「頼むルナちゃん、なんとか言ってくれ。俺はおかしなことを言ったのか? それとも、L18とL77じゃ、文化が違うのか――」 「クラウド、とりあえず、どういう順序で?」 ルナではなく、リサが腕を組んで詰問した。 なぜかルナたちの部屋に、四人プラス客が集結していた。 部屋にもどるまで、ミシェルはルナに引っ付いて、クラウドを一切寄せ付けなかったし、クラウドはクラウドで、しおれたライオンのしょぼくれ具合と言ったらなかった。 「指輪は、婚約指輪と結婚指輪を両方用意した――ミシェルの好きなブランドだ――もちろんペアリングで――それで、このホテルのレストランで、最高級ディナーを予約した――ミシェルが好きな花でつくった花束も忘れてない――そこで、食事を終えたあと、夜の海で、プロポーズをしようと――」 「ほぼ、完璧ね」 「ほぼ!?」 「どうしてこのホテルのレストラン? ほかの場所はなかったの」 「このホテルのレストランは、このあたりじゃ最高級だよ」 アントニオはそう言ってフォローしてくれた。 「いったい、なにが不満なの?」 セシルは、さっぱりわからないようだった。クラウドとミシェルは、ふだんから仲が悪いというわけでもない。どつきあいは日常茶飯事だが。それなのに、プロポーズされて、なぜ、そんなに拒否反応を示すのかが分からないようだった。 「セシルはその――好きなブランドはありますか?」 横でベッタラが、クラウドの言ったセリフを、必死でメモしている。どうやら、参考にしたいようだ。 「ベッタラさん、ブランドって意味、分かる?」 「分かりません!!」 「そんなこと、気にしなくていいのよ」 「ワタシは、セシルを、喜ばせたいのです!!」 こちらはこちらで、プロポーズの応酬がはじまっているのを見ながら、アンジェリカは聞いた。 「そもそも、なんで、そういう予定だったのに、拒否まで発展してんの。プロポーズ前にプロポーズしちゃったの? どういうこと?」 まだ、ディナーさえはじまっていない状況である。 「俺がしまっていた指輪を、ミシェルが見つけてしまったんだ」 クラウドの失態であった。 「ふだんからいっしょにいるんだから、もう結婚してるもしてないも、いっしょじゃない?」 シシーも言った。 「あたしだったら、そんなプロポーズ、理想的だな~……いいなあ~……」 うっとりと頬をそめるシシーの台詞を、テオは聞き逃さなかった。 「ちがうのよ――そういうんじゃなくって」 レディ・ミシェルは困惑顔ですみっこに引っ込んでいた。 「そういう――おおげさなのが――あたしはもう、なんていうか――かゆいっていうか――ゾワワってするというか――」 あたしからしたっていいじゃない、というミシェルの小さなボヤキは聞こえなかった。 リサとキラ、アニタとシシーは顔を見合わせた。 「おかしい! それぜったいおかしい! ぜいたく!!」 「あたしもそういうプロポーズされてみたいし!?」 アニタは叫んだ。ニックがあわてて、「え? するよ? する、します、あの、できないわけじゃないから!!」とオロオロしていた。アニタは気づいていない。 「クラウドもすごく頑張ったと思うよ――」 「ふつう、そんなプロポーズしてくれるひと、なかなかいないって!」 「ミシェルは普段からクラウドに甘やかされすぎだってば!!」 「ようするに、クラウドも、甘やかしすぎなのっ!!」 エキサイトしはじめた女たちを、やっとの思いで止めにかかったのは、セシルだった。 「まあまあ――でも、あたしも、ミシェルちゃんの気持ちは分かるよ」 「おおげさなことを、望んでいないだけなのでは」 サルビアも苦笑気味に言った。 「……」 おなじく、となりで苦笑いしていたグレンが、ゆっくり立つと、ミシェルのそばへ行って、なにか耳打ちした。 とたんにミシェルのネコ耳がぴんっと立ち、「あたしグレンと結婚する!」と言い出したものだから、ふたたび部屋はカオスに陥った。 「どうして!? ミシェル!!」 グレンは今度、ふたたび号泣しそうなクラウドに耳打ちした。記憶力において右に出る者がいないクラウドは、一言一句、まちがえず、その言葉を覚えた――彼の涙は、止まった。 クラウドは、咳払いをしてひざまずき、そして、ミシェルの手を取った。 「これからもわたしは、一切あなたの邪魔になるようなことはいたしません。縛りもしません。わたしはあなたの下僕です。あなたが指輪でも首輪でも、くださるのをお待ちしています。どうか、わたしの伴侶となっていただけたら――つきましては、ホテルから五分ほど歩いた場所にある、モズ・バーガーで、チーズバーガーとアイスコーヒーでもいかがでしょうか。ポテトは当然――クラムチャウダーもおつけしましょう。わたしの女王様――」 あまりに違和感がなさすぎて、文句を言っていた女たちもそろって吹いた。 「くるしゅうない」 ミシェルは重々しくうなずいた。クラウドの顔の輝きように、テオまで吹きだす始末だった。 「みんな、キレイだよ!! 笑って笑って」 アニタがシャッターを切る。カメラのレンズには、五人の花嫁が写っていた。それぞれ、真っ白なドレスを着た――。 ルナとミシェル、リサとアンジェリカ、セシルである。 地球を出航する日を一週間後にひかえたその日。 宿泊しているホテルで、五組の結婚式がおこなわれた。 すっかり日も沈んだ――宵である。 アニタは、リサたちに「ここで結婚式をしようよ!」と誘われたが、断わった。アニタにとっては、屋敷のみんなが、K33区で企画してくれた結婚式が、この上ない思い出で、最上級に幸せな結婚式なのだった。 それに、地球で行われるイベントを、身動きが取れない祝われる方に回って、取材ができないのは、ひどく惜しいことに思われていたのだった。 そういうわけで、アニタは、カメラマン役を買って出た。 「母ちゃん――すごく綺麗――」 花嫁姿のセシルは、抜群に綺麗だった。ネイシャがうっとり、見とれた。ベッタラも見とれていた。アノール族の正装を身にまとって。セシルの花嫁衣装は、アニタが結婚式に着たアストロスの衣装をまねて、キラがつくりなおしたものだった。 「あれがワタシの、花嫁なのですか」 ベッタラは、まだ信じられないようで、「グーレン、わたしの横っ面を殴るのです!」と体育会系の意志表示をし、本気で殴られてよろめいていた。 「夢では……ないようです」 なぜか五組の花婿のうち、ひとりは口の端が切れているというぶっそうな感じになったが、彼はじつに幸せそうだった。 「アンジェリカ――とても、綺麗です」 今朝からそれを言われ続けたアンジェリカは、さすがに慣れたかと思いきや、髪の毛の先まで沸騰状態だった。 「ミシェルの気持ち、すっごい分かるのよ!」 アンジェリカは姉にだけ、本音をこぼした。 「アントニオも――ルナやリサたち、女の子はいいけどさ、ニックとかアルベリッヒは、まだ、なんていうか嫌みはないからいいけど――ペリドット様まで、」 ペリドットに「綺麗だぞ」と褒められたアンジェリカは、さすがにいたたまれなくなって、姉のそばに駆けこんできたのだった。 そうしたら、姉まで、アンジェリカの姿を見るなり。 「もう――勘弁してよ」 顔を覆った。 「でも、ほんとうに綺麗ですよ、アンジェリカ」 「今日! 今日だけ!! 塗ってごまかしてあるから、今日だけね!!」 アンジェリカは真っ赤な顔でわめいたが、サルビアは微笑んでいた。 少し離れたところで、チボクとラウが、「ああ――アンジェちゃん、綺麗だな」「俺もきっと、来期は、あんな可愛い子と――」とぼやいているのが、アンジェリカの耳に入っていないことは、幸いだった。 |