われた俺の気持ちにもなってみて!」 クラウドの涙腺は完全に崩壊していた。 「あたしも、あじゅにプロポーズしたよ?」 ルナは首を傾げた。 「したのは、俺が先だ!!」 アズラエルはあわてて訂正した。 「でも、あたしもした!!」 うさぎはほっぺたを膨らませた。 「ルナが!?」 「ルナちゃんが!???」 クラウドのほうが、衝撃は大きそうだった。 「ルナが指輪――」 「ぴぷっ」 「ルナが、アズラエルに指輪あげたの?」 「うん」 「……」 ミシェルは、アズラエルの左手にある、ごつめの大きな指輪を見て、なにか思うところがありそうだった。 |